目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話

***


 僕は富士山を見ている。

 急にむなしさがこみ上げてきた。空は薄い灰色のかった水色。

 もうすぐ日没だけど、この位置からは夕陽は見えない。冬はずっとそうだ。いちばんきれいな日没を僕は見ることができない。上階だから強い風が吹く。

 世界に音色はなくなった。

 背骨から寒さに震えた。


 悲鳴を上げた彼女の顔。ひきつった醜い顔。山県有紀の顔。

 ドアを開け放って、焦った僕はすぐにポケットの中のものを目の前に突き出した。すぐに失敗したのだと悟った。そこにいるのが彼女であることは、左右に視界がぶれながらも、すぐに分かった。

 今日は水曜日。全校の部活動が休みの日だった。

 熱心な部長たる山県有紀は、僕などのためにも家を訪ねてくるくらいの高い意識を持っていた。

 彼女は僕を憎むだろう。彼女に怖い思いをさせたためではなく、あれほどの醜い表情を僕に見せるはめになったことで。

 明日登校したら、僕に関する噂話が耳に入るかもしれないし、教師の呼び出しがあるかもしれない。

 いやもしかしたら、もう帰宅した春奈さんが警察の訪問を受けているかもしれない。

 世界に音色はなくなり、ただ惰性の連続のような日々が来ることを僕は悲しんだ。

 それでも、こう思う。

 と。


(了)

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?