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第1話 クビとポテチと転移先は草原でした

 その日、リリカ・ハートは、戦力外通告を受けた。

 理由は――太ったから。


 「えっ、ちょっと待って。それって……つまり、クビ?」


 中央次元管理局 芸能振興科ピュアハート部隊の面談室。

 白を基調とした近未来的な空間で、リリカは震える声で問い返す。


 担当官は、眉間に皺を寄せつつも、義務として手元の書類を差し出す。


 「……リリカさん。ほんとうに申し訳ないんですが、これが運営の決定でして……」


 その言葉に、リリカは嫌な予感しかなかった。

 向かいのモニターに映るのは、自分の変身後の姿――の、比較画像だった。


 「うわ……これ、何……? “少女力推移グラフ”? うっそ、グラフで出すの?」


 「ええ。ご覧の通り、去年と比較して腹部ライン+14%、太もも+21%、二の腕+16%……」


 「増加率!? てか私、これでも現役で戦ってんだけど!? どっちかっていうと魔力上がってるし!」


 「しかし、魔法少女には“イメージ”も大切でして……現在のビジュアルですと、ちょっと“豊穣寄り”といいますか……」


 「豊穣!? それもうカテゴリー違くない!?」


 机の上に、契約リングが静かに置かれる。

 そしてその隣で、もっちり白マスコット――コモリが、自分のお腹をプニッと押していた。


 「……やっぱアレかね。深夜のとろけるチーズまんがまずかったか」


 「余裕かましてる場合じゃないからねアンタも!」


 「うーん、ボクもこの服きつくなってきたけどね……一緒に深夜ポテチばっか食ってたし」


 リリカはうんざりした顔で、ふと右手を見下ろす。


 「……それにしても、これ」


 指にはめられた、かつての契約リングに似た“簡素な仮リング”が光を反射していた。


 「変身できないくせに、なんでこんなもん渡してきたわけ?」


 コモリはぷにっとお腹を揺らしながら答える。


 「“身辺整理観察期間”ってやつだよ。正式には“魔力残滓対応プロトコル”って呼ばれてるけどね」


 「つまり、“魔力が自然消失するまで様子見”ってこと? クビになった後の私が暴走しないか監視してるってこと?」


 「そ。だからボクも一緒。今は“補助マスコット扱い”っていう中途半端な立場なんだよね~」


 「なんか……情けなっ」


 「でもリリカがまた暴れたら、そのリングで記録と通報が自動送信されるから安心してね」


 「何そのGPS付き足輪みたいな扱い!!」


 「はぁ……。でもリリカがクビじゃ、チーズバーガーのダブルソース版もう食べられないのかなぁ……」


 情けない声で吐き出すコモリに、リリカは思わず額を押さえた。


 「黙ってて!一緒に食ってたあんたも共犯だからね!」


 そのやり取りを聞いていた担当官が、書類から目を上げて言葉を挟む。


 「魔力適性は申し分ないんですよ。ただ、魔法少女はあくまで“見た目のブランド”でもありますから」


 「見た目!? はぁ!? 命かけて戦ってきたのに!?」


 「現場でも“以前より動きが重くなった”という報告がありまして……あと、変身シーンでのスカートのフリルが限界寸前との……」


 「スカートの限界って何!? そんなとこ見てたの!?」


 リリカは半泣きで契約解除書類にサインをした。机の上の契約リングが、淡い光を放ちながら、ふっと消える。



 ──もう、魔法少女じゃない。



***



 その夜、リリカの部屋はスナック菓子とスイーツ、そして自己嫌悪で埋め尽くされていた。

 ソファの上で、リリカはトレーナーの裾を引っ張りながら、うめく。


 「はぁ……クビになって、太って、なんか……全部終わった気がする……」


 ソファに崩れ落ち、リリカは天井を見つめてつぶやく。

 コモリは横でぽよんと転がりながら、冷蔵庫にあるプリンを眺めていた。


 「でもさ……あの時食べたチーズドリア、マジで美味かったよな」


 「いや、それどころじゃないから!クビになるし、周りの目は冷たいし…」


 「なんつーかさ、せめて夢の中くらいは“ありのまま”でも怒られない世界がいいよね。ぷにぷにOK的な」


 「……それはちょっと分かるかも……現実、しんどい。このまま寝て、起きたら全部なかったことになってればいいのに……」


 リリカはそう呟いて、ポテチの袋を抱いたまま、眠りへ落ちていった。

 コモリのぽよぽよしたお腹が、リリカの腕にくっついて、ほんのりあたたかかった。


 やがて、二人が静かに眠りにつくと――

 部屋はやわらかな光に包まれた。


 一瞬だけ、まばゆい閃光がきらめき、そしてすべては音もなく、消えた。



***



 風が、頬を撫でた。


 「……ん?」


 リリカが目を覚ますと、そこは一面の草原。

 空は澄み渡り、鳥の声が遠くに聞こえた。


 身体を起こす。すると、何かがきつい。

 視線を下げて――目を疑った。


 「え……あっ、はあああああ!? この服ぅううう!?そんでもって、ここどこぉぉぉっ!!」


 見慣れた――いや、**“見慣れてた頃の”**魔法少女衣装。


 フリフリのミニスカ、ヘソ出しトップス、二の腕を締めつけるパフスリーブ。

 そのすべてが、今の体にまるで合っていない。


 太ってからギリギリだった衣装。その衣装が――今は、ギリギリアウトである


 「腹のリボン……呼吸のたびにめくれるんだけど!? てか、太ももが! スカートが張りついて離れないんだけどぉぉ!!」


 「ウソでしょ!? 何このサイズ!? 明らかに縮んでない!? 絶対ボタン飛ぶってば!!」


 そのとき、不意にリリカは右手の違和感に気付いた。


 「……ん?」


 手元を見ると――そこには、指にはめられたはずの仮リングとは微妙に違う、見覚えのないリングがあった。


 ピンクゴールドのような色合いに、小さく揺れる星型の飾り。以前の契約リングに似ているが、形も質感もどこか違う。


 「えっ……これ、仮リングじゃない……? 私の、じゃない……よね……?」


 ぽよん、と草むらから現れたコモリが、首をかしげながら見上げる。


 「へー、ほんとだ。……あー、たぶん“異界干渉型再適合リング”ってやつだね。まぁ、異界干渉ってことは、誰かが“また魔法少女やらせよう”って意図してるんだよねー。神様なのか、世界そのものなのか……はたまた“運命”ってやつ?」


 「コモリィィィ!? なんであんたもここに!? しかもマジで異世界なわけ!?……てかあんた丸み増してない!?」


 白く丸いその姿は、転移前より明らかにひとまわり大きくなっていた。

 水色のセーラー服が苦しげに張りつき、首元の星型ボタンがぷるぷる震えている。


 「うん……たぶん転移の直前に、深夜のカスタードタルト6個いったのがダメ押しだったね。あと見て、お腹のこの“弾力”……ボク史上、最高記録かもしれない……」


 コモリは自分の白く丸い腹をぷにっと両手で持ち上げ、ぽよんと跳ねさせてから、どこか誇らしげに言う。


 「まぁ、“魔力持ちが異世界に転移したとき、本人の魔力に合わせて媒体が再構築される”って聞いたことあるよ?」


 「どこのファンタジー便利理論だよおおおお!!」


 とにかく、リリカはまた“何か”と繋がってしまったらしい――それも、太ももにフィットしすぎるこの衣装つきで。



 リリカがスカートのフリルを必死に引き下ろして途方にくれていると、草むらの向こうから、ざっ、ざっと足音が聞こえた。


 「……ん?」


 振り返ると、一人の青年がこちらを警戒するように近づいてくる。

 長身で細身、シルバーアッシュの髪が風に揺れ、日差しに透けて見えるほど淡い。

 手には木製の槍、腰には薬草の束。どうやら見回り中らしい。


 「……誰だ。こんな場所に……見たことのない服……」


 青年は、リリカを一瞥したあと、眉をひそめる。

 その視線が、スカートのあたりで止まった。


 「っ……!?」


 彼の目が見開かれる。まるで雷に打たれたように、体が硬直した。


 「まさか……その装束……その太もも……。祖父が言っていた。古の巫女は、豊穣の証として“ふともも”に神性を宿していたと……」


 「えっ、ちょ、見んな見んなってばぁああああ!!」


 リリカが反射的に叫び、スカートを押さえる。

 その横で、コモリがぽよんと転がりながら呟いた。


 「おーい、そこのお兄さん、それ以上言うと法的に危ないよー?」


 しかしもう、青年は膝をついていた。

 深々と頭を垂れ、震える声で告げる。


 「そのお姿……古の記録にある“祝福の巫女”そのもの……!……まさか、本物の“豊穣の女神”様……!!」


 「いやいやいやいやいや!? 初対面で何言ってんの!? ってか太ももで判断しないでーー!!」


 リリカが必死でスカートを引っ張り、身をよじる。

 が、相手――この妙に儚げな青年。細身で高身長、シルバーアッシュの髪が風に揺れる姿。


 (ちょっ……うそ、なにこの顔……めちゃ好みなんだけど!?)


 ドキッ、と鼓動が跳ねる。


 視線が合う。青年の目が真っ直ぐ自分を――いや、たぶん太ももを見てるけど――見つめている。


 リリカは、言葉を失ってその場に固まった。

 ただ風だけが、草を揺らしている――


 (やだっ、好みのイケメンにこんな格好見られたくないぃぃぃっ!!)


 その瞬間、魔力がぶわっと脈打った。


 「……っ!? ちょ、ちょっと待って! なんか光ってる!? えっ、今も変身してるのに!? なんでぇええ!!?」


 バチンッ!


 パフスリーブの片方が弾け飛び、フリルがひとつ宙に舞う――

 と思った次の瞬間、太ももに巻きついていたサイドリボンが“ブチッ”と音を立てて弾けた。


 「いやぁぁぁっ!? 太もも! 太ももが完全に! リボンがぁああ!!」


 装飾が外れたことで、スカートの裾が“ちょっとだけ”上がり、露出面積が2割増しに。

 しかも変身後の服はピチピチ仕様のため、もはや布と肌の境界が見分けづらい。


 「うわあああああ!? 暴走してる! 魔力暴走してるぅぅ!! 誰か止めてーー!!」


 そこへ、ぽよんっと跳ねる白い球体――コモリが浮上する。


 「はいはい、実況入りまーす。これは完全に感情トリガー型の魔力暴走ですねー。詠唱してないのに魔力が脈動して、衣装が耐えられずに……バンッ!」


 「そんな冷静に説明しないでえええ!!」


 コモリはリリカの肩にちょこんと乗り、口調だけは真面目。


 「これね、たぶん太ってから魔力の流れが変わっちゃったんだよ。 昔は多少ドキドキしても、魔力の通り道が安定してたから大丈夫だった。でも今は――脂肪のせいでルートが増えて、感情がダイレクトに反応してんの」


 「やめて!! それもっと恥ずかしいやつだからあああ!!」


 「え、ボクこれ褒めてるつもりだったんだけど? “太ももに魔力回路増設”とか超ハイスペックじゃん?」


 「どんなスペックよおおおお!! てか太ももで暴発ってなにそれ意味わかんない!!」


 そしてその光景を見た青年――

 信仰の極みに達したかのような顔であるが、鼻から鮮やかな鮮血が、すぅっと垂れた。


 「……女神様の太ももが、さらなる光を……」


 「リリカの太ももガッツリ見てたね。今の完全に“神性”って言えばOKだと思ってた顔だったよね?」


 彼は言葉もなく、鼻を押さえて膝をついた

 長身のイケメンが無言で鼻血を垂らしながら土下座しているという、どう考えてもシュールな光景。


 リリカは目をそらすこともできず、スカートの裾をぎゅっと握りしめて叫んだ。


 「なにこの状況!? 私が恥ずかしいってだけじゃ済まないからねコレぇええ!!」


 「……これは……信仰が……限界を超えた時の……副作用……ッ!」


 「いや、どの宗教にそんな現象あるのよぉぉぉぉ!!」


 コモリがぽよんっと跳ねながら、リリカと青年を交互に見て首をかしげる。


 「うん、それアウト寄りだね。完全に太もも見て鼻血出したよね。でさ……ほんとに“よこしまな心”ないの?ないって言い切れる?ねぇ?」


 リリカが顔真っ赤で叫ぶ。


 「ちょっとやめてええええええ! 問い詰めないでええぇぇ!!」


 コモリは寝転がってため息ひとつ。


 「信仰って言えば何でも許されるわけじゃないからね?信仰(便利)っていう名のよこしま成分、ゼロとは言わせないよ~?イケメンだからって許されると思ったら大間違いだかんね。 鼻血出してんの、事案だよ事案。ボクが警備魔法使えたら今ごろ拘束されてるよ?」


 「どこの魔法少女司法なのそれぇぇぇぇ!!?」






※つづく

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