街が、夜に沈み始めた頃。
魔法少女・リリカは、少し汗ばんだ額をぬぐいながら、高層ビルの屋上に立っていた。
「……ったく、呼び出し遅いっての……どこよ、敵……」
その時、空気がひんやりと震えた。
反応するように、契約リングが警告音を鳴らす。
そして――現れた。
「よっ、ピンクの太もも戦士ちゃん。今日もぷにっとご出勤?」
軽口とともにビルの影から現れたのは、金髪巻き毛の無邪気な少年。
十五歳くらいに見えるその少年――シュガー=スヴェンは、にやりと笑っていた。
「来たわね、ヴォイドサンクチュアリの戦闘官……!」
「えー、“特例戦闘官”のシュガーね。ボク、ちょっと格上なんだよ?ぷにぷにちゃん」
「ぷにぷに言うなぁぁ!!てかその名前、公式なの!? 自称じゃなくて!?」
リリカが叫びながら魔力弾を放つ。
シュガーはそれを重力反転フィールドでいなすように受け流す。
「でもほんと、よく肥えたよねぇ……“ぷにチャージ”でもしてたの?」
「違うし!? 好きで太ったわけじゃないし!!毎晩の出動、連戦、睡眠不足、ストレス地獄の中で、夜中にチョコとかシュークリームとか食べなきゃやってらんなかっただけ!!“笑顔で市民を守れ”とか言いながら、毎晩魔物と戦ってたんだよ!?で、気づけば……こうなってたっていうか……!」
怒鳴りながらリリカはビーム系魔法を連射。
対するシュガーは瞬間転移でひらりとかわしながら、ひょいと肩をすくめた。
「ふーん。ストレス食いで増量ねぇ……それでいてこの火力、やっぱ面白いなぁ。やっぱリリカちゃんの魔力、“波長”がズレてていい感じなんだよねぇ……」
「《ルミナスブラスター》!!」
炸裂する光線。その向こうでシュガーがくるりと宙返りしながら軽口を叩く。
「ひゅー、今のちょっと焦ったよ? リリカちゃん、やっぱ波長いいねー!」
リリカが歯ぎしりしたその時、指にはめた契約リングがピコンと光った。
《……あー、はいはい、こっちでーす。ボクボク、コモリでーす》
「なっ……なんで今!? 戦闘中なんだけど!?」
《いや、通報信号きたからさ、一応見てるだけ見てるんだけど……うん、現場こわ〜い。行かなくてよくない?》
「よくないに決まってんでしょ!? てかあんた、今どこでなにしてんのよ!」
《えーっとね、基地の冷蔵庫前。プリンとゼリーで迷ってて、戦況モニター見ながら“腹の神託”と相談中》
「バカかあああああ!!」
《だって今のボク、“高蓄積状態”だしー? 無理して動いたら反動で腹が揺れて吹っ飛ぶしー?》
リリカはビームをかわしながら叫んだ。
「あんた、絶対今“ぽよぽよモード”でサボってるだけだろおおおお!!」
《正解☆っていうかさ、リリカもさぁ、今こそ“ぽよ革命”のときだよ?》
「後で根性焼きな!? 魔力で!!」
そのやり取りの間にも、シュガーはポケットから小さな装置を取り出していた。
星型のアンテナが光り、小さく唸りを上げている。
「なにそれ……新手の武器?」
「え?あー、うん。まあ……研究中の“おもちゃ”かなー。“フェイズノイズ・キャンディ”って言ってさ」
「名前軽っ!!戦闘中にいじるもんじゃないでしょ、それ!!」
「えー、いいじゃん。ちょっとリリカちゃんのデータ取ってただけだし~。君の魔力、なんか面白い動きするからさぁ……こう、響くっていうか……」
ふと、戦いが中断される。
両者、息を整えるように距離を取る中、シュガーはひょいと肩をすくめて笑った。
「ま、今日はこれくらいにしとくか。そろそろ“後が怖い”しねー」
「……は?」
「組織の上がうるさいのよ、“あんま本気出すな”って。“ボクがあの子の波長、取りすぎるとズレる”んだってさー」
リリカには意味がわからなかった。
(あの子の波長……?ズレる……?)
「またね、伝説のぷに魔女ちゃん♪」
「うるさーーーい!!!」
リリカが最後の光弾を放つも、彼はふっと消えた。
その余波だけが、ビルの縁を崩し、風がざわめいた。
気がつくと、彼のいた場所にだけ、不穏な波動が、わずかに残っていた――
***
(あれが……私にとって、最後の出撃だった)
数日後。
魔法少女リリカ・ハートは、運営から呼び出され、戦力外通告を受けた。
理由は――太ったから。