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第134話「大勝利!」

 アナ姫にボコボコ殴られまくって、王邪竜アークデーモンドラゴンが見る見るうちに弱っていく。

 常人の目には一発にしか見えないパンチも、実は神速で無数に打ち込まれており、右の頬をしこたま殴られて吹き飛びそうになれば、今度は左の頬を殴られて。


 何度も左右のパンチの応酬を喰らって、倒れようにも倒れられない状態で王邪竜アークデーモンドラゴンは頭を振りまくられた。

 強烈な脳震盪のうしんとうで弱ったところで、アナ姫は唐突に振り回されている王邪竜アークデーモンドラゴンの腕にあたって、地面に吹き飛ばされた。


「クッ……私の力だけじゃ倒せないわ。もう一人の神剣の剣士の力がないと!」


 シーンと静まりかえる。

 周りの反応は、「えっ、いきなり何だ……」て感じである。


 迫真のセリフであったが、あまりにもわざとらしすぎた。

 ちょっと考えたら、アナ姫のピンチであるのに『高所に咲く薔薇乙女団』のメンバーが反応していないのも不自然すぎる。


 いや、それ以前に、なぜ神剣を使わないんだとかツッコミどころ満載。

 だが……。


「あいつは、神速の剣姫ですら苦戦する相手なのか!」


 そう叫んだのは、青髪のツンツン頭、Aランク剣士のアベル。

 剣姫バカのずさんな演出を、真に受ける脳筋バカが一人いたのだ。


「大変だ!」

「どうしたらいいんだ!」


 各地で戦っている獣人たちはそもそもが状況をよくわかっておらず、単純な性格の者がほとんどだ。

 そういう状況では、声の大きいバカが騒いだおかげで、全体の空気がそうなってしまうということはよくある。


 なんとなく、アナ姫がピンチってことになってしまった。

 そこで予想外のことが起こる。


 今にも倒れそうによろめいていた王邪竜アークデーモンドラゴンが、最後の気力を振り絞って、毒霧のブレスを吐こうとしていたのだ。

 ブレスが炸裂したら、ケインヴィルの街の人々に多大な被害が出る。


 これは、ほんとにいけない!

 アナ姫は、チッと舌打ちして手に触れた小石を掴むと、思いっきり王邪竜アークデーモンドラゴンの顎に投げつけた。


 その衝撃で、毒霧のブレスが王邪竜アークデーモンドラゴンの口の中でボンと音を立てて爆発した。

 これでよし。


 アナ姫は、もう一度大きく叫ぶ。


「私の力だけじゃ倒せないわ。善王ケインの力がないと!」


 なかなかケインが動かないので、チラッチラッとアナ姫は魔女マヤのほうに目線を送った。

 マヤは心底関わりたくないと思っていたのだが、深いため息をついてからケインのところに飛んでいった。


「あのケインさん……」

「なんだろう」


「申し訳ないんやけど、その神剣を、ちょっと王邪竜アークデーモンドラゴンに向かって投げつけてくれへんか。あとはこっちでなんとかするから」


 もはや、アナ姫の自作自演を隠すつもりもない口調である。

 ケインとしては何が何だかわからないが、敵を倒すためにそれが必要と言われればそうするだけだ。


「わかった、やってみよう」


 ケインが善神剣アルテナソードを力の限り投げ……た、と思ったら力みすぎたのかすっぽ抜けてしまった。

 すっぽ抜けた善神剣アルテナソードは、宙をクルクルと回転して、とても王邪竜アークデーモンドラゴンのところまで届きそうもない。


 だがそのとき、ヒュウウウウと強風が巻き起こった。

 すると、神剣が上空にブワッと吹き上がり、そのまま放たれた矢のように王邪竜アークデーモンドラゴンへと飛んでいく。


 このままだと、何が起こるかだいたいわかった王邪竜アークデーモンドラゴンも、大人しくはしていない。

 重たい足を引きずるようにして、飛んでくる善神剣アルテナソードから必死に逃げようとするが、そこに寝そべったままのアナ姫が指で弾いた石つぶてがビュンビュン飛ぶ。


 ガッ! ゴッ! ギッ!


 無数の石つぶてを浴びて、王邪竜アークデーモンドラゴンの頭部は絶妙な位置に修正され……

 ついに、王邪竜アークデーモンドラゴンの額に、神剣がズサリと突き刺さった!


「ガォオオオオオン!」


 最後の断末魔の叫びは切ない。

 哀れ、鳴り物入りで登場してボコられただけで終わった王邪竜アークデーモンドラゴンは、そのままドスンと地響きをあげて仰向けに倒れこんだ。


「おおっ! ケインさんが伝説の王邪竜アークデーモンドラゴンを倒したぞ!」


 アナ姫が望んでるセリフを、全部アベルが言ってくれる。

 よろっと立ち上がったアナ姫も、こいつは見どころがあるなと思ったのか、アベルに向かってグッドと親指を立てると大声で宣言する。


「私も倒せなかった最強の王邪竜アークデーモンドラゴンを、善王ケインが倒したのよ! まさに奇跡だわ!」


 獣人たちは、ウォオオオ! と大歓声を上げた。

 どう見てもわざとらしい演出だったが、よく状況が見えてない者も多かったので、それが事実ということになってしまった。


 負けが確定した邪竜デーモンドラゴンたちは、再び獣人の戦士たちに追い散らされて逃げていく。

 後ろの草むらから「逃げるな―、バカモノー!」と叫んでいた若い男がいたのだが、戦闘の騒ぎのさなかで誰にも気づかれることはなかった。


 ケイン王国軍の大勝利!

 これが後に、奇跡の一投と呼ばれるケインヴィルの善王伝説となり、ドラゴンを倒すケインの銅像まで作られるとはこのとき知る由もない。


 全部を間近で見ていたクルツは、キサラと顔を見合わせる。

 二人はこれでもAランクの魔術師と盗賊で、状況を把握できる力はある。


 その上で、アベルと違い単純バカでもないので、いろいろおかしいと思ってしまうのだが……。


「えっと、これはちょっと……どうなのクルツ?」

「僕に聞かれましても」


 そこに、片目のブラウンがやってきて、唇に人差し指を当てて静かにしろというポーズをとる。


「坊主たち、余計なことを言って水を指すなよ。世の中には、そういうことにしといたほうがいいってことがある。善王ケインが伝説の王邪竜アークデーモンドラゴンに勝つ。この国にとって、これ以上の結末はあるまい」

「な、なるほど。そのために剣姫は、ケインさんに最後の一撃を譲ったんですね」


 大人の世界って大変なんだなと、クルツは思うのだった。

 もちろんアナ姫にそんな意図はさらさらないのだが、言わぬが花というものであろう。

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