それは天上の
そして
どうして聖女が信仰の体現者なのかと言えば、
神霊は聖女を依代にする事で、奇跡の如き偉大な力をこの世に示すのだ。
その際
この宿すというのは、擬似的にではあるが神霊を〝身籠った〟とも言えた。
勿論本当の意味で子供を為したのと同じというわけではなく、女性だけが持つ生命を生み出す力、その潜在的な神霊力に間借りする形で、
それは即ち、物理的ではないにしても異なる霊的存在が体内にいる事となり、神霊を宿している限り、聖女となった女性はその身に子を為せなくなるという事も意味していた。だがそれであっても余り有るほど、代償となって得る力は、途方もないものなのだ。
その証拠にそれぞれの国にとっては、宗教的意味合いよりもどちらかと言えば現実の〝力〟としての方が、聖女の存在意義は大きいと言えた。
無論、聖女を通じて教会という宗教勢力の後ろ盾や利権を獲得したり、それを背景にした国際勢力の取り込みなど、政治的駆け引きの側面も決して小さくはない。だがそんな全てがおまけになるほど、諸国家にとって聖女という強大な力は、国家を率いるのに必要欠くべからざる存在であったのだ。
しかもそれに加え、聖女の出現範囲はおおよそ一国に一人の割合でしか現れない事が多かった。
だからどの国にとっても、どれだけ強力で優れた聖女を迎えられるかでその地の繁栄が決まるとさえ言われている。それどころか、聖女の出現地域がそのまま国となった例も少なくないほど。
それ故に、教会から派遣される聖女調査官の責務は重く、いわばその一言で、国の行く末が左右されると言っても過言ではなかった。
「はじめまして。聖女候補のマーセラ・スタインと申します」
甘い香りの女性が、ホランドに挨拶をする。
ジャンヌと並んだ、もう一人の聖女候補。
窓から注ぐ明かりが、天使のように彼女の金色の髪を輝かせていた。
透き通ったサファイアのような瞳。
清楚で慎ましやかな、まさに絵に描いたように聖女然とした少女である。
何もジャンヌが聖女らしくないというわけではない。
ただホランドの記憶には、今朝の出来事が強烈な印象を伴って焼きついている。その活発で男勝りな彼女を見た以上、ジャンヌにおよそ聖女らしからぬ印象を持ってしまっているのも、仕方がないと言ええるだろう。
つまりジャンヌとマーセラ、二人を並べてどちらがより
とはいえ、外見や佇まいなどは、聖女である事と殆ど関係ないのであるが。
彼らがいるのはイェンセン教会のいくつかある建物の一つ。その広間。
白漆喰の壁と天井に、規則正しく並んだ椅子。
真鍮の金色で飾られた装飾は、ひやりとした空間とも相まって中にいる人間誰しもに敬虔な感情を沸き起こさせる。
案内のされるまま、ホランドは教会の修道士らに導かれて、この一室に迎え入れられたのであった。
「いやしかし、まさかホランド様とジャンヌ様がご存知の間柄であったとは」
驚いたというより僅かばかりに納得したような口振りで、年嵩の司祭が二人を交互に見比べた。
「やはり同じジャンセンのお家であられたから、ですかな」
「いえ――私が彼女を知ったのは、ついさっきの事です。今朝方、兵隊崩れが街中で乱暴を働いておりまして、運悪く私も巻き込まれてしまったのです。そこへ偶然居合わせた彼女が機転を効かせ、事を治めてくれたという次第で」
ほほう、と司祭が感心した声をあげる。
「それに、ジャンセンの一族はこのゼーランだけでなく隣のダンメルクやその他の国にもありますし、数だけは多い一族ですから。つまりはありふれた貴族の血筋なだけで、私の知らないジャンセンの人間の方が多いくらいです。私が彼女とは初対面のように、ジャンヌ様も私の事は存じてなかったでしょう」
なるほど、と納得する教会の者達に対し、ジャンヌは頷きも否定もせずに微笑んでいるだけ。それが何か引っ掛かるものを覚えさせたが、ホランド自身は間違った事を言ったつもりはなかった。
彼がジャンセンの一族に連なる人間なのは間違いないのだが、自身で告げた通り、ジャンセンはジャンセンでも血統や家系的には凡庸な中流貴族でしかない。ようは傍流にすぎないという事。
偶々運良く、
とはいえ、聖女調査官という格の高い司祭になれたのはそのお陰でもあるのだが、中流以上の貴族ならば
「同じ一族であるからといって、妙な贔屓だけはしないでくださいね」
露骨な嫌味を口にしたのは、聖女でもなければ明らかに教会の人間ではない、唯一の人物。
腰に剣を帯び、片マントに高貴な身なりの若い男性。
見たところ、ホランドよりも年下に見えた。
「ご冗談を、殿下。聖女調査官どのともあろう御方がそんな事をなされるはずがございません。ねえ?」
「え、ええ、勿論です。――ところで、こちらの御方は?」
「ご紹介が遅れまして、大変失礼致しました。こちらは今回の立会人であり、マーセラ様をご推薦あそばされた、ゼーラン王国第二王子のアクセルオ殿下でいらっしゃいます」
淡い褐色の髪に、青味がかった灰色の瞳。
顔立ちは整っているが、どこかこちらを値踏みするような粘質さを持った目線が、どうにも気になる青年だった。
とはいえ、この国の王族であるなら失礼な態度は取れない。
かしこまって円字を切るホランド。
円字を切るとは、最も世に知られた、テルス教の信仰のサインである。
両手を合わせて下から上に縦に切った後、合わせた手を離して指先でそれぞれ反対方向に半円を描いて再び元の位置で手を合わせるというもの。
つまり、縦の一本線が入った真円を描く動きをする。
ホランドの挨拶にアクセルオも円字を切った後、にこやかな笑顔で返した。先ほどの言葉とは違い、その素振りに横柄さはなく、かといって嫌らしさもない。だが最初の一言もあってか、心の奥のどこかでホランドは、この王子に対して少しばかり警戒してしまうような、好意的になれない感情を持ってしまっていた。ようは先入観である。
では――と声を出すイェンセン教会の司祭。
「今日はまずそれぞれのお目通しという事にして、もう間もなく日も落ちますし、調査は
「そう……ですね。そうさせていただけると大変有難いです」
「では、お休みになられる部屋へ案内します。アクセルオ殿下にマーセラ様、ジャンヌ様もそれぞれご案内致しましょう」
聖女調査官とは、聖女と確認された女性が本当に正しく聖女であるかどうかを調べるテルス教の高等司祭の事である。
聖女と認められるにはいくつかの条件があるのだが、大前提として聖なる奇跡とも言うべき超常の力を見せねばならない。だが時に、それが神霊による正しい聖女ではなく、神霊を騙った邪霊によって引き起こされた力である場合があった。
それら聖女とは似て非なる力を持つ者は――〝
つまり調査官とは、聖女か魔女かを判定するのがその役割なのだ。