突然の勧誘に、
……時間が止まってしまったかのように。長い沈黙が、午後の部室に落ちる。
「あ、いや、ごめん! 急に言われても困る、よな……」
しまった、焦りすぎたかもしれない。彼女のペースを考えずに、自分の都合で誘ってしまった。慌てて付け加える。
「もし、少しでも興味があるなら、って思っただけだから。無理にとは言わないし……」
「そ、そうだよ、小鳥遊さん! でも、楽しいと思うよ、この部!」
僕の言葉を引き継ぐように、
「まあ、普段は暇だけど……。でも、誰かの役に立てたり、普通じゃできない経験ができたりする、かも?」
「それに、悠人くんもいるしねっ!」
「小鳥遊さんも一緒に入ろーよ! ね?」
その笑顔は、どこまでも明るくて親切そうに見える。でも、僕には、その裏にほんの少しだけ、有無を言わせないような圧のようなものが含まれている気がしてならなかった。考えすぎ、だといいんだけど。
「あ……あの……」
小鳥遊さんは、僕と紬、そして甘粕さんの顔を順番に、不安そうに見回す。その視線は、助けを求めるようにも、迷っているようにも見えた。
やがて、彼女は意を決したように、小さな声で呟いた。
「……す、少し……考え、させて……ください……」
それが、彼女の精一杯の返事だったのだろう。
「うん、分かった。ゆっくり考えてみて」
できるだけ穏やかな声で答える。焦らせてはいけない。彼女自身の気持ちが一番大切だ。
「気が向いたら、いつでもまた来てくれていいから。ここ、基本的には僕しかいないし」
「私と陽菜ちゃんもいるけどね!」
紬が付け加えると、甘粕さんも「うんうん!」と頷いている。
小鳥遊さんは、もう一度こくりと頷くと、「し、失礼します……」と小さな声で言って、ぺこりとお辞儀をした。そして、来た時と同じように、ゆっくりとした足取りで部室を出ていく。
去り際、ドアが閉まる直前に、彼女がちらりとこちらを振り返ったような気がした。
「……行ってしまったね」
「うん……。でも、考えてくれるって!」
紬は、少し残念そうではあったけれど、すぐに気持ちを切り替えて前向きな言葉を口にする。
「どうかなー? あの子、悠人くんのこと、すっごく見てたけど」
甘粕さんが、意味深な口調で僕を見る。
「え? そ、そうかな……?」
「そうだよー。あんなに見つめられたら、他の子も悠人くんに近づけないかもね?」
……やっぱり、何か含みがあるような気がする。甘粕さんの好意は嬉しい反面、時々こうして底知れない怖さを感じさせる。
「まあ、小鳥遊さんの返事を待つとして……問題はあと一人、だね」
紬が、改めて現状を確認するように言う。
そうだ。部員は最低5人。僕と紬、甘粕さん、そしてもし小鳥遊さんが入ってくれても、まだ四人。あと一人、誰かを見つけなければ、廃部は免れない。
「うーん、誰かいないかなぁ……。悠人の友達とかは?」
「
「だよねぇ……」
僕たちが頭を悩ませていると、紬が「あ」と何かを思い出したように声を上げた。
「そういえばさ、前に悠人を訪ねてきた一年生、いなかったっけ? なんか、すごいお嬢様みたいな子!」
「お嬢様……?」
言われて、思い出す。たしかに、新学期が始まってすぐの頃、僕に助けられたとかで、わざわざ旧校舎まで訪ねてきた一年生の女の子がいた。輝くような金髪の縦ロールに、気品のある顔立ち。妙に尊大な口調だったけど、どこか憎めない……。
「ああ、
「西園寺? あの有名な?」
紬が驚いたように目を見開く。西園寺家といえば、この辺りでは知らない人はいないほどの超名門だ。
「へぇー、悠人くん、あんな子とも知り合いなんだ? ……ふーん?」
甘粕さんが、じーっと僕の顔を覗き込んでくる。その瞳の奥が、また少しだけ笑っていないように見える……。
「知り合いってほどじゃ……。ちょっとした偶然で話しただけだよ」
「でも、わざわざ悠人を訪ねてきたんでしょ? ちょっと話してみる価値、あるんじゃない?」
紬が悪戯っぽく笑う。
たしかに、彼女なら……いや、でも、あのお嬢様が、こんな怪しげな弱小部活に興味を持つとは思えないけど……。
とはいえ、他にアテがあるわけでもない。当たって砕けろ、か?
小鳥遊さんの返事待ちという、僅かな希望。
そして、新たに浮上した、超名門のお嬢様という、無謀かもしれないターゲット。
よろず相談部の未来は、依然として霧の中だ。それでも、ほんの少しだけ、進むべき道筋が見えてきたような気がした。