ニーアは一睨みしたと同時に飛びかかる。
間違いなく全力。
彼女の殺意が炎となって周囲を焦がしながら、あっという間にダースゴールの懐に潜り込む。
「おっと、危ない危ない!」
しかしダースゴールは余裕の表情を浮かべて飛び上がり、ニーアの剣戟を避けると、そのまま重力通りに真下のニーアに斬りかかる。
「甘い!」
ニーアはそこまで読んでいたのか、振り下ろした剣をそのまま斬り上げ、迎撃する。
両者の剣がかち合い、火花が飛び散る。
一方は赤い刀身。もう一方は黒い刀身。
対照的な両者の剣が、周囲を戦いの色へと染めていく。
しばしの鍔迫り合い後、両者とも一度距離をとって構える。
「そろそろ参戦するか」
俺は剣を片手で構え、剣先を真っすぐダースゴールに向ける。
「変わった構えだな」
ダースゴールは俺をちらりとみやり、そう呟く。
「今は、このスタイルがピッタリなのさ」
淡い月明かりの中、俺は意識に光を纏う。俺が司るのは光だ。
俺は光の後継者。
神話の後継者。
ここでニーアを失うわけにはいかない!
「行くぞニーア!」
「ええ!」
俺とニーアは同時に斬りかかる。
俺が先に片手で突きを放ち、ダースゴールが躱したところを、大振りに薙ぎ払うニーアの一撃で襲撃する。
ダースゴールはそれを剣で受け、ニーアの剣から放たれる炎の斬撃をその鎧に受ける。
「くっ! なるほど。そういうことか」
分かったところで止められるものか!
俺たちは同じパターンで攻撃を続ける。
何度も何度も、躱されながらも繰り返し、徐々にダースゴールにかすり傷が増えていく。
「小賢しい!」
一瞬の隙をついて剣を大きく振り払ったダースゴールは、そのまま剣を再び構える。
吹き飛ばされた俺たちだったが、上手く着地し、構えを崩さない。
「そういう戦い方か……考えたな」
ダースゴールはそう感想をもらす。
俺たちの戦い方は非常にシンプルだ。
俺とニーアを比べた場合、一撃の重さは圧倒的にニーアだ。しかし二人そろって剣をぶん回していては、お互いが邪魔となってしまい、上手く数の利を活かせない。
そこで思いついたのがさっきのやり方だ。
俺が剣を片手で構え、攻撃は斬るのではなく突く。
そうすることで、ニーアが剣を振るうスペースを確保し、ほとんどタイムラグのないままダースゴールに攻撃をし続けられる。
「そいつはどうも。だがどうする? いくらアンタが強いとは言っても、今のままでは俺たち二人相手に勝てないことぐらい、分かっているだろう?」
俺は安い挑発をする。
今のままでは勝てないのは、どちらかといえばこちらの方だ。
ダースゴールはまだ一度たりとも自分から攻撃してきていない。すべてカウンターだ。コイツは本気どころか、まともに戦ってすらいないのだ。
「うむ。そうだな……お前たちの剣の腕前は見せてもらった。正直期待以上だ。だが、それは攻勢時の話だ。しかし」
言葉の途中でダースゴールが消えたかと思うと、一瞬で俺の目の前で剣を振り被っていた。
「守勢に回った時は、どうかな?」
そんな言葉と共に振り下ろされた黒刀が、俺の左腕を掠める。
「クッ!」
顔をしかめ後ろに飛んだ俺の後を、ダースゴールが追撃してくる。凄まじいスピードと剣の圧。確実にここで俺を仕留めるつもりだ。
「ハンス!」
ニーアが叫びながらこちらに向かうが、間に合わないだろう。
前方にはスローモーションに映るダースゴールの姿。
ここで死ぬのだろうか?
そう思った矢先、心の中でそれを否定する自分がいた。
俺はこの世界の行く末を見届けたい。
光の後継者として、神話の後継者として、空と海を我々人類の手の中に……。
「こんなところで死んでたまるか!」
その瞬間、自身の左胸から一筋の光が漏れだし、ダースゴールの剣を防ぐ。
「なんだと!」
流石のダースゴールも驚いた様子で剣をさらに押し込むが、それ以上剣は進まない。ダースゴールとのあいだに現れた光の盾は、一切の侵攻を許さない。
「こ、これはレフレオの!」
ダースゴールはそう言って飛び退く。
そこにニーアが振るった剣が空を斬る。
今あいつ、この盾のことを「レフレオの」と言ったか?
俺はちらりとレフレオを見る。
あいつは他の竜騎士たちと共に、エタンセルの騎兵隊の対処をしている。俺に対して何かした気配はない。
ダースゴールが言うレフレオとは、おそらくコイツじゃない。守護竜レフレオのことだ。
「お前……何者だ?」
ダースゴールは明らかに警戒した表情で、俺を睨む。
先程まで確実にニーアに対してのみ警戒していたが、その警戒心は俺に向いている。
「俺か? 俺はレフレオ共和国第一師団所属、光の後継者、ハンス・ロータスだ。覚悟しろよ罪人!」
俺の前に現れた光の盾は砕け散り、俺の周囲を円環する。
俺の能力は光。闇夜で光がないのならば、自身から発すれば良いだけのこと。
「光の後継者だと? ハハハ! 何を言っている! あれは伝承だ! そんなもの実在するはずがない!」
明らかに取り乱した様子で取り繕う。
「信じられないか? だったらお前の肉体に刻んでやる!」
俺とニーアは一斉に飛びかかる。
ニーアは炎の加護を纏いその速度を上げ、俺は光の加護を纏い、彼女に追随する。
もうすぐダースゴールに届くかというタイミング。
ピクリとも動かなくなったダースゴールの上空から、凄まじい爆裂音がした。
嫌な予感がして、ニーアを庇いながら方向転換しようとしたが遅かった。
突如上空から襲来した黒い光を躱しきれず、背中に黒い火傷を負った俺は、そのまま立ち上がれなかった。
「嘘でしょう……? ハンス! ねえハンス!」
ニーアは必死に俺に声をかけるが、なんとか手で合図をするのがやっとだった。
ニーアが俺に声をかけているあいだに、黒い光は黒い雷となって、ダースゴールの周囲に降り注ぎ、地面を抉り、大地を変形させる。
「待ってて! すぐにアイツを殺して手当てするから!」
鬼の様な形相でニーアは立ち上がり、剣を鞘に沿わせる構えを見せた。