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第104話「ケイン王国の誕生」

「バルカン大王に聞いたわよ。ついに、ケインが神剣の持ち主になったって!」

「ああ、そうみたいなんだよ」


 どうやらアナ姫たち一行は、魔王軍の残党を片付けた後、ケインをずっと追ってドワーフの国を経由してここまで来たらしい。


 アウストリア王国の王族であり、神剣不滅の刃デュランダーナを手入れしてもらっている関係があり、剣姫アナストレアはバルカン大王と知り合いだった。


「そしていよいよ、ケインの王国を作るときが来たわね!」


 アナ姫がいきなりそんなことを口走る。

 何を言っているんだと、ケインやマヤはついていけない。


「あるじの建国に、我らも全力を尽くすぞ!」


 アナ姫だけではなく、獣人隊を率いているテトラも、勝手に盛り上がっている。

 この三人では比較的まともな聖女セフィリアまで、「……がんばります」と言ってる始末だ。


「ちょ、ちょっと待って、一体どういうこと?」


 ケインは面食らって尋ねる。

 なんでドワーフの移住の話が、王国を作るなんて話になっているのか。


「もちろん、その移住の話よ。バルカン大王に、当然ケインをヘザーの王にするつもりよねって聞いたら、こころよく頷いてくれたのよ!」


 拳をブンブン振り回して、満面の笑みで答えるアナ姫。

 こころよくとか明らかに嘘っぽい、なんだか恫喝の匂いがする。


「マヤさん、これはどうしたら……」


 もうケインの手に負える話ではない。

 しかし、意外にも常識人のマヤが、アナ姫の提案を受け入れた。


「ケインさん。これ、悪い話やないで。バルカン大王がいいって言うなら、いっそ王になってしまったらええやろ」

「ええー。いや、さすがに、王なんて俺に務まるとは思えないよ」


 ケインだって、頼まれたからにはなんでもやろうと思って来たのだ。

 だが、いきなりそんな大それたことを言われても、ただただ面食らうばかりだ。


「なに、名目だけのことや。名誉市長を引き受けると思ってお願いできへんやろか。今回ばかりはアナ姫の提案は正しいと思うで、バルカン大王もそれなりに考えがあって了承したんやろ」


 話を聞いていて、土ドワーフ族長のドロッペンと、砂ドワーフ族長のクラフトも賛同した。


「ケインさんでええぞ。ワシらのどっちかが、洞窟の主になっても角が立つでの」

「大王様がそう言うなら、ケインさんに治めてもらえばええじゃろう」


 王ならバルカン大王よりは格下となるので、ドワーフ族の体面的にも認めるのに問題はなかった。

 マヤは、ケインを説得にかかる。


 そもそも、このヘザー洞窟の地下都市は、ドワーフたちだけでは治めきれないのだ。

 ケインが形の上で代表者となれば、使い魔のテトラが率いている獣人族の戦士たちの力を借りることもできる。


 獣人たちがケインに戦士を差し出したのも、ドワーフと一緒で口減らしの意味合いもあった。

 人族に圧迫されている獣人族にとっても、暮らせる土地が増えるのは助かる。


 誰にとっても良いことなのだ。


「事情はわかったけど、村長とかではダメなのかな」


 いくら名前だけと言われても、王ではあまりにも大げさすぎる。


「ケインさん、まずは獣人の戦士百人がここで暮らすわけやろ。そこから、ドワーフの移住を始めて、最終的に一万人の地下王国にする予定やから、その代表者が村長ちゅうわけにはいかへんで」


 マヤは、この土地の将来性に期待していた。

 地表はどうしようもない荒廃地だが、地中の奥深くにはキノコがたくさん生えるほど滋養に富んだ土壌が隠されていた。


 その可能性に最初に気づいたのが魔王軍というのは皮肉であったが、洞窟の奥をもっと調べれば有用な資源が見つかるかもしれない。

 この空白地帯の主権がケインにあれば、ドワーフ、獣人、エルフなど様々な種族が交流する交易拠点にもできる。


 そして、自分の故郷である西方サカイの商人を呼び寄せることができれば、王国にとっても大きな利益になるかもしれない。

 帝国の商人ばっかりに儲けさせてなるものかと、マヤは燃えているのだ。


「うーん。いくら形だけと言われてもなあ」


 代表者と言われても、そんな経験はまったくないのだ。

 今回は小旅行ぐらいのつもりできたし、常春の聖地にノワを残してきてるし、エルンの街の家にいずれ帰るつもりなのだ。


「あるじが王になって欲しい。あるじの下でないと、我々は安心して暮らせないのだ」


 テトラがそう言うと、そうだそうだと獣人がケインを囲んで懇願する。


「難しく考えないで、ケインはただ、うんと言えばいいのよ。領主が領地にいる必要は特にないんだから、実務は私たちでやればいいし」


 アナ姫たちもそう言う。

 みんなに請われて、ケインは頷いた。


「わかったよ。じゃあ当面、俺が代表者を務めさせてもらう」


 いずれ落ち着いたら、またみんなで考えようと続けるつもりだったのだが……。


「やった、これであるじが王だ!」

「早速役職を決めないと、将軍の私で、宰相のマヤ、宮廷司祭のセフィリアでいいわね!」


 ケインがそう言った瞬間、ワッと盛り上がってしまう。

 アナ姫などは、勝手に役職を割り振っていく始末である。


「我は何をやればよいのだ」

「テトラ、あんたたちの仕事は警備と資材と食糧の確保よ。あんたは、戦士団長と侍従長と施物官せぶつかん給仕官きゅうじちょうを兼務ってところかしら」


 さりげなく、もっともらしい役職で雑用を全部テトラに押し付けるアナ姫。


「心得た!」


 そんな仕事でも、あるじのためとあればテトラは喜んで働く。

 どんどん話が大きくなっていって、呆然と見ているケインを、聖女セフィリアが呼び寄せる。


「なんだい?」

「ケイン様、新たな土地を拓くのです。まず、神を崇めるやしろを建てませんと」


 ドワーフたちの手を借りて、セフィリアは洞窟の入口にささやかな社を整えた。

 そうして、ドワーフが信仰する鍛冶の神ウルガスと、獣人が信仰する獣神ガルム、エルフが信仰する精霊神ルルド、そして中央に善神アルテナの木像を並べていく。


 子供の守り神として、小さなノワの木像まで用意されていたのは、微笑みをさそう。

 そこで、ケインは気がついた。


 セフィリアは、ケインがアルテナに信仰を集めていることを知って、こうして集まりやすくしてくれたのだ。

 ありがたい配慮だった。


「それでは神様たちに、これからの移住が上手く進むようにお祈りしよう」


 そんなケインの合図でみんなが手を合わせると、雲間が割れて空から光が差し込んだ。

 すると社の周りに、青々とした木の芽、草の芽がにょきにょきと生えだした。


「土が蘇っとるぞ!」


 ドロッペンが地面をかきいだくようにして、喜びの声をあげる。

 もしかしたら、ルルドの聖水を注いだおかげかもしれない。


 洞窟の周りのほんの少しの土地だけだが、呪われた廃地に自然の力が回復されたのだ。

 信じられぬ光景を眼にして、「神の奇跡だ……」とみんなざわめいている。


「みんな聞きなさい! これが善神アルテナの加護を受けた善王ケインの力よ。もうここは呪われた土地じゃないわ、善き大地ケイン王国に栄光あれ!」


 神話の騎士のごとく神剣を振り上げたアナ姫がそう叫ぶと、みんな自然と平伏して祈りを捧げる。

 実際のところ、土地の力が回復した原因はよくわからないのだが。


 これが善神アルテナへの信仰につながり、徐々に信仰を集めて力を増した善神アルテナは、この地に繁栄をもたらしていく。

 ヘザー廃地はやがて善き大地と呼ばれるようになり、移住計画も順調に進むようになった。


 アナ姫が珍しく戦闘以外でまともに役に立っているところを見て、マヤは信じられない思いで舌を巻くのだった。

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