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第135話「そして事態は動き出す」

 ケインとともに魔の谷で訓練した、犬獣人ワードックの女戦士リグルと熊獣人ワーベアーの槍使いワッサンが、自分たちが退治した邪竜デーモンドラゴンを引っ張ってきた。

 自らの獲物を主人に見せて誇るのは、獣人たちの習性のようなものである。


「王様、私たちもドラゴン退治できました!」

「フハハハ、この長槍でバッタバッタと倒しましたよ!」


「バッタバッタって、二匹にトドメを刺しただけでしょう」

「二匹でもすごいではないか。俺たちは、竜殺しドラゴンキラーになったんだぞ!」


 最強の魔獣ドラゴンを倒した者に与えられる称号、竜殺しドラゴンキラーは、戦士にとって最大の栄誉である。

 邪竜デーモンドラゴン退治に参加した全員が、そう名乗る資格があるのだ。


「それを言うなら、王様は王邪竜アークデーモンドラゴンを倒されただろうに!」

「なるほど、それは違いない! 王様こそが本当の大英雄ですな」


 そう言われても、ケインはそんなことはないよと恥ずかしそうに頭をかくだけだ。


「思えば、先の訓練でも俺はリグルやハッサンたちに助けてもらってばかりだったからね。ありがとう」


 集団で邪竜デーモンドラゴンを狩るほどの戦闘力を示したのだ。

 もうこの二人も、Bランク冒険者ぐらいの実力にはなっているだろう。


 みんなには、教えられてばかりだとケインは頭を下げる。


「も、もったいないお言葉です!」

「なんと謙虚な! 王様こそ我らを統べる最強の剣士です!」


「とんでもない。俺はただ剣を投げただけだから、きっとアルテナが助けてくれたんだよ」

「なるほど、善神アルテナ様のご加護ですか。それでは、ケイン様とともにアルテナ様にも感謝ですね」


 ケインの言葉にリグルはうなずく。

 善王ケインが、善神アルテナの加護を受けているという話はみんなが知っていることだ。


 ワッサンが、遠慮がちに尋ねる。


「王様、善神アルテナ様は、我々獣人が祈ってもその御力をおかしくださるでしょうか」

「もちろんだよ。善いことに力を使うなら、きっとアルテナは助けてくれるよ」


 ケインが、そう言いながら善神剣アルテナソードを見つめると、そうだよと応えるようにキラリと輝きを増していく。

 祈る人が増えれば、善神アルテナの神力は増すのだ。


「ありがたいことです」

「今日は宴だ! 善王ケインとともに善神アルテナ様に感謝を捧げる宴を行おう!」


 陽気な獣人たちは、酒好きのドワーフとともに酒宴の準備を始める。

 今回の戦いはケイン王国の兵士たちに、アウストリア王国にもドラゴニア帝国にも自分たちは負けないんだという、大きな自信となった。


 もはや何も怖いものはないと、料理と酒が振る舞われてお祭り騒ぎとなったケインヴィルの街で、夜遅くまで賑やかな宴会が続いていた。

 ケインヴィルの街に王宮などというものはないが、ケインたち主要なメンバーが並ぶ大きなテーブルの上に、どこからかバッサバッサと大きな金色の翼を広げたフクロウが飛んできた。


 松明の灯りに彩られてキラキラと舞い降りる黄金のフクロウは、幻想的な美しさだった。

 ケインは思わず息を呑む。


「この子は、どこから来たのかな」

「あるじ、食卓の上に乗ったということは、これは食っていいのか?」


 テトラには、美味しそうに見えたのだろう。

 ジュルッとよだれを垂らすテトラに、魔女マヤが慌てて叫ぶ。


「食ったらあかん! これは、うちのお父さんの大賢者ダナの使い魔で、伝書フクロウや!」

「なんと、我と同じ使い魔だったのか」


 そう言われると、ちょっと親近感を覚えるテトラでもある。

 しかし、獲物を狙う目で見られたフクロウにとっては堪ったものではない。


 怯えるようにマヤに擦り寄る黄金のフクロウから、さっさと身体にくくりつけられた書類を取り出すと。

 マヤはご褒美として肉を食わせてから、フクロウを再び飛び立たせる。


「やれやれ、えっと……サカイの街の賢人会議からや」


 フクロウの身体にくくりつけられたにしては、どっさりと多めの巻物だった。

 それらを読み進めていくうちに、マヤの顔色が変わる。


「一体、何の知らせだったんだい」


 尋ねるケインに、一瞬言いよどむが、話始めるマヤ。


「……アナ姫がもし結婚したら、どうなるんか賢人会議でシミュレーションしてもらってたんやけど」

「うん」


 楽しそうにジュースを飲んで、ケインヴィルの住人である獣人やドワーフと騒いでいる(獣人たちは若干ビビっているようだが)アナ姫をちらっと見て、二人は小声で話す。


「アナ姫の結婚は、やっぱり阻止せなあかんようやわ」

「そうか、俺も無理やり結婚させるようなことは良くないと思ってたから止めるのは良いと思うよ。でも大丈夫なのか」


 アナ姫とドラゴニア帝国の皇太子ジークフリートを結婚させようというのは、帝国と王国双方の合意である。

 それを阻止するとなると……。


「戦争が起こるんちゃうかってケインさんは思うんやろ。うちもそう思ったから、最初はしょうがない判断やと思ったんやけど、この結婚話を推し進めたら結果的にそれ以上酷いことになることがわかったんや」

「帝国と王国の戦争が起こる以上に、酷いこと?」


 ちょっと想像ができない。


「うちかて薄々こんなことになるんちゃうんかと思ってたから、最初からこの結婚話を進めるのは嫌やったんや! 何が最も恐ろしい事態を招くのか、王国も帝国もわかってないんや。みんな愚か者ばっかりやで!」


 そう独りごちて愚痴るマヤ。

 きっと色々と心労が重なっているのだろう。


 巻物をめくりながら煩悶し、必死に考えをまとめているマヤに、ケインは慰めるように言った。


「俺にできることなら、なんでも手伝うよ」

「そうやね……ケインさんだけに話すけど、うちはこれから王国の意向にも逆らって、アナ姫の結婚を阻止するつもりや。もちろん戦争も回避する」


「それができれば、理想的だけど」

「もちろん、生半可なことでは達成できへん。この策には、ケインさんの協力が必要不可欠や」


 マヤがいつになく決意を込めた瞳でケインを見つめる。

 伝説の大賢者の愛娘であるマヤが、そう言ってくれるのは心強い。


 もちろん、ぜひにも協力させて欲しいと、ケインはマヤの手をにぎるのだった。

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