「あ、あの二人とも……ああああ、危ないからそろそろ止めたほうが……」
「ふふっ。なぁ~にを言っておるか! このように面白いこと今更止められるはずがないであろうに。そうであろうに、
「くくっ。その意見についてだけは貴女に賛同いたします。私と雪那とは互いに殺し合う運命にあるのです」
未だ地面に這い蹲っている秋人がそう声をかけるが、二人は一向に止めようとはしなかった。
いや、むしろ更に狂い笑い、その美しい顔でさえも狂気を孕んでいるかのように秋人の目には映っていた。
「ハッ! たぁ、やぁぁぁぁぁぁっ!」
「ふっ……はあぁぁぁぁぁぁっ!!」
スーッ……ガッ!
雪那が鍔迫り合いを嫌い振りほどき、そして横一文字に斬り伏せようとするが美智と呼ばれるお姉さんは体を後ろへと仰け反らせ避け、そして起き上がる勢いを利用して右上から刀を振り下ろした。
だが雪那は始めから避けられることさえも予想していたのか、右手に持っていた剣の柄を滑らせるように逆さへと持ち替え美智の刃を防ぎ受け止めていた。
「もう少し……もう少しでしたのに……残念でしたね」
「そうそう貴公に斬られるわけにはいかぬ」
二人の姿を間近にしてまるで演舞でも見ているかのようで秋人は惚けながらに見入ってしまっていた。
だが刀と刀とがぶつかり弾ける度、火花が飛び散りこれが現実の光景であると嫌でも自覚してしまう。
(死にたくない死にたくない死にたくない……でもっ女の子が目の前で死ぬのだけは嫌だっ!!)
今この瞬間、二人を止めなければ本当にどちらかが死ぬかもしれない。
秋人の頭の中はそれだけで一杯となっていた。
「ふぅーっ。次で……決めるっ! はぁぁぁぁぁっ!」
「はぁーっ。遺恨を断ち切るっ! やぁぁぁぁぁっ!」
互いに刀と刀で弾くように少し距離を置き離れ、間合いを取った。
そして一呼吸置いてから覚悟を決める言葉を吐くと、最後の一撃を決めようと気合いを入れながら相手に向かい駆け行く。
「ふ、二人ともその勝負、まぁぁぁぁぁったっ!」
「……な、なにっ!?」
「……ぐっ!?」
次の瞬間、秋人が二人の間に入り両手を広げて止めに入った。
雪那も美智もまた既に勢いを殺すことが出来ず、せめて割って入ってきた秋人に刃が当たらぬようにと刀の軌道を上へとズラそうとしていた、まさにそのとき事件が起こった。
ふにゃん♪
秋人の右手と左手には柔らかい何か強めに押し付けられ、間抜けにも両耳からそんな音が聞こえたように錯覚をしてしまう。
「あっ……」
秋人が足幅の
運が悪く二人ともそれに向かって駆けていため、自らの左胸と右胸を秋人のそれぞれの手へと差し出した形となっていた。
「あ……あ……あ……」
「う……う……う……」
確かにそれで二人の鍔迫り合い、殺し合いは止まることになったけれども、本当に時が止められたかのように三人とも身動き一つできないまま固まっている。
「え、え~っと、そのぉ~……二人とも、喧嘩はダメ……だよ?」
「あぅあぅあぅあぅ」
「うにゃあぁぁぁっ」
未だ二人の胸を握り締めながらも秋人は仲裁する言葉を投げかけるのだが、胸を鷲掴みにされている二人はそれどころではない。
互いに聞き取れぬ可愛らしい言葉を口にしながら、頬を朱へと染めている。
「ななななななな、なにをするか貴公っ! いきなり人の胸を鷲掴みにするやつがあるかっ!」
「ぅぅっ。胸を揉まれてしまいました……っ(照)」
雪那は自らの胸を左腕で隠すように秋人へと抗議し、美智に至っては刀を落としてその場で地面に座り込んでしまっていた。
「ほんっとに、ごめんなさいごめんなさいっ」
「まったく……これが“同姓”だから良いようなもの。もし仮にそなたが異性だったら、大変なことになっていたのだぞ。まったく」
「そ、そうですね。まだ“同じ女性”ですからね……犬にでも噛まれ致し方ないと思い込むしかありませんわね」
「……え゛っ゛!?」
秋人が頭を下げて謝罪すると、雪那も美智もまた「同姓だから……」っと渋々ながらに許しの言葉を口にしている。
だがそこで秋人だけは逆に混乱してしまっていた。何故なら自分のことを二人とも同姓であると……即ち『女性である』と思い込んでいたのだ。
確かに秋人は女の子と言っても過言ではない可愛らしい顔立ちをしており、体のほうも雪那や美智と比べれば背も小さく肩幅も狭い。
また着ている服も上下ボーイッシュと言えば通るほどの背格好であった。
だが秋人はその名のとおり『男』である。
二人とも秋人の容姿と声の質から同じ同姓であると思い込んでいたのだ。今にして思えば雪那が秋人の名前を呟き、面妖などと言っていた時点で気づくべきだったのかもしれない。
(こ、これは今言わないほうが絶対にいいよね? じゃないとボク、二人が持っている刀で斬り捨て御免されちゃうかもだし)
秋人は自らそのことを口にはしないようにと誓うのだったが、もちろんすぐに二人へとバレることは言うまでもなかった。