翌日の放課後。
僕たち三人は、さっそく部員勧誘活動を開始していた。場所は、新校舎と旧校舎を結ぶ渡り廊下。ここなら人通りも多いし、旧校舎へ向かう生徒もいるかもしれない、という紬の発案だ。
「さあ、悠人! 配るよ!」
「う、うん……」
紬が勢いよく差し出してきたのは、昨日の放課後、急いで作った手書きのビラだ。
『新入部員大募集! よろず相談部! あなたの悩み、解決します! 部長:来栖悠人』
と、なんとも手作り感満載の文字が躍っている。……僕の名前がデカデカと書かれているのが、ちょっと恥ずかしい。
「ふふん、悠人くんの名前、大きく書いちゃった! これで悠人くん目当ての可愛い子がいっぱい来ちゃうかも!」
隣でにこにこしながらビラを眺めているのは、もちろん甘粕さんだ。
彼女は「可愛いイラストも描いたよ!」と、ビラの隅っこに描かれた、キラキラした瞳の謎の生き物(?)を指差している。……うん、まあ、可愛い、のかな?
「よーし、じゃあ声かけるよ! そこの君たちー! 部活、決まったー? よろず相談部って知ってるー?」
紬はさすがというか、物怖じせずに近くを通りかかった女子生徒のグループに声をかけていく。持ち前の明るさとコミュ力で、最初は怪訝な顔をしていた子たちも、すぐに笑顔で応じている。すごいな……。
「あの、悠人くん、あっちの子たち、ちょっと可愛いかも……?」
「え? ああ、うん……」
甘粕さんは、僕の隣にぴったりとくっついたまま、紬が話しかけているのとは別のグループを指差す。たしかに、華やかな雰囲気の子たちだ。
「でも、悠人くんの隣は私だけの特等席だから、あんまり可愛い子が増えすぎても困っちゃうな……なんて」
上目遣いで、悪戯っぽく笑う甘粕さん。……本気なのか冗談なのか、僕には判別できない。ただ、彼女の笑顔には、時々、ぞくりとするような何かを感じることがある。
「あの……すみません、このビラ……」
意を決して近くを通りかかった男子生徒に声をかけてみる。けれど。
「よろず相談部? なにそれ、聞いたことねー」
「旧校舎の? うわ、なんかヤバそう」
反応は、まあ、予想通りというか、芳しくない。ビラを受け取ってもらえても、すぐにゴミ箱行きになりそうな雰囲気だ。やっぱり、知名度もイメージも最悪なんだな、この部……。
心が折れそうになる。
「悠人! 元気出して! まだ始まったばっかりだって!」
紬が戻ってきて、僕の肩を励ますように叩く。彼女が話していたグループも、結局入部には至らなかったようだ。
「悠人くん、大丈夫? 私が隣にいるからね?」
甘粕さんが、僕の腕にそっと触れる。温かいけど、なんだか落ち着かない。
はぁ……と溜息をつきかけた、その時。ふと、視線を感じた。
渡り廊下の柱の陰。そこから、誰かがこちらを窺っているような気配がする。人の感情に少しだけ敏感な僕の感覚が、微かな緊張と、それから……好奇心のようなものを捉えていた。
そっと視線を向けると、柱の陰に隠れるようにして立っている小柄な女子生徒の姿が見えた。
色素の薄いグレーのショートボブ。大きな丸眼鏡で表情はよく見えないけど、俯き加減で、どこか自信なさげな雰囲気が伝わってくる。
彼女は、僕たちの配っているビラと、僕たちの姿を、交互に見ているようだった。
何か言いたそうに、口元が微かに動いている気もする。でも、目が合うと、びくりとしたように、さらに柱の陰に隠れてしまった。
「……?」
どうしたんだろう。何か用事でもあるのかな?
でも、彼女のあの様子だと、こちらから声をかけたら、もっと驚かせてしまうかもしれない。どうしようか……。
僕が逡巡していると、タイミング悪く(?)近くを通りかかった生徒が、僕たちの持っているビラの束に軽くぶつかった。
「あっ……!」
ばらばらと、数枚のビラが床に散らばる。
「わ、ごめん!」
ぶつかった生徒は軽く謝って、すぐに立ち去ってしまった。
「もう、前見て歩きなさいよね……。ほら、悠人、拾うよ」
「うん……」
紬と甘粕さんが散らばったビラを拾い始める。僕も慌てて屈み込もうとした、その時。
柱の陰から、小さな手がすっと伸びてきて、僕の足元に落ちていた一枚のビラを拾い上げた。
「あ……」
顔を上げると、すぐ目の前に小鳥遊さんがいた。俯いていて、長い前髪と大きな眼鏡で表情は窺えないけれど、その耳がほんのりと赤くなっているのが見えた。
「あ、の……これ……」
蚊の鳴くような、か細い声。
彼女は拾ったビラを、震える手で僕に差し出した。その指先が、僕の指にほんの少しだけ触れる。
「ありがとう、小鳥遊さん」
礼を言ってビラを受け取ると、彼女は「ひゃっ!?」と小さな悲鳴を上げて、再び柱の陰に飛び込むようにして隠れてしまった。……そんなに驚かなくても。
「今の……小鳥遊さん?」
紬が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「うん。ビラ、拾ってくれたんだ」
「へぇ……珍しい。あの子、あんまり人と話さないのにね」
「悠人くんとお話ししたかったんじゃない? やだ、ライバル出現?」
甘粕さんが、少しだけ拗ねたような声で僕の袖を引っ張る。
柱の陰から、小鳥遊さんがまだこちらを見ている気配がする。さっき感じた緊張と好奇心に加えて、今は……戸惑いと、それから、ほんの少しの期待みたいな感情が混じっているような気がした。
まだ二人。道のりは遠いけど、少しだけ、希望の光が見えたような、そんな気がした放課後だった。