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第81話「シルヴィアの妹」

 こうして、みんなで連れ立ってオーディア教会へとやってきた。


「お姉様ぁぁ!」


 シスターシルヴィアの姿を見たローリエは、ケインの背中からぴょんと飛び降りると、猛ダッシュで飛びついていく。

 いきなり激烈な抱擁を受けたシルヴィアは、驚きながらも喜んだが、ローリエが一人でここまで来たと聞いてすぐに怒り出した。


「ローリエ! 一人で森を出るなんて危ないじゃない。人さらいにでも捕まったらどうするの!」

「だってシルヴィアお姉様は、普通に手紙を送っても、絶対古の森に帰ってこないじゃないですかー!」


 人さらいに遭うとか、姉妹で一緒のことを言っているので、ケインは苦笑してしまう。

 しかし、ローリエの世間知らずっぷりを見ると、シルヴィアが心配して叱るのも無理はない。


「まあまあ、シルヴィアさん。とりあえず身体が冷えちゃってるだろうから」


 すっかり冷えてしまったローリエの身体を暖めるべく、ケインは教会の薪ストーブに火をともして、ついでに鍋でスープを作っていた。


「ほらほら、お姉様。ケイン様もそう言ってますよ!」

「あなたねえ……ケインも、あんまりこの子を甘やかさないでちょうだい。この子は、甘やかすと際限さいげんなく調子に乗るわよ」


 確かにそんな感じだなと、ケインは苦笑する。


「これ、匂いが少し薄いですねー」


 話を誤魔化そうとしたのか、グツグツ煮える鍋をクンクンとかいで、ローリエがそんなことを言い出した。


「そうかな」


 普通に味見してくれたらいいのに、なんでこの子はいちいち匂いをかぐのだろう。

 匂いが薄いと言われても、肉と野菜は入ってるし塩も入れてあるから、十分美味しいはずだ。


「香り付けに、これを入れるといいですよ」


 鍋にサラサラと、黄金色の粉末をふりかけるローリエ。

 どれどれと、ケインは味見する。


「あ、これは美味い」

「でしょー」


 不思議なことにスープに粉をふりかけただけで、香りも良くなったし美味しくなった。

 舌にピリッと辛味がくるのがいい。単なる塩味では出ない、濃厚な味。


「エルフの粉ね。古の森では香辛料がたくさん取れるから、ブレンドした調味料を作って売ってるのよ」


 懐かしい味ねと、シルヴィアも一緒にスープを啜る。


「ケインさん。これ、王都なんかでは人気商品やで」

「へー」


 博識なマヤが説明してくれる。

 高慢ちきで人嫌いで、古の森に引きこもっている印象の強いエルフだが、高級品として流通してる月見草のワインや香辛料を作って売ったりしている。


 エルフの国で発明された商品は意外と多い、イメージよりもずっと商売上手な種族なのだ。

 外界から古の森を閉ざしつつも、アウストリア王国との交易もしっかりとやって実利は取っている。


 そういう強かな種族だからこそ、人族の勢力が強くなった近年でもエルフの国は独立国家として生き残っているとも言える。


「そういえばローリエさんは、本当にエルフの国の女王なの?」

「そうですよ。でも元はと言えば、シルヴィアお姉様が女王だったんですよ」


「ええ!」


 それにはみんな驚く。

 シルヴィアは、ハァとため息をついて話す。


「女王と言ってもね。古の森のエルフたちは、精霊神の血を色濃く引くハイエルフを崇拝していて、聖地から出てきたハイエルフなら誰でもいいから王様にしちゃうのよ」


 二百年以上も昔、外の世界に興味を持ったシルヴィアは、常春の聖地から古の森に出てきて、エルフたちの女王にされてしまったそうだ。


「シルヴィアさんは、なんで女王を辞めちゃったんですか?」

「だって、古いしきたりにうるさいエルフたちに崇拝されても嬉しくともなんともないんだもの。それに女王なんて言っても、ほとんどお飾りなのよ」


 十年ほど女王をやったシルヴィアは、気難しいエルフたちにほとほと愛想が尽きて、女王の座を妹のローリエに譲ると、古の森からも出て人里へと旅立ったそうだ。

 そうして紆余曲折あって、このエルンの街に世にも珍しいハイエルフのシスターが誕生したわけだ。


「私は、女王として褒め称えられるのは気分いいですけどねー」


 えっへんと、腰に手を当ててふんぞり返るローリエ。


「この子は、こういう性格だから長く続いてるみたいね」

「それで、そのエルフの女王様が、なんで今頃になってシルヴィアさんのところに?」


 ローリエがシルヴィアを呼び戻しにきたとかになると、ケインも困ってしまう。

 エルンの街のオーディア教会は、シスターシルヴィアが仕切っているからこそ回っているところがある。


 孤児院の子供たちだって、お母さん代わりのシルヴィアがいなくなったら寂しがるだろう。

 あと、ケインだってシルヴィアがいなくなったら悲しい。


「それなんですよ! エルフの国は問題山積で大変なことになってるんです」


 古の森の西側に、魔王軍の残党が入り込んだのがそもそもの始まりであった。

 魔物たちは、新しい魔王を名乗る魔物を旗印に、森の西側のエルフの集落を略奪して荒らし回っている。


 そして、事件はそれだけに収まらなかった。

 魔物の襲来で森のめぐみが失われたせいもあって、森の北側のオリハルコン山に住処を構えるドワーフの国との小競り合いが再発。


 山に住むドワーフと森に住むエルフは、昔から仲が悪かったのだが、ドワーフが森の木を切った切らないなんてつまらない理由で、更に戦力が割かれることになってしまった。

 さらにこれを好機とみた森の南側に北守城砦を構える、アウストリア王国軍のモンジュラ将軍が、モンスター退治の支援を申し出てきた。


 支援の代わりにモンジュラ将軍が要求したのは、ハイエルフの女王であるローリエと自身の結婚だった。

 これはもう支援どころか、公然とした脅迫である。


「それで、どうなったんですか」

「人間の将軍と結婚するなんて、私はまっぴらごめんですよー! そうでなくても、許しがたい侮辱だとエルフの族長たちは怒りまくってるんですが……」


 それでも、エルフの国は三方を敵に囲まれたような状態になり、にっちもさっちもいかなくなったと。


「それで、私に助けを求めてきたのね」

「そうなんですよ。もうこうなったら、お姉様に頼るしか無いと思って」


 普段は女王として威張っているのに、困ったら姉のシルヴィアに頼ってくる。

 まったく困った妹だが、勝手なことをして状況を悪化させるよりはよっぽどマシだった。


「モンスター退治なら、冒険者ギルドに頼ればよかったんじゃない」

「人間のギルドなんて信用できません。あいつらは、エルフを奴隷にして古の森を手に入れたいだけでしょう。事実、森の付近に住む獣人の多くは支配されてしまいましたし!」


 そう辛辣しんらつに言われると、人間の冒険者であるケインも立つ瀬がないのだが。


「ローリエもだけど、エルフたちはそのあたりわかってないのね。アウストリア王国の兵士と、冒険者ギルドの冒険者とでは組織が違うわ。人間といっても、様々なのよ」


 冒険者ギルドは、王国の軍隊やときには野盗まがいのこともする傭兵とは違い、領土的な野心を持たない自治組織だ。

 仕事に対して相応の金銭はもとめられるが、基本的に契約をたがえることはない。


 それは人間であるから質の悪い冒険者だっているが、モンスターがはびこるこの世界では、冒険者ギルドこそがもっとも頼りになる組織といえる。

 ここまで困っているのならば、上手く利用したほうがいいに決まっている。


 ローリエが事情を話し終わると、剣姫アナストレアがケインに聞く。


「それで、ケインはこの話を聞いてどうしてあげたいと思ってるの?」

「困ってるなら、助けてあげたいとは思うけど」


 ケインがそう言うのを聞いて、剣姫アナストレアは威勢よく声を上げた。


「よし、じゃあ決まったわ。そのモンスター退治、私たちが引き受けてもいいわよ!」


 モンスターを退治するのは一向に構わないのだが、剣姫はなんだかやたらと嬉しそうだ。

 それを見て、またろくでもないことを思いついたなと、マヤはため息をついた。

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