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第80話「懲りないアナ姫」

 クコ山の入口付近の茂みで、ケイン一行をとんでもないモンスターが待っていた。

 Sクラスの凶悪なモンスター死霊騎士。


「こいつはなかなか、活きがいいのが手に入ったわ。セフィリア、ガンガン神聖魔法かけて押さえ込んでね」


 剣姫は、魔王軍の残党狩りの最中に、格好の獲物を手に入れたのだ。

 おぞましいスケルトンのアンデッドは、純真の聖女セフィリアの神聖魔法によって取り押さえられ、神速の剣姫アナストレアが何度も殴りつけて弱らせている。


 剣姫は、まだケインに強大なモンスターを倒させてランクアップさせる計画を諦めてない。


「ほんとこの展開、いつまでやるんや」


 万能の魔女マヤは、もう呆れるしかない。


「もちろん、冒険者ギルドのバカどもが、ケインの真の実力に気づくまでよ!」

「ぜんぜん真の実力ちゃうやろ……」


 マヤに言わせれば、アナ姫のやってることのほうがアホらしい。

 ギルドは当人の安全を考えて実力以上のランクは付けないといっているのに、剣姫ときたら力押しすることしか考えない。


 王国最強のSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』が、そろいもそろって何をやってるのかと思ってしまう。

 しかし、死霊騎士が逃げ出して人里で暴れだしたら大変なことになるので、保護者としては付き合わないわけにはいかない。


「そろそろケインが来るわよ。セフィリア、手はず通りにね」

「はい……。ケイン様のために、がんばります」


 剣姫が合図しようとする、その時であった。


「ああー! ケイン、その女は一体何よ!」


 クコ山を下りてくるケインが、ハイエルフの少女の手を引いているのを見て、剣姫は打ち合わせも無視して茂みから飛び出してしまった。

 その少女は、細身で小柄なのに胸が大きいという剣姫の怒りを買う存在だった。


「うわ、アナストレアさん! えっと、この子は……」


 しかし、ケインが説明する前に、ローリエがビックリして腰を抜かした。

 血相を変えて飛び出してきた剣姫に驚いたわけではない。


「ぎゃぁあ! あの子の後ろ! 後ろぉお!」


 ローリエが驚いたのは、剣姫の後ろからニョっと凶悪な死霊騎士が顔を出したからだ。

 アンデッドだけに、とんでもないホラー展開。


 剣姫は振り向きすらせず、サッと神剣を一振りすると、スケルトンの首をスポンと飛ばした。

 ただでさえ弱っていた死霊騎士は息絶えて、ガッシャンバラバラと全身の骨が砕け散る。


 その尋常でない剣技に、ローリエが驚きすぎて硬直する。


「アナストレアさん、そのモンスターは?」

「アハハ……これはね。ちょうど今討伐したところで、ギルドに報告しに行こうと思ってたのところなの」


 さっきのアンデッド、まだ元気に動いていたようにも見えたが、ケインは深く聞かないことにした。

 賢い冒険者は、危うきに近寄らないものだ。


「そうなんだ……それで、この子なんだけど、どうやらシルヴィアさんの妹みたいだから連れてきたんだ」


 こういう事態に慣れているケインはともかく、ローリエは驚きのあまりゲホゲホ咳き込み、目を白黒させてから、また騒ぎ始めた。


「さっきから白虎人ホワイトワータイガーの聖獣人はいるし、あんな高位ランクのアンデッドを一撃で倒す女剣士もいるし、あなたたちは一体なんなんですか!」

「うん、わかるよ。驚くのも無理はない」


 ケインの周りには、なぜかとんでもない人が多すぎる。


「もしかしてケイン様も、ものすごく強かったりします?」

「いや、俺はただのDランクの冒険者だから」


 ローリエの質問に、謙遜でなく普通にそうなのが悲しいけどもと、ケインは頭をかく。


「そうですか……ゲホゲホ。なんか、叫びすぎて喉が乾いてしまったので、さっきのお水をちょっといただけますか」


 ケインが水筒を渡すと、ローリエはゴクゴクと喉を鳴らして美味しそうに水を飲んで、ぷはーと息を漏らした。

 恥ずかしくてなかなか言い出せなかったのだが、彼女はここまで来るのに持ってきた食料も水も使い果たしてしまっていて、喉がカラカラだったのだ。


 喉の渇きが癒えたら、今度はグーとお腹を鳴らす。

 実に欲望に忠実なわがままボディー。


 さすがに乙女としては恥ずかしかったのか、ローリエは白い頬を赤らめてうつむいた。


「干しぶどうぐらいならあるけど、よかったらどうかな」


 山で遭難したときの非常用食料として、ケインのポケットにはいつもお菓子が忍ばせてあるのだ。

 いつもは子供にあげてしまうのだが、こういうときには役に立つ。


「ありがとうございます! ハグハグ……」

「あーあ、こんなに土がついて」


 ケインは、紙袋に包んだ干しぶどうを熱心に食べてるローリエを起こすと、コートに付いた土を払ってあげる。

 ハイエルフなのだから、本当は凄い年上の可能性もあるのだが、おっさんのケインからしたら子供のようにしか見えない。


「ケイン様。コケた拍子に、くじいた足がまた痛むんですが」

「しょうがないなあ、おぶってあげるよ」


「えへ、優しいですね」


 なんだか、短い間にケインにすっかりと馴染んだローリエがやたらと甘えてみせるので、剣姫はギギギギと歯噛みしている。

 やっぱり、胸の大きい女は敵だ。


「さてと、俺たちはこの子をシルヴィアさんのところに送り届けようと思うんだけど……」

「もちろん、私たちも一緒に行くわよ!」


 剣姫は意気揚々と、ケインに続いて歩きだした。

 マヤたちも、やれやれとため息をついて続く。


 ケインにおぶわれてエルンの街へと向かうローリエは、甘い干しぶどうを噛み締めながら、周りにいる強者たちを、キョロキョロと見回す。

 一時はどうなることかと思ったが、この出会いはもしかしたら思わぬ僥倖ぎょうこうかもしれない。


 これなら、自分がこんな辺鄙な土地までやって来た目的も果たせるのではないかと、密かにほくそ笑むのであった。

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