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第87話「モンジュラ将軍」

 城砦に設えられた豪奢な謁見の間で、モンジュラ将軍は金細工が施された玉座にふんぞり返ってケインたちを出迎えた。

 部屋には立派な絨毯が敷かれ、宝石の装飾品や銀の燭台など、価値の有りそうなものが乱雑に並べられている。


 いかにも無法な略奪などで財を築いたとわかる趣味の悪さだ。

 ケイン一行が、ローリエを連れて押しかけても、堂々たる態度である。


「ハイエルフの女王のほうから来てくれたとは、殊勝だな。俺のヨメになる覚悟はできたか」


 モンジュラ将軍は、側近たちと昼間から酒を酌み交わしていたらしく、ほろ酔い気分で上機嫌のようだった。

 銀髪の美しいローリエがやってきたのを眺めて、将軍はまるで山賊のような粗野な髭面を嫌らしく歪めて笑う。


「あなたの嫁なんて、まっぴらごめんですー!」


 ローリエは、口をいーとさせて、不満げに唸った。

 その子供っぽい仕草を見て、豪傑ごうけつをきどる将軍は、呵々《かか》大笑たいしょうする。


「フハハハ、いい度胸ではないか。気の強い女は嫌いではないぞ。その小生意気な顔が、苦痛にゆがむさまを早く見てみたいものだ」

「モンジュラ将軍、調子に乗ってるところ悪いけど、こっちの話も聞いてもらえるか?」


 そうマヤが声をかけると、ようやく将軍は剣姫たちの存在に気がついた。


「なんだ。よくよく見れば、そっちも美女揃いで、ん? ……んんー! アナストレア殿下が、どうしてここに!」


 さすがに剣姫たちのことは知っている将軍は、ガバッと玉座から立ち上がった。

 どうやら、マジでローリエしか見てなかったようだ。


 Sランクパーティー『高所に咲く薔薇乙女団』がやって来たとあっては、将軍のほろ酔い気分も一気に冷めた。


「やれやれ、ようやくまともな話ができるか。将軍、うちらはハイエルフの女王の依頼で来たんや。国王の許しも得ず、中立国であるエルフの国を恫喝するなどの勝手な振る舞いの数々、見過ごすわけにはいかへんで!」

「何を言うか。この俺は将軍だぞ! この地の軍権は我にあるのだ。それに俺がエルフの国の王となれば、王国への利益にもなるではないか」


 こいつ、正気で言ってるのかとマヤは戦慄する。

 人間嫌いのエルフたちが、人間の王など認めるわけもないし、下手に刺激して敵に回してしまえば、帝国側に軍事バランスが一気に傾く。


 危険なギャンブルで破滅するなら、一人で死んで欲しい。

 私欲におぼれて王国を危機に陥れるモンジュラ将軍は、まさに獅子身中の虫であった。


「将軍の罪は、もう一つあるで。こちらは、ケイン領主代行や!」


 マヤの合図で、ケインは前に進み出て言う。


「将軍、ランダル伯爵領の領民を勝手に捕らえて労働を強制したこと。国法を犯すものとして、断固抗議させてもらう!」

「貴様が、領主代行だと? フン、見たこともない小物だな」


 ケインを上から見下して、鼻で笑うモンジュラ将軍。

 マヤは、正式な任命書を見せる。


「この通り、ケインさんは正式な領主代行や。統治者から越権行為で訴えられとるんやぞ。神妙にせんか!」

「うるさい! 獣人どもが、王国に楯突こうとしたのだ。反乱を起こそうとしたから捕らえた。その罪を、労役を課すことで許してやったのだ。むしろ、殺さぬだけ慈悲ではないか!」


 解放された獣人たちが、部屋に飛び込んできて「そんなことはしておりません!」「事実無根だ!」と口々に叫ぶ。

 ケインの後ろに控えていたテトラは、怒りのあまりグルルルッと唸って牙を剥いている。


「もうおしゃべりは終わりや。話しにならんから聞いてもしゃーない。ケイン領主代行の要請を受けて、王の顧問官たるマヤ・リーンが、モンジュラ将軍の地位の剥奪を宣言する! 国法を犯した、罪人として拘束させてもらうで!」


 しかし、マヤがそう言っても、モンジュラ将軍は余裕の笑みを浮かべて、玉座に腰掛けた。


「どうやら、顧問官殿は現状が見えていないようだ」


 左右の将軍派の幹部兵士たちも、追従を言う。


「勲功高きモンジュラ将軍閣下を解任など、できるはずがありませんぞ」

「クックック、そうだよなあ」


 将軍は、将軍派の幹部たちと笑い合う。

 現状が見えてないのはどっちやと、ため息混じりにマヤは尋ねる。


「何かまだ申し開きがあるなら、最後に聞こうやないか?」

「……隣国のドラゴニア帝国がなあ。もし帝国側に付けば、この俺をランダル伯爵領の領主にしてくれると言ってきたのだよ」


「まさか、王国を裏切るつもりなんか!」


 その言葉に、マヤは焦って身構える。

 将軍の振る舞いはあまりにもおかしいので、全ては帝国の陰謀なのではないかと疑ってはいた。


「もちろん俺に裏切るつもりはない」

「……はぁ?」


 玉座の後ろに潜んでいた帝国の兵が、なだれ込んでくるとかではないのか?


「ただ、引く手あまたのこの俺の価値を理解しろと言いたかったまで。そもそも俺を拘束すれば、この俺を敬愛する北守城砦千五百の兵が黙ってはおらんぞ!」


 そう言って、またガハハと大笑いする将軍。

 ずっこけるマヤ。


「なんや、ここまで致命的なことをやらかしておいて、特に帝国の後ろ盾があるわけでもないんかい!」


 マヤは事前に、帝国の陰謀や、将軍が魔族に操られているのではないかと疑念を持って詳しく調べてもいる。

 しかし、そのような形跡は全く無かった。


 天下のSランクパーティーに詰問されているのに、平然な顔をしている将軍の自信がどこからくるのか、全く理解できない。

 想像を絶するバカは、どこにでもいるとしか言いようがない。


「マヤ、もうまどろっこしい話はいいでしょ」


 アナ姫の言うとおりだった。

 将軍バカの話など、聞くだけ時間の無駄だ。


「せやな。モンジュラ将軍に一応言っとくけど、もうお前の味方はこの城におらんで」


 入り口から、大隊長のオルハン率いる多数の兵士たちがやってくる。


「モンジュラ将軍。残念ですが、拘束させてもらいますよ」

「なんだと! そんなバカなことがあるか! 俺を拘束すれば、内乱になるぞ!」


「そんなバカなとは、こちらのセリフですよ将軍。もう将軍派の兵士は、ほとんどこちらに寝返ってます。そうでない者も、拘束させてもらいました」

「な、なぜだ! 新参のオルハンならまだしも。なぜ目をかけてやった、古参の貴様らまで俺を裏切る!」


 将軍を囲む兵の中には、将軍の子飼いだった兵士たちもいた。

 いきどおる将軍に向かって、兵士たちが口々に叫ぶ。


「モンジュラ将軍の時代は終わった!」

「バカ将軍め! 俺達は、前からお前のことが気に食わなかったんだよ!」


 あまりの罵声に、プライドの高い将軍は怒りに顔を真赤にして髭面を歪ませる。


「き、き、貴様らにも、散々いい思いをさせてやっただろうが! ええい、この恩知らずどもめ、俺はモンジュラ将軍だぞ、舐めるな!」


 近くにいた将軍派の側近はすぐ捕縛されてしまったが、モンジュラ将軍は腰から輝く宝剣を引き抜いて振り回した。

 槍を突き出して囲む多数の兵士たちに対して、大立ち回りで徹底抗戦する。


 こう見えても、モンジュラは一軍の将にまで出世した歴戦の強者なのだ。

 七つの戦場を駆け抜けて十字勲章を三つも下賜され、一代で騎士から領地持ちの男爵まで成り上がった帯剣貴族である。


 その実力だけは、まさに折り紙付きだ。


雑兵ぞうひょう相手に、俺が負けるものかよ!」


 将軍は、拘束しようとする兵士たちの槍を巧みな剣さばきで、振り払い続けた。


「困ってるなら、私が拘束しましょうか?」


 だが、剣姫アナストレアがそう言ってでてくると、モンジュラ将軍の腰が砕けた。


「ヒィィィ!」


 鬼神のごとき剣姫の恐ろしさを、参戦経験の多い将軍が知らぬ訳がない。

 将軍は、ヒィヒィと床を這いずり回って逃げ、ケインの足元へと転がり込んできた。


「そ、そうだ、そこの代官!」

「なんですか?」


 そこで進退極まった将軍は、ケインに剣を突きつける。


「俺を許すと言え! 言わんと許さんぞ!」


 よくよく見れば、たいして強そうでもない男だ。

 領主代行のケインを脅して言うことを聞かせればいいと、将軍は思いついた。


「将軍、あなたのやった行為は許しがたい。大人しく罪を償ってくれ」


 だが、ケインも臆することなくそう言った。

 獣人たちを救わんがために、ケインだって決意をもってここにきている。


「ならば、そうだ! お互い貴族らしく決闘で勝負しよう!」

「え、いや」


 貴族らしくとか言われても、ケインは貴族でなくただの冒険者である。

 しかし、この将軍の苦し紛れの決闘宣言に乗ってしまうアホの子が、この場にはいた。


「ふーん、いいわね決闘。じゃあこうしましょう、将軍の座をかけて、ケインと勝負ってことにしましょうよ」

「アナストレア殿下は、一体何のことを言っているのだ?」


 将軍にそう聞かれても、剣姫の言ってることは誰にもわからない。


「立会人は、私がやるわ。そこのなんとか将軍! 決闘と言ったからには地位も財産も領地も、全て賭けてもらうわよ。勝ったほうが総取りのルールよ」


 だが、最大の障壁である剣姫がそう言ってくれるならば、将軍はそこに活路を見出すしか道がない。


「そ、そうか。よくわからぬが、こうなったら何でもいい。正々堂々と勝負だ、ケインとやら!」


 こうして、よくわからぬままケインとモンジュラ将軍の決闘が始まってしまった。

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