「ここからは本気を見せようか!」
ダースゴールは、さっきまでの余裕そうな表情はどこへやら、確実な殺意を持って俺とニーアを睨みつける。
そんな彼の頭上には、さっきまで無かったはずの暗雲が立ち込め、雲の隙間を紫電が走り、時折黒く光っている。
なるほど。
これがレムレース空域のドラグーン、ダースゴールの本気というわけだ。
先ほどの攻撃を見ると、上空に立ち込めた暗雲から黒い雷を落とす技だ。あれに打ち勝つのは難しい。なにせ光の速度で襲ってくる致死量の電撃だ。いくら速く動けても、光よりは遅いのだ。
「まさか雷を操るなんてな……さっきは運良く躱せたが、二度目は無理そうだ」
俺の全身を紫電が走り、しびれて動けない。背中に掠った雷撃は、本来の出力の何パーセントほどだろうか? それでも掠った部位からは肉の焦げる臭いがし、激痛がずっと続いている。
「いいから黙ってなさい。ここは私がなんとしてでも」
ニーアは構えたまま目を瞑る。
「龍技”炎罪”……」
彼女の周囲を炎熱が舞い、空気を焦がす。
「
その一言と共に剣から放たれた炎の壁は、大岩程度の幅をもって、真っすぐとダースゴールの元へ向かっていく!
炎の壁は一直線に、おぞましいほどの速度を持ってダースゴールに迫る。一瞬でも迷ったら躱せない。そんな一撃。
彼女の数ある龍技”炎罪”の内、もっとも効率よく殺すことに特化した技。自身への反動も、周囲への影響も比較的少ない技。
後ろで寝転ぶ俺を巻き込まないように放った、復讐を誓いながらも俺を気遣った一撃。
「間に合わぬか!」
躱せないと直感したダースゴールは、体を丸め、空から数多の雷を身に纏い、前方に紫電の壁を出現させる。
耐えるつもりか!?
俺は内心焦る。
あれを耐えられてしまえば、こちらに打つ手など……。
「ぐあぁぁ!!」
紫電を纏うダースゴールに突撃したニーアの炎罪が、紫電の外側からダースゴールの周囲を炎獄へと誘う。
草花は触れてもいないのに着火し、火の粉が付着した木々は瞬く間に燃え上がる。
燃え上がった草木たちは、周囲を煌々と照らしたのち炭となっていく。
俺とニーアは固唾をのんで見守る。
あれだけの高温に晒されて、人間が生きているとは思えない……。
「殺れたかしら?」
ニーアは弱まっていく炎の中心を睨みながら呟く。あの炎獄の檻の中にいて、焼けこげない人間など……!?
俺は途中で思考が停止した。
隣のニーアも同じ様子だった。
「嘘……だろ?」
弱まった炎の中心を打ち破り現れたのは、直撃したはずのダースゴール当人だった。
ダースゴールの息は荒く、鎧もところどころ溶けだし、全身の至る所に火傷を負っているようには見えるが、それでも死んでいない。
それどころか致命傷すら負っていない。
一体どういうことだ?
そんなはずがあるか?
焦がした空気だけで草花をも燃やす炎だぞ? それが紫電を使ってガードを固めたとはいえ、燃えない人間なんて存在するのか?
「……なかなか、なかなかだったぞ! 復讐を誓う小娘よ!」
ダースゴールは叫ぶ。
剣先をニーアに向けて、大声で叫ぶ。
「なるほど。それが龍技というやつか……。恐れ入った。まさか人間風情が、魔力を帯びた攻撃をするとは思わなかったが、そうかそうか。それがドラゴンと契約した者の特権というわけか!」
ダースゴールはやや疲れた表情で一人、納得したように頷く。
「だが、それでは我は殺せない。足りない。もっと足りない。全てが足りないのだ!」
叫んだ瞬間、ダースゴールの周囲を紫電の球体が複数個並ぶ。
「次はこちらの番だ。この殺意の雷……躱せるものなら躱してみろ!」
彼の合図とともに複数の球体が、真っすぐ俺とニーアに向かって突っ込んでくる。球体の一つ一つが、俺たちの上半身ぐらいの大きさを誇っている。
それらの球体が通った後には、何も残っていない。全て紫電によって断ち切られ、黒く焦げた跡が残っている。
「龍技”炎罪”……」
ニーアは再び炎罪を繰り出す。
理由は単純だ。
俺のため。
動けない俺のために、躱すという選択肢がなくなり、彼女は受けきることにしたのだ。
「
叫ぶ彼女が剣を地面に突き刺すと、その地点から左右と前方に炎の壁が広がっていき、やがて完全なる炎の城壁となって、俺たちとダースゴールのあいだに立ちふさがる。
まるで本物の城壁のような分厚さと規模を誇る炎の城壁は、やがてダースゴールの放った紫電の球体と衝突した。
衝突した瞬間、凄まじい爆発音が夜空に木霊し、赤い炎と紫の電流が混ざりあい、周囲を独特な色に染め上げる。
音と衝撃がこちらまで届くが、炎の城壁は依然として陥落する気配を見せなかった。
俺は安堵と共に必死に思考を巡らせる。
今のところ足手まといにしかなっていない俺が、どうにかしてニーアの復讐の手助けをする方法を。
俺と二人なら、どんな難敵だって突破できると言ってくれた、彼女に報いる方法を。
「ニーア。作戦がある」
俺は炎の城壁に守られているこの瞬間に、作戦を彼女に伝えた。
もうこれしかない。
ニーア一人の龍技で殺せないなら、二人でいくしかない。