アナ姫たちが山で賊を次々投降させている頃、ケイン一行は街道沿いの村々を回ることにした。
古の森に向かうには少し寄り道になってしまうが、ケインはキッドとの約束を誠実に果たそうとしたのだ。
「領主の代理としてきたケインと申しますが、何か困ったことはないですか」
ノワちゃんを乗せたロバを引いているケインは、いつもどおり地味なおっさん冒険者だが。
輝く銀髪のハイエルフの姉妹を連れていることと、ランダル伯爵家の紋章が入ったマントを着ていることもあって、ただ者ではない雰囲気を感じさせる。
自然と辺りの村では、「代官様がやってきたぞ」と大騒ぎとなった。
徴税の時期でもなければ、なかなかこんな
それが、下っ端の役人ではなく領主代行ともなれば一大イベントだ。
噂を聞いてゾロゾロと集まってきた村人たちの困りごとを、ケインは丁寧に聞いて回った。
お腹をすかせた子供には菓子を配って周り、怪我人には薬草を処方し、慢性的な症状に苦しむ老人には、温かい薬湯を飲ませる。
それ自体は大したことではなく、ケインが普段通りにやっているささやかな善行である。
「重症の患者がいれば、私たちが治療するわね。ほら、ローリエ。あなたも精霊魔法が使えるでしょう。手伝いなさい」
「はーい、お姉様」
シスターシルヴィアとローリエも、ケインを手伝って村人を治癒していった。
治療師が村に来るなど、何年ぶりのことだろう。
「ありがとうございます!」
そもそもが、偉ぶった徴税役人しか知らぬ村人たちは、ケインの優しい人柄にたちまち魅了された。
偉い人が腰をかがめて、しっかりと向き合って話を聞いてくれるのだ。
領主様に、自分の思いを必ず伝えてくれるという。
それだけでも、辺鄙な田舎に暮らす村人たちには涙がでるほど嬉しいことだ。
「代官様、近頃このあたりをゴブリンやオークが荒らすようになって困っております」
金銭収入に乏しいので、モンスターに家畜を襲われても、冒険者ギルドに依頼する金も確保できないのだという。
ケインがそんな相談を聞いていると、テトラがやってきた。
「こんなところにいたのか、あるじ。どうだ見てくれ。このあたりのモンスターを全部片付けてきたぞ」
テトラが布袋を広げると、大量のモンスターの首が転げ落ちる。
ケインはうわっと思ったのだが、それを見た周りの村人たちは大喜びした。
「おお、なんと凄い代官様だ。相談を聞くよりも先に解決しているとは!」
「これで安心して暮らせます。ありがとうございます」
自分の仕事のおかげで、あるじであるケインが褒め称えられているのを眺めて、テトラも尻尾をぴーんと立てて嬉しそうにしている。
最初は驚いたケインだったが、人の役にたっているテトラを褒めることにした。
「テトラもよくやってくれたね」
「これぐらいのことなら、我はいつでもできるぞ」
得意げなテトラが頭を寄せてくるので、モフモフのたてがみを撫でてやった。
近隣の村にも、困らされていたモンスターが討伐されたと知らせが周り、今日は祭りだと盛り上がった。
「どうか、代官様も一緒に食べていってください。大したものはありませんが、とっておきの酒も出します」
「ではご相伴に預かります」
近隣の村々からもさらに人が集まれば、情報を集めるにはちょうどいい。
ケインは、他にも何か困りごとはないかと聞いて回る。
「あとは、山賊が出るせいで、村になかなか商人がやってこないので困ってます」
「そうですか。そちらも、領主に話しておきますので」
それも、すでに剣姫たちが片付けていたのだ。
素早い対応で、全ての問題を解決してしまった代官ケインの名は、ランダル伯爵領の村々に広がっていくことになる。
村長の老人が、ケインに尋ねる。
「もしやと思ったのですが、代官様は先のご領主様を幽閉して暴政を働いた悪魔をこらしめてくださった、善者ケイン様ではありませんか?」
「そう言われているようです。善者と言われるほど、大したことを俺は何もやっていないのですが……」
「なるほど、やっぱりそうでしたか! 道理で、
「いや、お礼なんて……俺は仕事を引き受けたからきただけで、こうして料理と酒を振る舞ってもらうだけで十分ですよ」
「このあたりの村はみんな貧しく、ろくなものもありませんが、それでも何かお手伝いをさせてほしいのです」
「それでは、善神アルテナにお礼を言ってあげてください。俺もいつもアルテナに助けられていますから」
ケインが訪れたこのギザ村にも、善神アルテナの小さな社ができていたのだ。
それを見て、ケインはそう答えた。
「では、代官ケイン様の偉業をたたえて、その守り神である善神アルテナ様を、我が村でもより一層、手厚く
今日を善神アルテナ様の祭りの日にしようと、近隣の村々の村長たちは相談して決めた。
冬の寒い時期に、ささやかな祭りは村人たちの慰めともなるし、アルテナの神としての力を高めることにもなる。
「今日は祭りだー!」
赤々と燃える焚き火を囲んで、酔っ払った村人たちが輪を作って踊りだし、賑やかな笑い声が上がった。
村人が作った素朴な味のエールを飲んで、ケインも和んでいると、さっきの村長が折り入って話があると声をかけてきた。
「ケイン様。少し、あちらで話しませんか……」
二人で連れ立って歩き、少し焚き火から遠ざかる。
暗闇に沈んだ村長の憂い顔を見て、ケインも真剣になる。
「もしかして何か、重要な話でしょうか」
「ケイン様に話そうかどうか、ずっと悩んでいたのですが……」
ギザ村の村長は、言いにくそうにしているので、ケインは安心させるように笑いかけた。
「もちろん内密な話であれば、決して誰にもいいませんから、こっそりと教えてくれませんか」
「では代官様を信頼してお教えします。私どもは、近隣の獣人の村とも交流があったのですが……」
村長から聞かされた話は、恐るべきものだった。
近隣の獣人の村から、住民の姿が消えたというのだ。
「それは、何が原因なのかわかってるのですか!」
「おそらく獣人たちを連れ去ったのは、北守城砦の兵士ではないかと思うのです」
エルフの国や、東の帝国と王国の国境を守っている北守城砦のモンジュラ将軍は横暴な男だそうだ。
これまでも近隣の村から、軍事に入用などと勝手な理由をつけて物資を
新しく王国に服属した獣人の村には、特にきつく当たっていたとも言う。
「そうですか、よく話してくれました」
「これまで黙っていて、申し訳ありません。私どもも、北守城砦の兵士たちには逆らえないのです。こんなことを誰に相談したらいいかもわからず、下手なことを言ってこちらの村まで巻き込まれたらと思うと恐ろしくて……」
村長はその恐れを圧し殺して、勇気をだして話してくれたのだ。
ケインならば、信用できると見込んでの頼みである。
「わかりました。俺が、必ずなんとかします」
ケインが肩を抱くと、村長は涙を流して頭を下げた。
「ありがとうございます。どうかよろしくお願いします!」
ケインたちは、ちょうどこれからその北守城砦に行くところだったのだ。
まずはその、消えた獣人たちがどうなったのかから調べる必要があるようだった。