「本気?」
作戦を聞いたニーアは半信半疑だった。
彼女が半信半疑なのは、俺の覚悟ではない。俺の作戦で本当にアイツを殺せるのか、もっと言えば、今の俺の状態で可能なのかという二点についてだ。
「本気さ。俺はいけるし、作戦だって上手くいく」
俺は力強く宣言して立ち上がる。
ニーアが守ってくれたおかげで、多少は回復できたと思う。立って龍技を一発放つくらいならなんとかなるはずだ。
成功するかどうかはぶっつけ本番、やってみなければ分からない。
しかし失敗を恐れていては何も掴めない。やってみなければ、失敗すらできないのだから。
「じゃあ構えて。私からやるわ!」
「龍技”炎罪”……」
ニーアの生み出した炎の城壁が、ダースゴールの紫電の球体を打ち消している隙に、彼女はさらなる龍技を放つ。
体勢を低くし、剣を鞘に沿わせて力を抜く。
「
叫んだ刹那、球体と城壁がぶつかる地点を一気に炎の塊が通過する。一瞬で紫電の球体を飲み込み、何事もなかったかのように突っ走っていく。
「またか! 無駄だとわからないのか!」
ダースゴールは先ほど受けきった時と同じように、体を丸め上空から雷を自身に降り注がせる。
しかしそれがお前の運の尽きだ。
先刻の一撃をどうやって防いだのか、大方の予想はたっている。
光だろう?
その雷がたえず全身を包み、流動的に動き回ることによって、炎を弾き続けていた。だからダースゴールは、火傷程度で済んだのだ。
だけど今回はそうはさせない。
「龍技”屈折”……」
俺は傷ついた体で、無理矢理龍技を発動させる。
俺は光の後継者、守護竜レフレオの血族をパートナーにあてがわれた英雄候補。
こんなところで負けている場合ではない。
ここでニーアの復讐すら満足にこなせなくて、何が英雄か! 何が光の後継者か!
「
奴の体に雷が憑依した瞬間、ニーアの復讐の炎が激突した瞬間、俺は龍技、屈折を発動する。
今は夜だ。
今この場にある光は、月明かりと、ニーアの炎と……ダースゴールの雷だけ!
この技は光を対象から除外する技だ。
今回利用する光は、この場でもっとも眩い光! ダースゴールの紫電だ!
「失せろ!」
俺の咆哮によって、ダースゴールの周囲を取り巻いていた雷は途端に消え失せ、そのまま業火に飲まれる。
「なんだと!? そんなはず! 雷が我を裏切るなど!」
ダースゴールの驚きの言葉は、しかしそれで最後だった。
光を、雷を奪われた彼に、ニーアの炎から逃れる術は無かった。
ニーアの怒りの炎、復讐の炎に飲み込まれ、ダースゴールの断末魔が響き、全身に業火が回る。
やがて肉の焦げる臭いが漂い、ダースゴールは物言わぬ炭と化した。
しかしニーアはフラフラとした足取りで、炭になったダースゴールに向かって歩いていく。
まるでそうするのが当たり前であるかのように、一切の迷いを見せずにまっすぐと。
そして気が狂ったかのように、剣を何度も何度もダースゴールの死体に突き立てる。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
突き刺す。
切り刻む。
八つ裂きにする!
「ニーア!」
俺はボロボロの体を引き摺りながら、ダースゴールを刺し続けるニーアの手を握る。
動きを止める。
「……ハンス?」
ニーアは虚ろな目で振り向く。
そして呟く。
「どいてハンス……殺さないと……アイツを、あの男を、パパとママの仇を、殺さないと!」
呟きは徐々に大きくなり、やがて夜闇に木霊した。
ニーアは再び剣を突き立てようとするが、俺が全力で止める。
こんなのはニーアじゃない。
「止めるんだニーア! そいつはもう死んでる! もう良いんだ! 君の復讐は終わったんだ!」
背後からニーアを抱きしめ、力の限り叫ぶ。
もう終わったんだと、そう告げる。
長い長い、永久かと錯覚するほどの長い時間動かなかったニーアは、やがてゆっくりと口を開く。
「……そう、終わったんだ。パパとママの仇はもう……いないのね?」
さっきまでの狂った彼女じゃない。
いつものニーアの声だった。
正気を通り戻したニーアは力無くその場に崩れ落ちる。
連続で龍技を放った反動か、ニーアの体力は底を突きかけていた。
「大丈夫か?」
「ええ……ごめんなさい」
冷静さを取り戻したニーアは振り向き、俺をじっと見つめる。
「私より貴方の方が重症ね」
ニーアは弱々しく笑う。
「そうかも知れないけど、お前だって動くなよ? 消耗してるんだから」
俺は立ち上がろうとする彼女を制する。
「平気よ。少し休めば、また戦いに行ける」
彼女はそう言いながら周囲を見渡す。
そう。今回の敵はダースゴールだけではない。むしろダースゴールの方こそイレギュラーで、エタンセルの騎兵隊の対処の方が最優先だったのだが……。
俺たちのあいだで、その優先順位は完全に逆転してしまっていた。
「いいやニーア。もう戦いは終わりだよ」
俺は周囲を見渡し、確信する。
「嘘よ。まだ戦っているじゃない!」
「ああ。だけどじきに片付くさ。あっちにはニック司令官がいるんだから」
ここまで時間がかかりながらも、数で劣るこちらの戦線は下がっていない。それどころか押し込んでいる所まである。
確実にこっちが押している証拠。そして何より、ニック司令官の存在が大きい。
彼は、一流の竜騎士としての戦闘能力の高さもそうだが、的確な状況判断能力、確かな知識に裏打ちされた作戦能力。即座に方針を決める決断力。どれをとっても集団での指示能力に長けた、屈指の英雄だろう。
何よりダースゴールを俺たち二人に任せてくれたのも、彼だ。彼の状況判断がそうしたのだ。
戦いの音は徐々に遠くに、弱くなっていく。
「このまま押し切れるさ。敵の増援が来るまでは何もしなくて良いよ。こっちは一番の強敵を倒したんだから、多少休んだってバチは当たらないさ」
俺は冷静にニーアをなだめながら、彼女の隣に腰を降ろす。
「なあニーア……。気分はどう?」
我ながら意味深なことを訊くものだと思う。
この場面ではどう捉えられても不思議じゃない。
だけどその答えの選択もまた、楽しみではあるのだ。
「何よそれ。復讐を果たせてって意味? それとも二人で強敵を倒したって意味? それとも……」
ニーアの疑問は止まらない。
やっぱり意味深過ぎたかな?
「ごめんごめん。前者で」
俺は前者について訊ねる。今の率直な気持ちはどうなのだろうか? そしてこの先は……?
「なんとも言えないわね。まだ実感が湧かない感覚かしら? 一〇年ものあいだずっと夢見ていた私の両親の復讐。終わってみればあっという間で虚しいだけと言われれば、そうかも知れない。だけど……」
「だけど?」
俺は言い淀む彼女に催促する。ここからが一番大事なのだから。
「気分は良くも悪くもないけれど、頭の中の大部分を占めていた大荷物がどっかに行ったような、そんな感覚。一区切りついたみたいな、そんな気持ち」
この言葉はニーアのまごうことなき本心だろう。
彼女の復讐はここで終わったのだ。
レフレオ共和国最強の女騎士、炎撃のニーアの戦いはここで終わったのだ。
それから一時間ほど時間が経過したころ、周囲から完全に戦いの音がなくなり、ダースゴールを倒したところで寝そべっていた俺とニーアの元に、ニック司令官が慌てて走ってきた。
「お前たちよくやった! よくやってくれた!」
大量の汗を掻きながらも、ニック司令官にほとんど怪我はなさそうだった。
「エタンセルの騎兵隊たちはどうなったのですか?」
俺は一応確認する。
「無事に撃退できた。敵は半数が殺られたタイミングで撤退を視野に入れていた。今は逃げ戻っている途中だろう。偵察隊の話だと、敵の本体は動いて無いようだった。もしかしたら最初から本気ではなかったか、あるいは……」
「ダースゴールと組んでいたと?」
今俺がもっとも恐れている可能性を口にする。
「流石に無いと思いたいが、状況だけならそう言えるかもしれない。実際、ダースゴールの死を皮切りに、明らかに敵の戦意が低下していくのを感じた。仮に組んでいなかったとしても、今回は最初から様子見程度だった場合も考えられる」
どっちにしろ厄介なのは、今夜の勝利は全体から見れば些細なことで、もしかしたらまだ始まっていないのかも知れないということだ。
「今後はどうするのですか?」
疲れた顔をしたニーアが、ニック司令官に確認する。
今回はなんとか防げたが、次回も防げるとは限らない。
平和ボケした我々が、突然迫りくる脅威に対していつまでも勝ち続けるというのは不可能だろう。
「とりあえず我が国がやることは変わらない。軍隊を作り、今後の戦いに備えることだ。しかしそれと並行してやることがある。それは他国の調査だ。特にエタンセル王国は一番不気味な国だ」
「つまり俺に偵察に行って来いと?」
「すまんな。お前しかいない。他に単騎で乗り込んで生きて戻ってこれる奴などいないだろう。それに叶うなら他国の守護竜とも接触してくれると助かる。結界についてレフレオ様と共通認識があるのかは知っておきたい」
ニック司令官は本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
「別に構わないですよ。そうなるだろうなと薄々分かってはいましたし」
「待って!」
話が終わりかけていた時、黙っていたニーアが口をはさむ。
「その任務、私も行きます!」
「いや、しかし……」
ニック司令官は困った顔をしている。
彼も分かっているのだ。ニーアにはもう……。
「もしかして二人とも、復讐が終わったから私が竜騎士を止めるとでも思ってる?」
図星を突かれた俺と司令官はギョッとするが、ニーアはそんな俺たちを無視して話を進める。
「私は竜騎士を止めない。けれど私はハンスについて行くわ! 私がこの国に残ったって、どうせ集団戦には向いていないし、元々少数で動く方が好きなの。だから私はハンスについて行く。君と一緒に世界を見たいから!」
ニーアは堂々と宣言してくれた。
この時の俺の気持ちは、なんと言っていいか分からない。それぐらい嬉しく、それと同時に安堵したのだ。
「そうか……ニーア。君がそう言うのなら、私は止めない。行ってくるといい」
ニック司令官はどこか安堵したような、そんな物言いだった。
俺とニーアはおもむろに立ち上がり、ニック司令官の前に立ち並ぶ。
まるで指令室で指令を受ける時のように。
「ハンス・ロータス、ニーア・ストラウト両名に命ずる。この先の戦乱に備え、各国に潜入し、それぞれの情勢を伝えて欲しい。その際、可能なら各国の守護竜と対面し、結界について聞き出すこと。頼んだぞ!」
「はい!!」
俺とニーアは敬礼し、ゆっくりと向き合う。
背中を向けて去っていくニック司令官を尻目に、俺たちは徐々にお互いの体に手を伸ばし、抱きかかえるように背中に手を回す。
「これからも頼むよ」
「もちろん!」
まだまだ俺たちの冒険は終わらない。
むしろ始まってすらいない。
目指すはエタンセル王国。
かの国の情勢は?
守護竜は?
軍隊は?
どれをとっても大事な情報になる。
次の任務が無事に終わることを願っている。
そして堂々とレフレオ共和国に凱旋してやるのだ!
第一部 完