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第2話 廃部通告と甘い闖入者

 廃部。


 その言葉が、まるで冷たい氷のように耳朶じだを打った。


 え? 今、なんて……?


「は、廃部って……そ、そんな、急に言われても……」


 ようやく絞り出したのは、そんな情けない声だった。隣にいる紬も、目を丸くして固まっている。

 しかし、氷川ひかわさんは表情一つ変えず、僕たちの動揺など意にも介さない様子で続けた。


「急ではありません。昨年度末の時点で、活動実態のない部活動については、新年度に見直しを行うと通告されていたはずです。この『よろず相談部』は、部員数、活動実績ともに、部として承認される基準を大幅に下回っています」


 淡々とした口調。淀みなく紡がれる言葉は、正論そのものだ。ぐうの音も出ない。

 確かに、去年の先輩から部長を引き継ぐ時、そんな話を聞いたような気もする。でも、それはあくまで形式的なものだと思っていたし、まさか本当に廃部にされるなんて……。


「そ、そんなの、ひどいよ! 悠人は一人でちゃんと活動してたもん!」


 僕より先に、沈黙を破ったのは紬だった。彼女は氷川さんに向かって、一歩前に出る。


「それに、まだ新学期始まったばっかりじゃない! これから部員だって集まるかもしれないし、依頼だって来るかもしれないでしょ!」

「可能性の話をされても困ります。現状、規定を満たしていない以上、廃部は妥当な判断です」


 氷川さんは、紬の勢いにも怯むことなく、冷静に言い返す。その青い瞳は、まるで感情というものが存在しないかのように、どこまでも冷徹に見えた。


「で、でも、何か方法はないんですか? この部を続けるための……」


 気づけば、僕も必死に言葉を探していた。お人好しと言われようと、偽善だと思われようと、この場所をなくしたくない。頼ってくれる人が、たとえ僅かでもいるかもしれない場所を。僕が唯一、誰かの役に立てるかもしれない場所を。


「……そうですね」


 氷川さんは、少しだけ考える素振りを見せた。ほんの僅かな間だったけど、その表情が少しだけ揺らいだように見えたのは、気のせいだろうか。


「本来なら決定事項ですが……。敢えて言うなら、猶予期間を設けましょう。第一回定期考査終了時までに、正式な部員を最低5名集め、かつ、生徒会が活動実績として認められるだけの依頼を複数件、解決すること。それができれば、廃部については再考します」

「ほ、本当ですか!?」

「ただし」


 思わず身を乗り出すと、氷川さんは鋭い視線で釘を刺す。


「期限までに条件をクリアできなければ、今度こそ問答無用で廃部です。部室も即刻明け渡していただきます。……よろしいですね?」


 最低5人の部員と、活動実績……。現状、部員は僕一人。しかも、まともな依頼なんて、ここ最近まったく来ていない。かなり厳しい条件だ。


 それでも、可能性がゼロじゃないなら……!


「わ、分かりました! やってみます!」


 力強く頷くと、紬も隣で「悠人がやるなら、私も手伝うから!」と拳を握りしめている。単純だけど、心強い。


「そうですか。では、健闘を祈ります」


 氷川さんは、それだけ言うと、僕たちに背を向けた。まるで、もう用は済んだとばかりに。クールビューティー、というより、氷の女王様みたいだ……なんて思っていると。


「あーっ! 悠人くーん! こんなところにいたんだー!」


 甲高い、甘ったるい声が廊下から響いてきた。

 その声の主が誰なのか、僕にはすぐに分かった。分かってしまった。

 勢いよく開かれたドアから、ひょこっと顔を出したのは、ふわふわした茶髪のセミロングが可愛らしい、小柄なクラスメイト。


甘粕あまかすさん……」

「もう、悠人くん! 甘粕さんじゃなくて、陽菜ひなって呼んでって言ってるでしょー?」


 甘粕あまかす 陽菜ひなさん。くりっとした大きな瞳で僕を捉えると、彼女は満面の笑顔で部室に入ってきた。その手には、可愛らしいラッピングがされた、小さな包みが握られている。


「はい、これ! 今日も悠人くんのために、クッキー焼いてきたんだ! ちょっと自信作なんだよ?」


 そう言って、僕の目の前に包みを差し出す陽菜さん。彼女はいつもこうだ。僕に対して、異常なくらい献身的で、何かと世話を焼こうとしてくれる。正直、その距離の近さには戸惑うことも多いんだけど……。


「あ、ありがとう、甘粕さん。いつも悪いね」

「ううん! 悠人くんが喜んでくれるなら、全然!」


 にこーっと効果音がつきそうな笑顔。クラスの人気者で、誰にでも優しい彼女が、どうして僕なんかにここまでしてくれるのか、正直よく分からない。

 陽菜さんは、僕の隣にいる紬と、ドアの近くで立ち止まっている氷川さんに気づくと、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、笑顔の裏に違う感情を覗かせたような気がした。……いや、これも僕の考えすぎか。


「あれ? 紬ちゃんも、氷川さんもいたんだ? みんなで何のお話してたの?」


 首をこてんと傾げる仕草が、小動物みたいで庇護欲をそそる。

 僕と紬は顔を見合わせ、先ほどの氷川さんとのやり取りをどう説明したものか、少しだけ言葉に詰まる。


 なんだか、これからとんでもなく面倒なことに巻き込まれていくような、そんな予感が、春の午後の埃っぽい空気の中に漂い始めていた。

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