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第84話「山賊討伐」

 剣姫たちがまずやったことは、冒険者ギルドにハイエルフの女王ローリエからの要請を、ケインのパーティーとSランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』の合同討伐隊で受けると申請したことである。

 そして、今回の討伐の手柄を全部ケインのものにすると、一方的にギルドに宣言した剣姫はケイン一行と合流する。


「ケインが、領主代行に出世したですって!」


 その知らせを聞いて、喜んだのは剣姫であった。

 ケインが領主代行として北に赴くという話になれば、手柄を立てさせるのがより簡単になる。


 剣姫たちはさっそく、戦果をあげようと意気揚々と街道を先行したまでは良かったが、行けども行けどもモンスターの姿はない。

 その代わりに、向こうからやってきたのは大きく膨れ上がった布袋ぬのぶくろを背負ったケインの使い魔テトラであった。


「何よ、その袋は」

「遅かったな。ここから古の森までのモンスターは、我が狩り尽くした後だ」


 テトラはドサッと袋を置いて、剣姫に戦果を見せつけた。

 袋の中いっぱいに詰まっていたのは、ゴブリンやオークの首であった。


「あんた、よくもまあこんなに狩ったわね」

「元からこのあたりのゴブリンやオークの巣があるところは、だいたい把握している」


 テトラが本気を出せば、こんなものなのだ。

 ケインに手柄を立てさせようと張り切っているのは、アナ姫だけではなかったのである。


「モンスターも、元魔王軍の仲間なんじゃないの?」

「ただのモンスターなど知能のない猛獣と一緒。狩るのに何のためらいもない。ふふ、これだけ戦果を上げれば、きっとあるじにも褒めてもらえるな」


「グッ……」


 得意げなテトラと、悔しそうに歯噛みするアナ姫。

 そんなアナ姫を見て、これはまた面倒なことになるとマヤは察した。


「じゃあ、我はこれをあるじに見せて、たっぷりと褒めてもらってから、ギルドに報告しなければならぬので、失礼する」


「マヤァァ!」

「あー、何が言いたいかはだいたいわかるけども、別に誰がモンスター退治したって、ええやないか。これで街道も安全になったし、ケインさんも助かるんやから」


「そうはいかないわよ。なんでこの神速の剣姫アナストレアが、あんなケモノに先を越されなきゃならないのよ!」


 そりゃ、性懲りもなく剣姫が受付嬢のエレナさん相手に騒いで、ギルド長にも直談判したりしてたから出遅れたのだ。

 再び街道をざっと探ってみたが、狩り尽くしたというテトラの言葉は本当で、はぐれのゴブリンやオークが数匹見つかっただけだった。


 これでは、全然首の数が足りない。


「そうだ、良いこと思いついたわ! このあたり山が多いから、きっと山賊がいるわよね」

「そりゃ探せばおるやろうけど」


「すぐに山狩りをするわよ。あのケモノより、多くの首を狩り取るのよ!」

「アナ姫、首狩りはアカンって教えたやろ! いくら山賊でも、人間はモンスターやないんやぞ」


「そんなに口うるさく言わなくてもわかってるわよ。先に二、三匹狩ってから、投降を呼びかければいいのよね」

「わかってへんやないか! 先に投降を呼びかけてからや! ほんま程々に頼むで……」


 こうして、剣姫たちは今回の旅とは全く関係ない山へと入っていくことになった。

 迷惑を被ったのは、山道でほそぼそと行商人などから金品を奪っていた山賊たちである。


「はーい、動かないで! 動いたら殺すわよ!」

「なんだてめぇ、グェ!」


 いきなり少女冒険者が山賊団の隠れアジトに乗り込んできたら、そりゃ抵抗する。

 不幸にも剣姫に向かってきた山賊の首が、スポンと飛んだ。


「なんだあ?」


 ポーンと宙高く舞う、仲間の首を呆然と見つめる山賊たち。


「ああ、あああー!」


 目の前で仲間が首を飛ばされたのに驚いて、叫んで逃げようとした山賊の首もスポンと飛んだ。

 かかってこようが、逃げようが、情け容赦なき一刀両断。


「動いたら殺すと、言ったはずよ」


 剣姫の掲げる神剣不滅の刃デュランダーナが、妖しい輝きを放った。

 慌てて追いかけてきたマヤが、「Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』や! 命が惜しければ、武器を捨てて投降するんや!」と叫んで回った。


「く、くく……首狩り剣姫だとぉ!」


 それを聞いて、剣姫の恐ろしさを知っている山賊たちは、歯をガタガタと鳴らす。

 恐怖の絶叫が伝播でんぱして、ヒェェと叫んで腰を抜かす者、多数。


 腰が引けて我先にと逃げ出そうとする山賊たちを、山賊の長ゲハルトが叫んで止めた。


「みんな、一歩も動くんじゃねえ! 言われたとおり武器を捨てて伏せろ! それしか生き残る道はねえぞ!」


 無駄な抵抗をしない。

 それが、この状況における最適の判断だ。


「ふーん、あんたが山賊のリーダー?」

「そうです。山賊団の長、ゲハルトです」


 髭面の山賊団長ゲハルトは剣を地面に落として、その場に伏せる。

 それにならって、山賊たちも降伏する。


「あんたは、聞き分けがいいみたいね。じゃあここに書いてちょうだい」

「書くって、何を?」


「このあたりの山賊の情報よ。どうせ、他にもいるんでしょ?」


 ニッコリと邪気のない笑顔を浮かべる剣姫には、一切の容赦はない。


「……わかりやした。書かせていただきやす」


 それだけで威圧された山賊の長ゲハルトは、黙って地図に知ってる限りの情報を書き入れる。

 もちろん嘘など書けるわけがない。


 相手はあの剣姫だ、嘘がわかった瞬間にここにいる山賊全員の命はない。

 これはむしろ、仲間の山賊のためでもある。


 なかなか山賊が見つからずイライラした剣姫が、山賊団のアジトを発見して飛び込んでいったら、もうおしまいだ。


「団長! いいんですかい。いくら俺らが悪党だからって、仲間を売るような真似は、筋が通らねえ!」


 若い団員が騒ぎ出したのを、ゲハルトは「押さえとけ」と仲間に命じて止めさせた。

 あいつは、最近団に入ったばかりだったなと思い出す。


 ゲハルトのように長らく賊をやってきた人間は一年前の地獄を知っているから、剣姫と聞いただけで震え上がり、逆らう気力などなくなる。

 アウストリア王国の領地で起こったその惨劇は、人呼んで『盗賊大虐殺』。


 それは、つい一年前のこと。

 剣姫アナストレアと、聖女セフィリアを仲間に加えて、冒険者パーティー『高所に咲く薔薇乙女団』を結成した魔女マヤが、何気なく「まず盗賊退治から始めよか」と言ってしまった。


 その一言から、凄惨を極める盗賊の虐殺が始まった。

 それから、「アナ姫ェ、もうこれぐらいでええやろ!」とマヤが叫んで止めた、ほんの一ヶ月の間に、アウストリア王国領の盗賊は消滅した。


 それは、壊滅や半壊と呼ばれるような生易しいものではなく、文字通りの死滅。

 根切りであった、と伝えられる。


 情け容赦なき、文字通りの全殺しであり、一切の目撃者は存在しない。

 不幸にも剣姫に見つかった盗賊は、一切の例外なく首を落とされ、後には屍山血河しざんけっかだけが転々と残っていった。


 そのことがより一層、首狩り剣姫の伝説的な恐怖を高めることとなった。

 剣姫が言ったと伝えられる、「無辜むこの民を殺すってことは、殺される覚悟があるってことよね」という言葉が噂として広がり、それから近隣の全ての盗賊は、金は奪っても殺すことは禁忌きんきとした。


 辛くもランダル伯爵領に逃げ延びた山賊の長ゲハルトも、この辺境の地で大人しく山賊をやってきたのだが、ついにくるべきときがきてしまった。

 これからまた、あの地獄が始まるのかと思えば、ベテランの山賊ですら震えが止まらない。


「あーあんた、名前はなんて言ったっけ?」

「ゲハルトでさ」


「あんたらを連行してる暇がないから、全員でエルンの街の衛兵の詰所に行って自首しといて。そしたら、命だけは助けてあげるわ」

「へい。お慈悲をいただいて、ありがとうございます。必ずそうしやす!」


 首狩り剣姫に出会って、山賊が生き残れた。

 それだけでも、盗賊が信仰する悪運の神カルメスに感謝すべきことであった。


 大人しく投降するならば殺さないと言うだけ、剣姫も一年前より丸くなったと言えるかもしれない。


「あ、言い忘れるところだったわ。冒険者ケインにさとされて改心したと言いなさい。冒険者ケインよ、忘れないでね」

「はい、ケイン様ですね。わかりやした。必ずそうしやす」


 もちろん、ゲハルト山賊団は一人も逃げたりすることもなく、お縄についた。

 逃げるなど、とんでもない!


 剣姫に一度殺すと宣言されたら、生きていた者がいないことをよく知っているからだ。

 この日、ランダル伯爵領の山賊、盗賊の類は、ゲハルト山賊団を含めて、剣姫に抵抗した少数の愚か者を除き、全てが自首して徒刑とけいについたと伝えられる。


 そうして、それは全て臨時の領主代行になったケインの手柄とされた。

 ランダル伯爵領を平和へと導いた、ケイン代官伝説の始まりである。

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