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第28話「総勢百匹のロード級モンスターが迫りくる!」

「なんだこれ……」


 ケインが普段から薬草採取のために通っている山道に、転々とゴブリンロードやオークロードの死体が大量に転がっている。

 ちょっともう、薬草採ってる場合じゃない。


 あまりにも尋常でない地獄のような光景に、ケインも警戒して腰のミスリルの剣を引き抜いて構える。

 草むらからずさっと音がする。


「ぐぉおおお」

「うわ!」


 剣を突き出した先に、オーガロードの巨体が飛び込んできて頭が切り裂けて死んだ。

 Dランク冒険者のケインがこんな敵を倒せるわけがない。


 どうやら、モンスターは最初から半死半生だったようだ。


「一体何が起きてるんだ」


 ケインの脳裏に、この地獄を生み出した化け物の影が浮かび、ゾッとする。

 見えない脅威ほど恐ろしいものはない。


「うわ、また!」


 油断なく剣を構えていたところに、今度はオークロードが倒れこんできた。

 ほとんど半死半生のモンスターなので倒すのは容易だが。


 辺りにはモンスターの死体だらけで、このパターンが何度も繰り返されたために、ケインはほとほと気疲れしてしまった。

 やれやれと、ケインが合流ポイントの中腹にある小さな丸太小屋で座って待っていると。


 青髪の英雄アベルは、自慢の青髪が黒く焦げて背中には無数の矢が刺さり、まるで落ち武者みたいな姿で現れた。


「ど、どうしたんだ、アベルくん!」


 ケインは、慌てて駆け寄る。

 アベルほどではないが、他のパーティーメンバーも傷つき、疲れきっている。


 その場に座り込んだ、瓶底メガネの魔術師クルツがため息混じりに言う。


「いやーなんかたくさん罠がたくさんありまして、散々な目に遭いましたよ。だから私は引き返そうって言ったんです!」


 黒いローブがボロボロになっている。よっぽど酷い目にあったようだ。

 いつも陽気に笑ってる女盗賊のキサラも、意気消沈気味だ。


「丸太が倒れてくるぐらいまではまだわかったんだけど、巨大な岩石は転がってくるし、矢は飛んでくるし、なんか爆発するし、落とし穴まであったのは異常だよ。先行したアベルがボッコボコにされちゃったんだよー」


 危機回避能力に長けている盗賊のせいだろうか、キサラだけは傷ひとつなかった。


「……ケインさん、それでも俺はやったぞ!」


 フラフラになりながらも、勝ち誇るアベルの手にはゴブリンロードとオークロードとオーガロードの首が三つぶら下がっている。

 英雄的リーダーであるアベルは、みんながもう止めようと言うのにもかかわらず、先頭に立って険しい道を踏破しきった。


 そして、多数の罠を潜り抜け雑魚ゴブリンをたくさん倒しながら、三つの依頼をきっちりと達成したのだ。

 見上げた根性だった。


「それでケインさんの方はどうだったんですか?」

「いや、それがね」


 キサラの質問に、ケインがそう言いかけた瞬間。

 がさっと、森の影からオーガキングの巨体が姿を現した。


「きゃぁあああ!」


 女盗賊のキサラが、悲鳴を上げる。

 みんなが身構えるよりも早く飛び込んできたオーガキングは、そのままケインとキサラのほうに向かってくる。


「うわ!」


 向かってくるというか、倒れこんできたオーガキング。

 さすがに、ここまでずっとこのパターンだったのでケインも慣れてしまい、半ば無意識に前に差し出したミスリルの剣がするっとオーガキングの胸が刺さる。


 なんとかケインがその巨体をヨイショと押し返すと、オーガキングはそのままズルッと倒れた。

 こいつも、もう最初から死にかけていたのだ。


「今日は、なんて日なんだろ」


 驚かされてばかりだ。


「ケインさん、助けてくれてありがとうございます。やっぱり大人の人って、頼もしくて素敵!」

「いや、今のは……」


 青髪の女盗賊キサラが、クリクリした碧い瞳を輝かせて、ケインに抱きついてくる。

 自分がやったのではないのだとケインが言うよりも早く、魔術師クルツが瓶族メガネを光らせて説明する。


「ほほう、これはオーガキングですね。人喰い鬼、オーガ族の王。この前のゴブリンキングより、さらに上位のAランクモンスターですよ。ケインさんお手柄です」


 そこによろよろと、アベルが自慢の流星剣を杖がわりにしてやってくる。


「アベルおそーい。ケインさんの爪の垢でも煎じて飲みなよね」


 満身創痍のアベルに、意外と辛辣しんらつなことをいうキサラ。


「うるせー。クソ、俺が怪我さえしていなければ……なんだこれは! 俺には一太刀しか見えなかったが、突くと同時に両腕を切り払ったというのか。噂には聞いたことがある、これが三段斬りか!」


 アベルがその死骸を確認して、騒ぐ。

 息絶えているオーガキングの両腕は、根本から切断されていた。


 ケインは、慌てて否定する。


「いや、腕は最初からこうなってたから」

「言うなケインさん。俺とて、流星の英雄と呼ばれる剣士。この鮮やかな切り口を見れば、ミスリルの剣の力だけではないとわかる。あのスネークヘッドの二刀剣技よりも見事な技だ」


「いや、だからね……」


 最初から斬ってないのだが、何を見ていたのだと言いたいケイン。

 しかし、満身創痍でボロボロになってるアベルに、ツッコむのも可哀想な気がする。


「ふふ、面白いじゃないか。この世界には、まだ俺よりも強い剣士がたくさんいるんだな」


 エルンの街から出たことがないくせに、若き英雄アベルはわかったようなことを言う。

 どうやら、傷が酷すぎて意識が朦朧としているようだ。


「もうわかったからアベルくん。とりあえず、怪我の手当をするからね」


 こんな時でもちゃんと薬草は採ってきているマイペースなケインは、せっせとアベルたちの怪我の手当を始めた。


「すまないケインさん。流星の英雄アベル、この借りは必ず返す!」

「アベルくん。わかったから、少し安静にしていよう」


 とりあえず、アベルを丸太小屋で休ませて、背中の矢を丁寧に引き抜いて傷口を処置しておく。

 さすがにAクラスの英雄と言うべきなのだろうか。


 こんな怪我でよく歩きまわっていられたものだと、ケインは感心する。


「ちょっと、みんな大変! ケインさんがやってきた道に、大量のロード級モンスターの死骸が!」


 念の為に帰り道の様子を偵察してきたキサラが、また大騒ぎする。

 怪我の手当をしてもらっているアベルは、ニヤッと笑った。


「ケインさんならば当然だな。俺は良いライバルを得た」

「その死体は道に落ちてただけで、俺がやったわけじゃないんだが……」


 ケインがそう言っても、まともに受け取る人はすでにいなかった。

 冒険者ギルドに帰って、百匹を超えるロード級モンスターとオーガキングの討伐を報告する。


「俺がやったわけじゃなくて、死骸が最初から転がってたんですよ」

「ええ、ケインさん。私だけは、ちゃんとわかってますから。ギルドとしても、ケインさんの見解を支持しますよ」


 冒険者ギルドの受付嬢エレナは、全部の事情を知っている。

 ケインの腕をヒッシと掴んで、もう黙ってはいられないと思った。


 エレナは、誰があのクソガキどもの思い通りにさせるものか! と決心を固める。


「エレナさんにそう言っていただけると、助かります」

「ケインさん。実はあの山には、オーガキングなどより恐ろしい化け物が潜んで、ヒッ!」


 その恐ろしい山の化け物が、柱の影からじっとエレナを睨んでいた。

 山の化け物は、これ以上さえずるならばと……首のところをシュッと指で掻き切る仕草をする。


 エレナは真っ青になってしゃがみこんで、ケインに助け起こされる。


「大丈夫ですか、エレナさん」

「ええ、ともかくAランクパーティー『流星を追う者たち』が倒した三匹のロードと多数のゴブリン以外は、ケインさんの報奨金とはなります。これだけの数の報奨金ですから、ざっと見積もっても四百八十ゴールドにはなりますね」


「自分で倒したわけでもないのに、薬草の報酬以外は受け取れませんよ」

「ケインさんならそう言われると思いました。ただ、死骸を拾われたのだとしても権利はあるのですよ」


 今日は色々と驚かされたが、結果的には山を荒らすモンスターがたくさん退治されたのだ。

 誰のおかげかと考えた時に、ケインが思いついたのは山の神様だった。


「そうですね、じゃあ……」


 これも全ては、山の神様の思し召しだろう。

 山の神様に立派な社を作ってくれたクコ村に、ケインはその謝礼として、また匿名で送金することにしたのだった。

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