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第34話戦線 空 2

「急な呼び出しで済まない」


 俺たちが駆け寄ると、ニック司令官は謝罪した。


「いえ、緊急事態ですし。それより今はどういう状況ですか?」


 俺は話を促す。


 現状どうなっているのか、一番興味があるのはそこだ。周囲の様子を見るに、まだ戦闘は行われていなさそうだが……。


「そうだな。まず偵察隊より報告が入り、エタンセル王国側が大規模な部隊を編制していることがわかった。こちらもすぐさま部隊の編成に入ったのだが、知っての通り我が国に対人用の部隊は存在しない。ここに集っているのは苦し紛れの竜騎士隊というわけだ」


 ニック司令官は渋い顔をする。


「まあここまでは予想通りですが、見たところまだ戦闘は行われていない様子。敵の大規模な部隊というのは、どれほどの規模なのでしょうか?」


 ここまでは予測の範疇だ。エタンセル王国側からの宣戦布告があった以上、こうなることは織り込み済み。予想外だったのは、思ったよりも相手側の動きが早いことぐらいだ。


「お前の言う通り、幸いまだ戦いは行われていない。それでも今晩か、明日の夜明けには戦いが始まるはずだ……。それで敵の規模だが、五〇〇人程の部隊らしい」


「五〇〇人、ですか……。それに対してこちらが……」


「偵察に向かっている者を合わせて、六〇名ほどだ」


 ニック司令官の声は沈んでいた。


 予想通りこちらの人員は六〇名。対して相手は約五〇〇名。約一〇倍の戦力差。


「もう少し人数は集められなかったのですか?」


 黙って聞いていたニーアが、答えの分かっている質問をぶつける。


「済まないニーア。だが敵はエタンセル王国だけではない。他の国からの侵攻は考えにくいが、それでも最低限の警備は各国との国境沿いには配置しなければならない。それに最近出現頻度が増した、土着の異形及び突然変異体クリーマの対処にも、多少の戦力は残すしかない。さらに海からの異形の者の侵攻も、併せて対処しなければならない。そうなると今ここに集っている人間がやっとなのだ」


 ニーアは黙って頷いた。


 人手不足は分かっていた。国土全域の守護に対して、竜騎士の数が足りなさすぎる。普通の兵士と呼べる者が存在しない我が国において、竜騎士こそが将軍であり、兵士であり、英雄なのだ。



 人間同士の戦争は存在しない。


 そんな偽りの楽園に甘え、備えを怠った結果がこの現状だ。


「これからの方針はどうなっています?」


 俺は話を未来に向ける。


 ないものを考えていても仕方がない。


 現状戦力で全てをどうにかするしかないのだから。


「お前たちを任務に行かせる前に話した通り、一般兵の部隊の編制を急ピッチで進めてるところだが、今回には間に合いそうにない。なので今回の戦いでは現有兵力をもって対処するしかないわけだ。報告では、敵は五〇〇名ほどの部隊を編成したとはいえ、一気には攻めてこないそうだ。あいだにあるダニール谷が険しすぎるのが幸いした。ダニール谷には太い道は存在せず、せいぜいが二〇名程の騎兵隊がいくつか攻めてくる程度だろう」


 ニック司令官の説明は全てがただの予測だが、今はその予測に頼るしかない。確かにダニール谷に広い道は存在せず、一歩踏み外せばそのまま濁流に飲み込まれてしまう程、荒っぽい場所だ。


 これも予想の範疇を出ないが、敵だって不慣れな部隊のはずだ。対人戦闘なんて向こうだってほとんど無いはずなのだ。


 鎧を着込んで馬に乗り、険しい切り立った断崖の縁を疾走するようなマネ、そう易々とはできないだろう。


「ダニール谷には細かい道が多すぎる……つまり敵がいつ来るか分からないが、一回当たりの規模は大したことない。そういう理解で大丈夫ですか?」


 俺はニック司令官に確認を取る。これには多少の希望的観測も含まれているが、一番妥当なラインではある。


「敵が未知の技術を持っていなければ、現実的にはそれがもっとも可能性が高いだろう」


 ”敵が未知の技術を持っていなければ”か……。脳裏に先ほどの坑道での光景が浮かぶ。一番奥の空間で、クリーマたちを照らしていたあの光る”機械”。あれは国の上層部の指示で掘り進めていたものだろう。


 となると、最初から他国に攻め込むことを想定していたであろうエタンセル王国が、何もロストテクノロジーの研究をしていないとは考えにくい。


 もしかしたら我々は、未だかつて見たことがないものと対峙するかもしれない。


 問題は、それが今なのかどうかなのだが。


「しかし今のところ襲撃はまだない。二人は休んでいてくれ」


 ニック司令官がそう言って、一つのテントを指さした。指さす先には、一つの小さなテント。どうやら俺たちのテントはあれらしい。


「分かりました。何か動きがありましたらすぐに知らせてください」


 俺たちはニック司令官にお辞儀をし、引き下がる。

 正直ここで一度休めるのはありがたい。


 なにせ手傷は負っていないにしろ、クリーマたちを殲滅したまま夜通し走ってきたのだから。



「ねえ。実際のところどうだと思う?」


 指定されたテントに入り込んだ途端、ニーアが聞いてきた。


「実際か……ニック司令官はなんとか説明しようとしていたけど、”分からない”が正解じゃないかな? エタンセル王国とはほとんど国交が無かったんだ。向こうの技術力がこっちと同じとは限らない。俺たちのような竜騎士が、本当に存在していないとも限らない。全ては闇の中。敵が大部隊で一気に攻めてこないだろうって話も、敵が騎兵隊だった場合の話だ。何かしらの空を飛ぶ技術を習得されていたら、話の根底がひっくり返る」


 俺の所感はそんなところ。


 何事にも正解は無いと分かってはいるが、今回の戦いにおいては情報が少なすぎるのだ。判断材料が無さすぎて、半分希望的観測が含まれてしまう。


「私も同意見。こうなったら出たとこ勝負かしら?」


 ニーアはそれだけ言うと大きく欠伸をこぼし、そのまま静かになった。


 じきに俺の瞼も重くなり始め、隣から聞こえる規則正しい寝息も相まって、俺は夢の中に引きずり込まれた。

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