目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第166話「いつもの日常」

 また、ケインの家にいつもの日常が帰ってきた。

 今日は朝からエレナさんもやってきて、孤児院の子供たちに食事を振る舞うのを手伝ってくれた。


 ノワがやたらはしゃいでいる。


「お父さんといっしょは美味しいねー美味しいねー」


 美味しいねーブームがきてるらしい。


「ああ、美味しいねノワ」


 ケインがノワばかりにかまっていると、猫耳娘のミーヤが袖を引っ張る。


「ケイン、これ食べないの? ちょうだい」

「ああ、うん。食べていいよ」


 子供には、相変わらずモテモテのケインである。

 久しぶりに賑やかな朝食を楽しむケインであったが、慌ただしい朝はそうゆっくりもしていられない。


「エレナさん。そろそろ時間じゃないですか」

「あらいけない。じゃあ、私はギルドの仕事がありますので失礼します」


 ノワの口元をナプキンで拭いていたエレナは、慌てて出かける支度をする。


「俺も一緒にいきますよ。今日はクコ山に行くつもりですから」

「ケインさんは、少し仕事を休まれたほうがいいんじゃないですか」


 アムステルの大海戦を勝利に導いたケインの活躍は、天下に轟いている。

 ケインが少しくらい休憩しても、誰も文句は言わないだろう。


「いや、レギウス最高司祭も、普段どおり頑張れと言ってましたから。これもいつか、アルテナを復活させるためですよ」


 そう聞くと、エレナは一瞬だけ寂しそうな顔をする。


「……そうですね」

「バッカニアの人たちのために少しでも多くの食料を集めないといけないし、そういやカミツレの花を集めてくれって頼まれてもいたから、そっちもやっておかないと」


 相変わらずお人好しのケインは、他の冒険者たちからの些末な頼みまで、なんでも引き受けてしまっている。

 偉そうに誰かに命じるのではなく、率先して自分で食べ物を集めてみんなに配ろうとする。


 こんな姿を見て、誰が一国の王様だと思うだろうか。

 エレナは、ついついそんなケインを見ると微笑んでしまう。


 ケインが家の庭にでると、白ロバのヒーホーがやってきた。


「そうだ、ヒーホー。今日はお前も来てくれるか」

「ヒーホー! ヒーホー!」


「そうかそうか。お前も庭にいては身体がなまるだろう。たまには運動が必要だもんな。山には美味しい草だって生えてるぞ」

「ヒーホー!」


 ケインは、白ロバのヒーホーを引っ張って出かけることにする。

 最近、クコ山にゴブリンがでなくなったので、ヒーホーを連れて行っても安心になったのだ。


 それに今日はしっかり仕事をするつもりだ。

 採った薬草やたくさんの食べ物を運ぶのに、ヒーホーはきっと役立ってくれるだろう。


「そうだ。エレナさん。ヒーホーに乗ってみませんか?」

「え、私がですか」


「ええ、なかなかいいもんですよ」

「実はノワちゃんが乗ってるのを見て、ちょっとだけ羨ましいと思ってました」


 エレナは、ケインが引く白ロバに乗せてもらって、ゆっくりと冒険者ギルドまで出勤する。

 近くまで来た時、二人に声をかける女性が居た。


「おやおやー、エレナ先輩。ケインさんと同伴出勤っすか」


 ニンマリと笑うエレナの後輩。

 今年入ったばかりの冒険者ギルドの新人受付嬢プシュケだった。


 オレンジ色のショートカットで、クリクリっとした琥珀色の瞳をしている可愛らしいプシュケは、愛想がよくてそれにも増して調子がいい。

 その明るい性格は冒険者にも好かれて、人気急上昇中の期待のルーキーである。


「何言ってるのプシュケ! 同伴って、そんなんじゃないわよ」


 いたずら好きのプシュケは、ちょっと恥ずかしそうにするエレナをからかう。


「おやおやおやー、同伴だけじゃなく、同衾もしちゃったりして、図星っすか?」

「ち、違うわよ! 朝ごはんを一緒に食べただけだから」


 同僚同士仲がいいんだなあとケインは笑って、プシュケに挨拶する。


「プシュケさん、おはようございます」

「おはようっす。これはエレナ先輩の寿退社も近いっすか。ケインさん、エレナ先輩を末永くよろしく頼むっすよ!」


「もう何を言ってるのよ、プシュケ!」


 からかわれて、まんざらでもないエレナ。

 そんな感じで、わいわいと話しながら冒険者ギルドに到着した。


 ケインはいつもどおりエレナに弁当を持たされて、「いってらっしゃい」と見送られる。


「ふむ。こんなにのんびりと一人で山に入るのも、なんだか久しぶりのような気がするね」


 ケイン王国も領地が増えたので、いつもはケインの周りをバタバタしているアナ姫たちや護衛のテトラも、それぞれの仕事に奔走している。


「ヒーホー! ヒーホー!」

「ああごめんごめん、一人じゃなくてお前がいたなあ。さて、お参りをしてからいこうか」


 いつもどおり麓のアルテナ神殿に山に入る人の安全をお祈りして、ケインはゆっくりと山道を登っていく。

 それは、これまで二十年以上ずっと繰り返されてきたケインの平穏な日常だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?