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第103話「大移住計画」

 魔女マヤより、魔王軍の残党が住んでいたヘザー廃地のダンジョンに民を移住させる計画を聞いて、バルカン大王は驚きを隠せなかった。

 しかし、廃地の地中に広大な空洞があり、洞窟キノコも育つ農場があるというマヤの話を聞けば聞くほど条件は合致しているように思える。


 ともかく、一度はケインに任せると言ったのだ。

 果たして本当に移住できるかどうか、砂ドワーフと土ドワーフの族長を含む調査団を派遣することとなった。


     ※※※


「魔王軍の使ってた巣穴とか、本当に大丈夫なんじゃろか」


 そう不安そうにつぶやいたのは、砂ドワーフ族長クラフトである。

 メガネをかけた白髭の彼は、ドワーフには珍しく細面で繊細そうな顔つきをしている。


「この辺りは呪われた不毛な土地と昔から言われていて、誰も近づかんかったけどのう」


 一方、こちらはどっしりとした土ドワーフの族長ドロッペン。

 彼は廃地の土を調べて、訝しげにつぶやいた。


 土に詳しい彼がひと目見れば、廃地の土壌はうんざりするほど痩せているのがわかる。

 ヘザーと呼ばれる背の低い草木のみが広がっているどうしようもない土地だ。


 ただ、枯れたヘザーが堆積した泥炭がところどころにあり、これは燃料として使えるなと考えていた。


「うーむ。砂はあるから、ワシたちはなんとか暮らせるかもしれんが」


 クラフトも、ドロッペンとは違う見方ながら、ここで生活できるかどうかに思案を巡らせていたらしい。


「ハハハ、砂ドワーフは、ほんとけったいじゃの」

「いつも泥んこになっとる土ドワーフに言われたくないのじゃよ」


「ワシらは泥があれば暮らせるからの。あとは食いもんと酒じゃな」

「うーむ、そこが問題じゃよ」


 なんだかんだで、この二種族はドワーフとしてはかなりの変わり者で、新天地の移住にも積極的に参加しようとしていたのだが、目的地の洞窟を見て真っ青になった。


「な、なんじゃあれは!」


 洞窟の周りには、アナ姫が無茶苦茶に地面を切り裂いた跡が残っているのだが、驚いたのはそこではない。

 その亀裂から次々と湧き出してくる、恐ろしげな化物の群れだった。


「あれはゴブリンか……いや、ただのゴブリンではないようじゃぞ」

「なんという不気味なモンスターじゃ、こんな場所で暮らすなんてとても無理じゃ!」


 洞窟はアンデッドの巣窟になっていたのだ。

 うめき声を上げながら現れたモンスターは、ゴブリングール。


 死んだゴブリンが、死肉を食らうアンデッドとなっている。

 この土地でも暮らせるといっても、モンスターがいなければの話で、こんなにうじゃうじゃアンデッドが湧いてくるとどうしようもない。


「マヤさん!」


 一度はマヤに任せると決めたケインも、これには口出しせざるを得ない。

 ケインは、腰の神剣を抜いてアンデッドに立ち向かう。ドワーフたちを連れてきた手前、彼らの安全を守る義務がある。


「ここまでは想定の範囲内や。すぐ片付けるで!」


 アンデッドの復活。

 これはおそらく、死霊を操る冥魔将アバドーンの仕業だろう。


 魔王軍残党に、新たな魔王を名乗る魔族がいるという話でだいたい察していた。

 悪神復活の儀式で一度は吸われた魔族の魂は、ケインが儀式を打ち破り、ノワを救うことによって解放されてしまったに違いない。


 だが、魔王ダスタードならともかく、魔王軍の幹部ごときならマヤ一人でも倒せる。

 ましてアナ姫に出逢えば、みんな一撃で倒されてしまうだろう。


「出てきても死ぬだけやのに、ホンマに無駄な抵抗やな」


 まず目に見えるモンスターを、さっさと炎魔法で焼却するマヤ。

 しかし、燃やしても燃やしてもダンジョンの入口から、無限にアンデッドが飛び出てくる。


「マヤさんには悪いけど、こんな状態じゃ移住は無理なんじゃないかな」


 ケインには、バルカン大王にドワーフの民を任された責任がある。

 オリハルコン山にも隣接する廃地にドワーフたちが移住できれば確かに都合はいいが、安全が確保できないのであれば他の方法を考えるしかない。


「いや、待ってや。アナ姫が狩り尽くしたモンスターが、グールとなって復活しただけや。こんなの土地を浄化すれば問題ないやろ」

「そうか。どうかみんな、心配せずに見てて欲しい」


 ケインはマヤを信じて任せてみようと、不安がるドワーフの調査団に安心するように呼びかけた。

 その間に、マヤはダンジョンの入り口に向けて、腰に下げていた無限収納の袋を逆さにする。


 ドボドボーと豪快にぶちまけたのは、『常春の聖地』でもらった大量の聖水である。

 これは、売り物にするつもりだったのだが仕方がない。


 流れ込む大量の聖水に押し流されて、ダンジョンのアンデッドたちが、見る見ると萎れていく。

 貴重なルルドの聖水を使わなくても、聖女セフィリアの神聖魔法を使えばアンデッド自体は倒せないこともないのだが、大量の聖水でないとできないことがあった。


 マヤの狙いは、呪われた土壌そのものを浄化することである。

 聖女セフィリアの神聖魔法でもできないことが、精霊神ルルドの作り出した最上級の聖水ならば可能になる。


 不毛地帯だったヘザー廃地を使って、ドワーフに恩を売れる絶好の機会。

 ここは、出し惜しみせずに全部使い切ってしまうべきだ。


「聖水は、ローリエに事情を話したらまたくれるやろしな。さてと、これでもう大丈夫や。入ってみようや」


 ぐんぐんと進むマヤに、ケインたちは恐る恐るついていく。

 そして、ドワーフたちは感嘆の声をあげた。


「おお、洞窟キノコがこんなに。これは素晴らしいのう!」


 ドロッペンが洞窟キノコを見つけて、踊り出す。

 洞窟に暮らすドワーフたちにとっては、主食にもなるごちそうだ。


 キノコを飼料にして、洞窟イノシシを育てることもできる。

 酒に漬け込むとかおり高い薬酒にもなるそうだ。


 洞窟キノコを育てるキノコ農園は、無残にもアナ姫の蹂躙を受けて壊れていたが、元は一万匹のゴブリンを食わせることができるほどの大規模農園だ。

 まだいくらでもキノコは生えているし、ドワーフが暮らしやすいように農園を整備し直すのもたやすい仕事だろう。


「うーむ、ここまでしっかりした地下都市があるとは思わなかったのじゃ。住環境としても、申し分ない。壊れた施設も、直せばそのまま使えそうじゃぞ」


 ダンジョンの規模としても、シデ山の古代遺跡に匹敵しており、一万人を超えるドワーフでも十分に暮らせるだけのスペースが確保できた。

 ……と、そこに。


「ケインたちは、こんなところにいたのね!」

「あるじ!」


 百名の獣人隊を連れて、剣姫アナストレア、テトラ、セフィリアたちが遅れて到着し、洞窟はにわかに活気付いてきた。

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