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第32話職人街ギルド 3

「ちょっと、嘘でしょう?」


 ニーアは目の前の現象に驚く。俺も同感だ。嘘であってほしい。


 二体になり不利を悟ったクリーマは、静かに音もなく地面に溶けていく。体の色がこの坑道と一緒だったのには、そういう意味があったのか?


 やがて全身が見えなくなった後、この坑道内に静寂が訪れる。


「気配はこの空間から消えていない。つまり隙を窺っているわけだ。気を抜いたらやられる」


 俺は一度深呼吸をして目を瞑る。見えない敵を目で追うなど愚の骨頂。いっそのこと視界を消して、第六感に頼った方が現実的だ。


「来たぞ!」


 俺は目を閉じたまま、真下に剣を向ける。すると読み通り真下から鋭いかぎ爪が俺を襲うが、無事に切り払う。地面から劈くような悲鳴が聞こえ、やがてゆっくりと浮上してきたクリーマにとどめの一撃を加える。


 ニーアは俺から少し離れたところで、全方位に炎の円環を創り出し、迫ってきたクリーマを焼き尽くしていた。


「相変わらずおっかないな」


「なによ! ちゃんとハンスから距離は取ったでしょう?」


「まあそうだけど」


 やはりニーアは強い。


 どのような状況、どのような環境であれ、その力をしっかりと行使できる。個人戦術の万能さにおいて右に出る者はいない。唯一の欠点が、集団戦ができないことぐらいか……。これは彼女の技が、全方位タイプだからだけではない。


 彼女が人に合わせて戦おうとすると、それはもはや炎撃のニーアではなくなってしまう。ニーアが全力を出しながらそれに合わせて戦えるのは、現状俺ぐらいなのだ。


「それにしても……」


 俺は自分の足元に転がっている死体を観察する。

 体表は土や砂と同じ色をしているばかりではなく、触ってみると驚いたことに手触りが坑道の壁とそっくりなのだ。


 カーリルト村で遭遇したクリーマは雨に溶け込み、今回のクリーマは坑道に溶け込む。どちらも特異すぎる異能。通常の生物の定義では考えられない能力を有している。


「これが、神が優遇する種族か……」


 俺は出発前のレフレオ様の言葉を思い出す。

 相手は新人類。神の加護はあちらにある。


 我々人類だけでなく、どのような生物だって、クリーマたちのような異能は持ち合わせていない。それこそ本当に神が、後ろ盾として存在していなければあり得ないことだ。


「ねえハンス。これ掘り出せそう?」


 声のする方に目を向けると、ニーアが岩壁に半分埋まった光を発する機械を引っ張ろうとしていた。


「無理じゃないかな?」


 俺は機械を眺めてそう判断する。


 仮に多く見積もって、見えている部分が全体の半分ほどであったとしても、見えている部分だけでニーアの二倍ほどの横幅と縦幅を誇っているのだ。人の力で掘り起こせるわけがない。


「ギルドに戻って報告しよう。ここまで掘ってあるんだから、それの存在だって知ってるだろう? 後は彼らに任せようじゃないか」


 ちょっと悔しそうなニーアを引っ張りながら、来た道を戻っていく。


「たまには発見とかしたいな~」


「なんだよそっちにも興味あったのか?」


 諦めたニーアは、その代わりに願望を垂れ流す。

 ここから坑道の入り口まで三〇分はかかる、多少は付き合うか。


「ほら私って、壊すことに特化した女じゃない?」

「ああそうだな」


 同意と同時に俺は屈み、ニーアの裏拳を華麗に躱していく。


「チッ」

「いや、チッじゃねえだろ。殺す気か?」


「裏拳一発で死ぬようなハンスじゃないでしょ!」


「いやいや。お前の裏拳たまに炎を纏ってるじゃないか」


 というより死ぬか生きるかよりも、そもそも大前提として裏拳など食らいたくない。


「さっきのは否定してほしかったんだけど」


「さっきって、あれか? 壊すことに特化したってくだりか?」


「他に何があるのよ!」


「だって言った直後に俺を壊そうとしたじゃないか!」


 あんな物騒な裏拳をかましておいて、何を言っているのだろうかこの女は。


「それはあまりにも即答だったからつい……」


 ついで裏拳かますのかコイツは……。


「わかったから、俺が悪かったから話を先に進めてくれ」


 俺は渋々引き下がり、ニーアに話の先を促す。


「私は壊すばかりで、何かを創り出すことが無かった。だから発明とか発見とか、何かを見つけたり作ることに憧れがあるのよ」


 そう語る彼女の瞳は真っすぐで、これが本気で言っていることなのだとすぐに分かった。


 確かに彼女を有名たらしめてるものは、全て破壊の実績だ。何かを生み出してのものではない。憧れるのも無理はない。炎を司る彼女にとって、それは夢でありロマンであり、目標なのだろう。


「ニーアならいつかできるさ。炎は破壊の象徴。だけど、炎を通して作られるものだって一杯ある。焦らなければ、いつか何かを創り出せるさ。発見も同じだよ」


 これは俺の嘘偽らざる本心。


 さっきは茶化したが、俺は彼女の能力の高さを買っている。しかし何より俺が彼女を信頼している理由は、その向上心にある。


 最強の竜騎士と呼ばれながらも鍛錬は怠らず、誰よりも努力し続ける彼女を俺は知っている。だから信頼するのだ。たとえ俺たちの進む道が違ったとしても、共に上を見続ける限り、またどこかで合流できると信じているから。



 そんなこんなで坑道の入り口まで戻ってみれば、何やら騒がしい。レフレオたちに何かあったのか?


 嫌な予感がしてレフレオたちの元へ駆け出すと、そこにいたのはレフレオとフレイヤ、それに職人街ギルドの伝達担当だった。


「一体どうしたんですか?」


 俺はただ事ではないと悟って事情を尋ねる。この後俺たちは職人街ギルドに戻って報告し、それからイザバナへ帰還する手筈で、それはギルド側も承知しているはずだ。それでもここまで来るということは、相当緊急性の高い要件に違いないのだ。


「ご報告申し上げます! 先ほどイザバナより伝令あり! ハンス・ロータス、ニーア・ストラウト両名は、ギルドでのクリーマ討伐の後、至急ダニール谷の国境付近に向かわれよ! これは緊急案件であり、全ての事情に優先される! 以上となります」


 ギルドの使者は簡潔に手元の文章を読み上げる。


 つまり危惧していた事態が起きたということだ。


 こうしてはいられない。


「ここのクリーマは無事に討伐し終えた。中に入っても安全だ。それをギルドに伝えてくれ」


 俺の命令を受けた使者は、深々と一礼をすると、そのまま急ぎ足でギルドに向かって走っていった。


「ハンス。いよいよだぜ?」


 レフレオはいつになく真剣な顔で俺を見上げ、自身の体を揺する。


 俺はレフレオの合図に従い、彼の背中に跨る。

 ニーアもフレイヤの背中に乗って、地図を広げている。


「ここから一日程度かしら」


「分かった。とりあえず急ごう。何が起きているかは書かれていなかったが、大体予想はできる」


 俺たちはそのままの足で、急ぎダニール谷へと向かって走り出した。

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