急ぎの招集を受けた俺たちは、職人街ギルドからダニール谷まで全力疾走していた。
あの召集の仕方、いよいよ両国の戦いが始まったのだろう。宣戦布告はすでに済ませてあったのだから、こうなるのは時間の問題だった。
「それにしても随分早いな」
「エタンセル王国の動き?」
俺とニーアはそれぞれのパートナーに跨り、並走しながら現在の局面を整理する。
「ああ。ニック司令官が懸念していた通りになった。こちらにはまだ対人用の軍隊などないだろうし……どうするのかな?」
「相手もいきなり全力で攻めてはこないでしょうから、今回は私たちに防がせて、その間に部隊を編制するんじゃない?」
ニーアの意見が一番可能性が高い。
今のレフレオ共和国において、まともに軍隊と呼べるような組織体系をしているのは竜騎士団しかいない。個々人の戦闘能力なら、エタンセル王国の騎兵隊の比ではないが、いかんせん数が圧倒的に足りていない。
どれだけ強くとも、圧倒的な数の前には無力なのだ。
「お前らは覚悟できてんのか?」
俺を背中に乗せたまま、レフレオが問いただす。
「覚悟?」
「ああそうだ。同族を殺す覚悟だ。いくら竜騎士団に殺しの経験があるとは言っても、それはあくまで異形の者のような怪物が相手の場合だ。基本的に同族を殺した経験はないのだろう?」
レフレオに指摘されて気がついた。
そうだ。
確かに人殺しの経験がある人間なんて、このレフレオ共和国には存在しない。俺を除いては。
「俺は……騎兵隊に襲われた際に殺しはした。だけど、ニーアは大丈夫か?」
俺は並走する彼女を見る。
しかし俺の心配は無用だと分かった。
彼女の目が、全てを物語っていた。
「私は大丈夫。怪物と人間なんて、単純な分け方でここまでやって来ていない。私の中では自身と、自身の周囲を脅かすもの全てが殺害対象よ。そこに人間も怪物もないわ!」
凛と張った声に一切のブレはなく、それが彼女の宣言が本音だと証明していた。良かった、せめて彼女だけでも戦える。しかし……。
「だけど他の竜騎士たちはどうだろう?」
もちろん戦争となればそんなことは言っていられない。それは分かっている。彼らだっていざとなればちゃんと敵兵を殺すだろう。
しかし戦場では、一瞬の迷いが勝敗を分けることなどザラにある。その一瞬の隙を見逃してくれるほど、優しい相手ばかりではない。
「慣れてもらうしかないわ」
「ニーア……」
ニーアは言い切る。
「だってそうでしょう? 戦争が始まってしまった以上、偽りの楽園は終了。これからは人同士が殺しあう時代になるの! 甘いことなんて言っていられないわ!」
そうだ。
こっちの覚悟を敵は待ってくれない。
敵は知性のある人間。だからこそ、こちら側の心の隙までも利用してくるかもしれない。
だから弱さを見せるな。
せめて俺だけでも見せてはいけない。
俺たちはちゃんと人を殺せる。
同族を殺せる。
だって俺たち人類は、そうやって発展してきたのだから。
「そうだな……。せめて俺たちだけでも覚悟を決めよう。もう戦争は始まったのだと!」
俺たちの答えに満足したのか、レフレオはさらにスピードをあげた。フレイヤもそれに負けじとついてくる。
左右を過ぎ去る景色は、今までに感じたことがないほどの速度で消えていく。あっという間に景色が変わり、踏み抜く地形が変わり、音は耳の横を抜けていく。
これがドラゴンの本気の速度。俺たちは一陣の風となって、ダニール谷を目指した。
「明かりが見える」
ダニール谷に近づいたところで、少し速度を落とす。ゆっくりと進む俺たちの視界に、闇夜に浮かぶ橙色の塊がそこかしこに広がっている。
月明かりの元、白く映し出された世界。
木々のあいだから、確かに人工の明かりが見える。
「ここが設営ポイントか」
「ダニール谷からはちょっと距離があるわね」
「流石に真ん前には設置しないだろうな」
「それもそうね」
しかしここが設営ということは、ここにいる人数が今回の戦いの兵力ということになる。
俺たちは設営拠点に足を踏み入れ、バタバタと慌ただしく動く竜騎士たちを見て愕然とする。
「少なすぎる……これだけの人数で対処するつもりなのか?」
見渡して分かったことは単純明快。ここには竜騎士が総勢五〇名ほどしかいない。もしかしたら偵察等による不在で、全体はもう少し多いかも知れないが、それでも一〇〇名には遠く及ばないだろう。
「人手不足も極まったわね」
ニーアは思いの外平然としている。
「なんでそんな平然としてる? というか、むしろなんでちょっと嬉しそうなんだ?」
俺は正しい指摘をする。
だってそうだろう? これから戦争かもしれないときに、味方が少なくて喜ぶ竜騎士などいるはずがない。
「え、いや、別に……」
ニーアは明らかに動揺している。
俺が彼女を信用している点として、嘘が絶望的に下手というのがある。彼女は嘘がつけないのだ。
「数が少なければ好き勝手やれてラッキーとか思ってる?」
「な、なんで分かったの?」
分かるよ。そりゃ。
「顔にそう書いてある」
「そんな不謹慎な顔してた?」
「良かった。ちゃんと不謹慎っていう自覚はあるんだな」
俺はニーアの問題は放っておいて、作戦指令のテントを探す。
なにせ似たようなテントばかりで判別がつかない。
「あれじゃない?」
ニーアの指さす先には、他よりもやや大きめなテントの前で立ち尽くすニック司令官の姿があった。
良かった。彼がいてくれるのなら、まだ勝機がある。
俺たちは急いでニック司令官の元へ向かった。