目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第4話



 室町時代になった!

 いや、むしろ戦乱が始まって、国全体そこら中で争いごとが絶えないから戦国時代と言ったところか?

 まぁそこらへんの境目は後の時代の連中が勝手に決めるだろうからいいとして、今を生きている人間どもにとってはかつてない戦乱の時代と言えるだろう。


 だけどふもとの村はしっかり繁栄し、人口も数百人になっている。

 うんうん、とてもいいことだ。


 まぁ、そのきっかけは650年ぐらい前に起きたあの事件。

 偶然に偶然が重なり、俺が奇跡的に陰陽師の連れてきた龍神を退けたあの戦いの後、この地域は強力な神に守られているという噂が広まった。

 その結果この地に人が集まり、しかもここら辺にある神関係の施設は俺のいる祠だけなので、めっちゃ祀られるようになった。


 もともとこの地は龍脈やら霊道やらもしっかり通っていたし、それを調べたであろう陰陽師が大軍の経路に選ぶぐらいだから、人間どもの村が発展する基盤もしっかりとあったんだ。


 まぁ、そのせいで俺もあの時は死にそうな……いや、嫌な思い出話はやめておこう。


 んで、話を戻して……!


 しかもだ! この数百年の間に、この地方にも名前が付いたんだ!

 上野国(こうずけのくに)という、立派な名前がな!

 この名前が付いた地域は俺の縄張りより広いけど、それでも土地神たる俺がその名に嬉しくないわけがない。


 さらにはふもとの村も妙義村という名前になってる!

 上野国の妙義村。その山にある祠。

 ふっふっふ。そうなると俺は“妙義山の祠”と言ったところか。

 名も持たない土地の神なんかより、めっちゃかっこいい!


 とはいえ、広い目で見ればやはり世は戦乱真っ只中。

 今日も村人数人が戦に駆り出されている。

 大名? って言ったっけ? 関東管領とやらの職位を持っている一族が名目上は支配しつつ、でも戦国大名とやらが好き放題してて……って、めっちゃ複雑過ぎて、わけわかんねぇことになってるけど!

 何はともあれ戦場に向かう若い男衆を村の者が涙ながらに見送り、男たちも勇ましく村を出て行った。

 しかしながら戦が終わっても全員が無事に帰ってくることなどない。

 そんな悲劇が幾度となく繰り返され、それでもまぁ下々の人間どもはそれなりにしっかり生活している。

 そんな時代だ。


 でも村人が増えるとその分俺に対する信仰心の総量も増えて、俺もなかなか格の高い神になることができたという事実も否定できん。

 まぁ、いまだに俺が使える能力って、未来視だけなんだけどさ。

 でもその未来視も結構精度が上がって、あと300年後ぐらいに起きる社会の大変革もだいぶ見えるようになってきたぞ。

 ふふっ、文明開化というらしい。楽しみでしょうがねぇ。


 とはいえそれはまだまだ遠い未来の話。

 今日は今日とて、久しぶりに権三郎さんが俺の祠を訪れて、2人でまったり日向ぼっこなどしてる。


『どうですか? 都の方は?』

『ダメじゃな。飢饉に疫病……餓死者や病死した者どもの屍が道に放置されたまま。そんな地獄のような有様じゃ。むしろこっちの方が皆幸せそうに暮らしておるぐらいじゃ』

『はぁ……やはり人の世はいつの時代も争いばかり……そんなことしてる場合ではないでしょうに』

『まさにその通りじゃ。でも貴族どもはそんな惨劇に無関心。金集めに奔走しておる。あやつら、いずれ武士どもに身分を奪われるぞ』

『あっ、それ結構先の話です。俺に未来視によると……ですけどね……』

『そうかのう。それじゃ暫くはこの歪んだ世が続くというわけか……?』

『はぁ……』


 なんかいかにもこの国を憂う帝のような会話だけど、権三郎さんはあくまで猫。俺の祠の天井部分でゴロゴロ言いながら仰向けで寝ているだけだ。

 そして俺も祠の中で天井から伝わる権三郎さんの背中の感触を堪能しつつ、先日貰ったお供え物の残りをちょいちょい吸っているだけ。

 俺みたいな地方に存在する神ごときがこの国をどうかしようなんて思ってもそんなん無理だし、猫又の権三郎さんも同じだ。

 あくまでただの世間話な。


 だけどそんなローカルゴッドの俺にとっても、看過できない問題もある。


『ところでおぬし、最近は縁結びの神としてもいい感じの噂が広まっておるようじゃな?』

『えぇ、どこからそんな話が出たのか? 普通そういうのって神社か寺の役目でしょう? なのに祠の俺にそんな噂がたってしまって、結構迷惑なんですよねぇ』

『迷惑? なぜじゃ?』

『噂を聞いた東の神社の神から脅しのような文句を言われたり、北東の神社からはシャバ代まで要求されてます』

『あぁ、心中察するぞ』

『しかも、縁結びの為の条件がおかしいんです』

『条件?』

『えぇ、人間どもが決めた条件。あの祠にあの時間訪れて、あれをすれば結ばれる、とか? そういう条件が……』

『ほうほう、人間どもにはどんな条件が課せられておるのじゃ?』

『結ばれる条件その1、意中の異性とこの社に訪れる。

 条件その2、それは夜明けまで一刻前。つまりは人の世が寝静まっている時間帯です』

『ふっ、その時間帯に男女そろってここまでくる時点で、それはもはや結ばれる寸前なんじゃ?』

『えぇ。そんな夜中にこそこそと村を抜け出し、一緒にここまで登ってくる。真っ暗闇の中。その時点でただならぬ関係でしょう。

 ただしそれだけではありません。条件その3……』


『ほう。さらに条件が?』


『えぇ。2人でこの祠をお参りし、そしてことに及ぶ……』


『こと? それはつまり……?』


『はい、そこら辺の適当な茂みで、その村人の男女が……交尾を始めるんです……』


『ぎゃーっはっはっは! それもう、縁結びとか関係ないじゃろ! もう結ばれておる!』

『そうなんです! もうそこまで関係が発展してんなら、わざわざここ来る必要なくね? と!

 しかもそれを見せられるこちらの身にもなれよ! と!』

『くーくっく。そ、それは……難儀な……心中察するぞ? でも……ひぃーひっひひ! 面白い……』


『おかしいでしょう? そもそも俺は昔、生まれたての赤ん坊を捧げられていました! そしてその命を贄として神としての荒ぶりを抑える存在だと!

 なのになぜ次は赤ん坊を作る側の存在に!? しかも赤ん坊の命とか魂とか、そんなのを女の体に宿す力とか持ってない! 知らんちゅうに! 未来視しかできないってのに!』


『きゃーはっはっは! ま、待ってくれ……げほっ、げほっ……わら、笑い過ぎて……こ、呼吸が……』


 あ、権三郎さんがむせた。

 なら少し待とう。


『はぁはぁ……げほっ……かはっ……』

『大丈夫ですか?』

『うむ、はぁはぁ……お、落ち着いたぞ。いや、むしろおぬしが大丈夫か?』

『えぇ、まぁそういうのは適当に見て見ぬふりしてますけど……ついでに相談いいですか?』

『おっ、なんじゃ?』

『その縁結びの儀式がですね。始まったのが、えーとぉ……80年ぐらい前かなぁ? その頃はまだよかったんです。気の流れ的に……』

『ふむ』

『だけど……その……20年ぐらい前から、そこにさらなる要素が入ってきまして……』

『要素? というと?』

『えぇ、真っ暗な山道を2人で登る。この行いには少なからず恐怖の感情が生まれて……最近は肝試し的な要素も含まれてきたんです』


 この話には権三郎さんの表情も真剣なものへと変わる。


『ほーう、それは厄介じゃな』

『えぇ、人間の放つ負の気配。それがこの山に充満し始めると、やはり俺も邪悪な存在に……』

『うむ、気をつけよ。といっても、どう気をつけるべきか……?』

『はい、そこが問題なんですよね。肝試しは流石にこっちも困るのですが、人間どもに伝える術もないですし。

 少し邪気を放って追い返したりしても、そういう輩は次から次へと……ふもとの村で禁忌の御触れとか出してもらえればいいのですが……』


 2人揃って空を見上げ……あっ、俺の視界は権三郎さんの背中だけど。それもまたなかなかにいいんだけどさ。


『村にわしらと会話をできるものはおらんのか? 巫女とか宮司とか? 流派は違うが、最悪寺の和尚でも?』

『それが全く……人間どもの心に語りかけることのできる神も、ここらへんの知り合いにはいませんので……』

『うーん、いよいよ問題じゃな』

『はぁ……』


 でもだ。ここで猫又である権三郎さんの存在に気付いたわ。

 というかこの方、最近はこの国をいろいろと旅しているらしい。


『都とか、他の大きな町とかにいませんかねぇ。もしいたら、ちょこっと話しておいてもらえます? お礼は俺のご加護ということで』

『うむ、探しておこう』


 そして会話は終わりだ。

 権三郎さん、これをきっかけにすくっと起き上がり、ゆっくりと背伸びをする。


『とりあえずは……邪魔したな。また数年後にくるだろうから、それまで達者でな』

『あっ、はい。権三郎さんも道中お気をつけて』


 相手はあくまで気ままな猫。突然現れ、突然いなくなるのが猫というものだ。


 なので俺はさほど驚くこともなく、権三郎さんを見送る。

 今日も村は平和。

 さてさて、こういう時は未来視でもして暇をつぶすのが一番。


 と思ったら遠くの方から早馬の足音が聞こえ、それがふもとの村へと入っていった。

 馬上に乗るのは鎧姿の武者。

 おそらくは城からの伝令だろう。


「村長はどこじゃー? 村長を呼べ-!」


 その武者が大きく叫び、よぼよぼの爺さんが村の広場に姿を現す。


「これはこれは……一体どのようなご用件で?」

「うむ! 相模国の北条に不穏な動きありて、こちらも戦備えをすることになった!

 さらに20余名の兵を出すように!」

「えぇ? そ、そんな! ついさっきもの村から15名の若者を送り出したばかりですじゃ」

「そんなことは知らん! これは上杉家の存亡に関わる一大事! ゆえに明日中に新たな兵を城にこさせよ!」


 あぁ、なんか知らんがまた大きな戦か? 相変わらず忙しいことで。

 でも時代が時代だし、この村が戦場にならないだけましと思わないとな。


 でも、それは俺にとっても最悪の事態をもたらす予兆だった。

 なんかさ、俺って未来視できるのに、今日、明日あたり……いや、正確には今晩のあたりから今後数年の未来が見えないんだ。

 未来が見えないというか、その視界に黒いもやがかかっているというか。

 記憶がとんでる? という言い方もなんか違うような。


 まぁ、こんなことは初めてだったから原因なんてわからないし、『あぁ、そういうこともあるんだなぁ』程度に思ってたんだけどさ。

 この城からの使者が全ての始まりだったんだ。


 まずはその使者が城へ戻った後の村の騒ぎ。

 もちろん村の若者をさらに20名戦場に向かわせるなんて、村にとっては一大事だ。

 村長の家であれやこれやと話し合いをしてたっぽいけど、戦に出す若者が大方決まったのが日付が変わったぐらい。

 んで選ばれた若者の住む家々では泣いたり励ましたり、そんでもって出兵の準備をしたりと大忙しだったんだが、とある若者が1人出兵の準備を終えるや否や家を飛び出した。


 うん、俺は村全体の雰囲気を見ていたからこの時点ではそれを重く受け取ってはいない。

 だから『あぁ、村人がんばれぇ』程度で村を見下ろしてたんだけどさ。

 その若者は全力で近所の家に向かい、その建物の玄関前で1人の娘の名前を叫んだ。

 呼ばれたのは村一番の美貌を誇る美しい娘だ。


 あぁ、出兵前に想いを告げる気かな? なかなかやるやんけ!

 と、これぐらいの騒ぎになると流石の俺も自然とそっちに意識が向いていた。


 だけどさ。この男、何を思ったかそのまま玄関の扉をぶち壊し、家の中へと入っていきやがったんだ。

 しかもその娘は片親。父はたしか数年前に他界し、母と2人で暮らしている、はず。


 いきなり家に男が押しかけてきて……って、おい!

 いやいやいやいや。待てよ! こんなん完全に犯罪やんけ!


 と俺が驚いていると、その家の中でひと悶着あった後、男がその娘を肩に担いで運びだし……いやっ! それも犯罪! 拉致!


 なになに!? おい、その娘をどうする気だ?


「離してください! 五郎さん!」

「さやちゃん、頼む! 騒がないで! 明日俺は戦に行かないといけなくなったんだ! だから頼むからその前に俺と結ばれてくれ!」

「嫌ですぅ! だれかぁ! 誰か五郎さんを止めてぇー!」


 あっ、会話が聞こえてきた。

 でもこれさ。もう事件発生だよな。

 しかも娘の叫び声を聞いて周囲の家から何事かと村人がわらわら出てきたんだけど、その男足めっちゃ速くて、誰も追いつけねぇ。

 んでなぜか一直線に俺の祠のある山に向かって来てやがる。


 うん、ここまでくれば俺も嫌な予感しかねぇ。


 ふもとの村では突如発生した拉致事件にてんやわんや。そこら中から松明が煌々と照らされ、捜索隊っぽい集団も組織された。

 でもその頃にはその男が俺の祠のところまでたどり着いていたんだ。


「ここで! ここで子作りに励めば、俺とさやちゃんは永遠に結ばれるんだ!」

「きゃー! いーやー!」


 あぁ、嫌な現場に遭遇しちゃったよ。

 でもか弱い娘の腕力で男に抵抗などできるはずもない。

 俺も物理的にこの男を攻撃できる手段などない。


 これは万事休す……? なのか?

 いや、せめて邪気ぐらいは放ってやろう。


『……』


 んで俺は娘に対するせめてもの手助けとばかりに周囲を邪気で満たす。

 人間にとっては突如包む不穏な気配。体を突き刺すような悪寒。

 この現象によって、娘に覆いかぶさっていた男の動きが一瞬止まる。


「こ、これは?」


 そして次の瞬間だ。

 何かに怯えるように動きを止めたその男の手を振りほどき、娘が近くにあった石で男の側頭部を殴った。


「ぐっ」


 ただでさえ暗くてお互いの動きも把握しきれない空間。もちろん男はその攻撃を察知することができず、痛みで横に倒れる。

 それを好機とばかりに娘は起き上がり、村へ向かって走り出した。


「ぐぅ……ぐあぁぁ……」


 残ったのは暗闇にもがく男。

 もうさ、こいつってこの後村人に捕まって、拷問の末に殺されたりするんじゃね?


 でもそれに同情の余地はないよなぁ。

 まぁ、いきなり戦に行けと言われても、それを嫌がる者だっているし。

 逆に名をあげる機会でもあるから、喜んで行くやつもいるけど。

 んでその戦で勝つことができたら、むしろ敗者側の人間たちはひどい目に……。


 というのもこの時代の常識だけど、さすがにその戦の前にこんな事件起こしてたら、村人たちの仕打ちもすごいことになるよなぁ。


 などと思いつつ、同時に(はよ捜索隊のやつらここ来ねぇかな。そこにいられるとすげぇ邪魔なんだけど)とも思いながら祠で待っていたんだけどさ。


 俺にとってもっと大きな事件がここから始まったんだ。


「はーぁ……はーぁ……いひひ……さやちゃん……どーこぉ? ひひひっ……はー、はー……」


 頭を殴られたせいか、またはそのさやちゃんとやらに振られたせいか。

 男がおかしな呼吸とおかしな発言をしつつ、ゆっくりと立ち上がったんだ。

 しかも左右にゆらゆら揺れながら。


『こわっ!』


 いや、俺も声に出してしまったよ。声っていっても人間どもには伝わらない声だけども。

 じゃなくて! なに、この子! めっちゃ怖い!


 しかもこの子、ゆらゆらしながら周りを一回り見渡して……んでもって意中の娘がいなくなっていることに気づくや否や、なぜか俺のことをじぃーって見つめてやがる!


『おいっ! なになに! ちょ、こっち見んな! 怖いって!』


 だけど俺の言葉はこいつには伝わらない。

 唯一、男が血走った目でゆっくり言いやがった。



「ほ、祠にも……穴は、あるんだよな……? ゴクリ……」



『え? え? 穴? 何!? 何をッ!?』



「まぁ、この際仕方ない……さーやちゃん!」



『アッーーーーーー!』



 その日、俺は穢された。

 穢されたというか、精神が壊れたというか。

 なんだったら、激しい動きにより俺の祠もちょっと壊された。



 そして俺は邪神になることを決めた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?