「起きてください! 敵襲です!」
テントで眠りについた俺たちの元に、そんな声が届く。俺とニーアは一息に飛び起きた。
「状況は?」
「それが……空から一人だけ……」
空から? いやそれよりも一人だと?
目覚めたばかりの俺の頭がぐるぐると回り始める。
なんだ? 何が起こっている? 敵はエタンセル王国、敵は五〇〇名ほどの大規模部隊。そうではなかったのか? 確かに空を飛んでくる可能性は昨日ニーアと話していたが、それにしても一人だと?
「もうこちらの竜騎士が数人、殺られています!」
「分かった! すぐに行く!」
俺たちは伝令を解放し、すくさまテントを飛び出す。
敵は一人。空からの襲撃。もうすでにこちらの竜騎士が数人殺されている。あり得るのか? 竜騎士がそこらの兵士に負けることなど無いだろう?
走りながら頭の中で数多の疑問が湧いては消えていく。
「ハンス! ニーア!」
途中、レフレオが俺たちの名前を呼び、フレイヤと共に合流した。
「この気配。アイツだ!」
レフレオが緊張感のある声色でそう告げる。
アイツ? レフレオが知っていて、そんなに恐れる一人? まさか……。
「ダースゴールか?」
ようやく辿り着いた答えに、レフレオが無言で頷く。
失念していた。
ここはダニール谷。
守護竜様の結界の効力が弱まっている土地。
敵はエタンセル王国だけでは無かったのだ。敵は空からもやって来る。あのおぞましいほどの強さを持ってやって来る。闇夜に乗じて空から降臨する、レムレース空域のドラグーン。
おそらく一〇年前のダニール谷の悲劇を巻き起こした張本人。ニーアの両親の仇。
「ニーア、冷静に戦えよ」
俺は隣で無言のまま走るニーアに釘をさす。
無駄だと分かっていても言わざるを得なかった。
相手はは人類の敵、ドラゴンが支配するレムレース空域所属のドラグーン。以前の戦いでは俺とニーア二人がかりでなんとか退けた強敵。
「分かってるわ」
それだけ、ボソッと帰ってきた答えが全てを物語っていた。
今の彼女に冷静になれは不可能な話だった。
なぜなら彼女の人生は、あのダニール谷の悲劇によって狂わされたのだ。自分の生き方を決定づけさせた張本人、愛する両親の仇、ニーアがレフレオ共和国最強の竜騎士にまで登り詰めることになった元凶。
そんなものが目の前に現れた時、果たして冷静でいられるだろうか?
俺が今できることは、周囲の被害を減らすことと、ニーアの足を引っ張らないこと。
月明かりが照らす足元を見つめながら、俺はそう決意した。
「みんな下がれ!」
俺たちが敵襲があったポイントに到着した時、ニック司令官の声が響き渡る。
そうか……やはり来ていたのか。
敵襲が空から、それも一人だと聞いた時点で彼は悟ったのだろう。一〇年前の悲劇の再来だと。そして一〇年前に取り逃がした、同僚の憎き仇を殺すチャンスだと。そう思って彼は今ここに来ているのだ。
周囲に目を配ると、被害はそこまで酷いことにはなっていない。
数多の竜騎士が見守る中、ニック司令官が鎧を纏い、一人のドラグーンと剣を交えていた。
間違いない。
あれはダースゴールだ。
あの鎧、あの黒く蠢く剣、間違いない。
今やるべきことは、ニーアと共に加勢して一気にダースゴールを殺すこと!
「死ね!」
そう思った矢先、俺よりも先にニーアがダースゴールに斬りかかる。
ニック司令官とダースゴールは突然のことに一瞬驚いた顔を見せるが、ダースゴールは即座にニーアの剣を躱し、距離を取る。
「そうかそうか。お前たちも来たか!」
ダースゴールは俺とニーアを順番に指さし、笑い出した。
その声は夜闇に響き、静寂に包まれた戦場に大きく木霊した。
「ニック司令官。ここは俺たちに任せてください」
「いや、しかし……」
「アイツが相手では、他の竜騎士が挑んでも勝ち目はありません。それにこの襲撃はイレギュラーです。この隙にエタンセル王国が攻めてこないとも限らない」
俺がそう言った矢先、ダニール谷の細道から、蹄の音が響いてきた。
まるでタイミングを図ったかのような、そんな登場の仕方だ。こいつらはグルなのか?
周囲の竜騎士はダースゴールを警戒しながらも、数人がエタンセルの騎兵隊に斬りかかる。
そして蹄の音は左右からも聞こえてきた。
要するに待ち伏せ。
「完全に嵌められたというわけか……」
ニック司令官は覚悟を決め、声を拡張して戦場に指示を出す。
「このドラグーンはニーアとハンス両名に任せる! 他の者は左右に別れ、挟撃してくるエタンセルの騎兵隊を迎え撃て!」
ニック司令官は指示を出し終えると、ダースゴールに剣先を向けた。
「私は他の役目に移らせてもらうぞ、空のドラグーンよ。一〇年前の屈辱はこの二人が晴らす。覚悟しろ、空のドラグーン。今の世代は一〇年前よりも優秀だ」
それを聞いたダースゴールはクスクスと嗤い、剣先を俺たちに向ける。
「そうかそうか。それを聞いて安心したぞ地上の竜騎士たちよ。特にそこの赤髪の女、今思い出した! 一〇年前に殺した女と瓜二つではないか! ハハハハハ!」
ダースゴールがそう嘲笑った瞬間、場の空気が一変する。
俺より数歩先にいるニーアの周囲を熱波が襲う。
彼女自身からあふれ出る熱風が、彼女の燃えるような赤い髪を宙に浮かす。足元にはジリジリと焼けるような炎が具現化する。
「ほうほう。凄い殺意だな小娘! 一〇年前のあの女と何か関係でもあるのかな?」
ダースゴールは煽る。まるで彼女の全力が見たいと言いたげに、煽る煽る。
「黙れ!」
ニーアの声は普通ではなく、何かしらの魔力を帯び、周囲に響き渡る。
「私はニーア・ストラウト。この国最強の竜騎士”炎撃”のニーア。お前が一〇年前に殺したのは私の両親だ……」
そう言った彼女はゆっくりと剣先をダースゴールに向ける。
まるで死を決定づけるかのように。
さっきコイツがそうしたように。
「楽に死ねると思うなよクソ野郎。私がどうして炎撃と呼ばれているか、その全てを味あわせてやる」
最強の竜騎士と呼ばれた彼女の本気が、今ここに解放される!