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第2話



 あぁ、気分が上がらねぇ。

 もう40年近くになるか? あのワンコロども……くっそ。



 流石にそれだけ落ち込んでると、人間どもにも悪いことしたなぁとは思う。

 この40年ずっと邪気を放ち続けて、そのせいでこの山の森林とか枯れちまった。

 あと地元の村の田畑もものすごい影響受けて、ずっと不作続きだったもんな。


 まぁ、あの時に放った邪気のせいで野犬の群れの半分ぐらいに『報い』を与えることができたし、その死骸を見た村のやつらがあたらめて俺のことを崇めてくれたり、ここが呪われた地だとかいう噂が広まって野武士たちも見放してくれた。


 問題はそう……俺に対する村人たちの崇め方な。


 確かに凹んでたけど、別に怒ってたわけじゃない。

 いや、野犬に対しては相応の怒りを感じていた。だけど村人どもには何の罪もないじゃん。

 それぐらいは俺だってちゃんと理解しているよ。


 なのに俺を祟り神? 扱いしやがって、ことあるごとに貢物を持ってくるようになった。

 それがさ。なんかこう、食べ物とか素敵な宝飾とかならいいんだけどさ。


 生身の人間って……


 しかも生まれて間もない赤ん坊を10日間も俺の祠の前に置き去りにして――んでもって無事に赤ん坊が生き残ることができたら、今年は豊作だとか。


 待て待て待て待て、と。


 色々とおかしいだろ!

 そもそも理論がおかしい!

 百歩譲って、俺に何かを捧げたいという気持ちはわかる。

 じゃあ食べ物とかでいいじゃん! それだったら俺も食べ物の生気を吸っていい気分になれるし、供え物の残りはまた村人が持って帰ればいいじゃん!


 どうして赤ん坊!?


 しかもそこに『10日間の放置』という慣習まで付けやがった!

 空腹に苦しむ赤ん坊が目の前で息絶えるまで泣き続けられるこっちの身にもなれよ!


 しかもさ、そもそも弱っちい赤ん坊ごときがそんなに長く放置されて生きていられるわけねぇじゃん。

 そしてそもそもの話だ。

 俺は神だ。

 縄張りに住む人間どもの感情や記憶、知識、その他もろもろ……色々と感じ取ることができるし、なんだったら時空を超える存在でもあるので、未来視だってできる。

 まだ成長途中だから遠い未来はうっすーら、ぼんやーりとしか視えないけれど、それぐらいは確かにできるし、その未来の知識で今も語ってたりする。


 んで、まぁ未来の話はどうでもいいとして、村人どもの感情を読み取れるというか、感じてしまうというか。

 そういうのが問題だ。

 赤ん坊を生贄にする親の感情。 そんなん伝わってきたら、俺の気持ちもダダ下がりなのは当り前じゃん。

 つーか、そのせいでこの40年近く苦しんだようなもんだ。時間を経ることで順調に回復するはずの俺の気持ちも、年に1回キッチリと奈落の底に堕とされたからな。


 あまりの惨状を見かねた近所の祠仲間が――その神様、山を3つぐらい超えたところにある川担当の祠さんなんだけど、ちょいちょい様子見に来てくれたりして……。

 でも俺、いっつもぐでーっとしてるし、邪気半端ないし。

 ここに来るのはたまにだけど、その神様、本当にもう、よくぞ俺のこと見放さずに足しげく通ってくれたわ。そのせいで担当の神が不在になちゃうあっちの川がちょいちょい氾濫してたけど、うーん。それは不可抗力ということで。


 さて、それじゃ本題だ。

 やっとこさ気持ちが上がってきたんだけど、今年もまたその生贄の儀式の季節が来た。

 今年はどんな赤ん坊なんだろうな。

 是非とも健康で、10日間ぐらい放置されても何とか生き残って……ぐっ、自分で言ってて、希望が薄い……。


「ずんちゃーら♪ ずんちゃーら♪ やまぁーのぉー、かみにーぃ……お静まれくださーれぃ♪」


 この儀式の最初は、よくわからん祭囃子を叫びながら、村の男衆が樽に入った赤ん坊を担いで、山を登ってくる。

 まずさ、その祭囃子がだせぇ。

 未来視によると、あと1100年ぐらい経った頃からいい感じの音楽が西の彼方から伝わってくるっぽい。

 この祭囃子もむしろそういうのを先取りしてポップな感じの――いや、そこはいいか。


 そして俺の祠の周りを8周ぐらい練り歩いて、最後によくわからん祝詞みたいなのを村長っぽい男がけたたましく叫んで去っていく。

 うむ、もちろん赤ん坊の入った樽は祠の前に置き去りだ。


 ふーぅ、今年もやっぱり逃れられないか。

 儀式? 祭り?

 それをやっている最中のこの男どもの血走った目と、それにふさわしい形相はまさに狂気。

 もちろんこいつらの感情も俺の心にビシビシ伝わってくる。


 それがやはり俺にとってもよくないものだし、無意識のうちに俺も不穏な気配とか放ち始めてしまう。


 若干の風が吹き荒れ、少しの雷雨も発生。

 村人たちはその気配を感じたのか、下山途中にも足を速め、そそくさと村の方へ消えていった。


 んで残されたのは俺、祠、そして赤ん坊!

 あっ、俺と祠は一緒か!


 じゃなくて!


 今年の子はどんな子だ? と樽を覗いてみたら、早速赤ん坊が泣き始めた。

 うーむ、今年もやはりこれが始まるのか。

 と思ったら、丑三つ時にその母親と思われる人影が現れた。


「うぅ……ごめんなさいね……でも私はやっぱりこの子を離せない……。

 村のみんなも、ごめんなさい……」


 おっ、この生贄習慣が始まって以来の反逆者だ! 村のしきたりに背く反逆者!

 これは珍しい!


 だけどその愛情も重要だ。

 連れてけ連れてけ。そんな生贄なんていらねえから、その子連れて、さっさとどっかへ消えろ。

 そっちの方が俺の気持ちも楽になる。災いなんて起こさねぇから、ちゃんとその赤ん坊連れてけよ。

 多分あんたはもう村には帰れないだろうけど、どこかの地でその子をしっかり育ててやれ。


「神様……本当にごめんなさい……」


 あ、はい。どういたしまして。


 そんでもって、その母親は赤ん坊を大切そうに抱え、裏山の方へと走っていった。

 こういうこともあるんだな。


 でもさ。


 結局、しきたりや因習なんて人間どもの創ったただの思い込み。

 だけどそれも人の感情の集合体が生み出した結果ともいえる。

 決して侮ってはいけない。

 感情がなければ人間どもは人間どもじゃなくなるような気もするしな。


 恐れ過ぎず、だけど軽んじることなく。

 そうやってしきたりや因習――いや、この場合は伝統と言ってもいいか。

 何事も適度に信じ、それを糧に人間どものそれぞれの人生を進める。

 その結果、人生の集合体としての人間社会が上手く回っていけばいいと思う。


 つまるところ、感情は重要だ!


 ――って、俺は何を言い出した?



 あっ、気が付いたら、3ヶ月ほど経ってたわ。

 今度は? 何々? おっ、西の方から――ってことはつまり都から?

 征夷大将軍とやらが、大軍を率いて東へ遠征とのこと?

 その途中、この村を通過するとな?

 おぉ、面白そうじゃねぇか!




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