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第7話 金色の縦ロールと初めての出会い

 西園寺さいおんじ 麗華れいかさん。

 あの、いかにも育ちが良さそうな、それでいて少し尊大な一年生。彼女をよろず相談部に……。

 正直、あまり現実的な考えとは思えなかった。けれど、他にアテがないのも事実。それに、あの時、彼女が僕に言った言葉が、妙に心に残っていた。


 翌日の放課後。ほとんど期待せずに、一年生の教室が並ぶフロアへと足を運んでいた。もちろん、隣には「私も行く!」と言って聞かない紬と、「悠人くんが行くなら、私も行くに決まってるでしょ?」と笑顔で腕に絡みついてくる甘粕さんの姿もある。


「それにしても、西園寺さんかぁ……。本当に来るかな?」


 紬が、少しだけ不安そうな声で言う。


「さあ……。でも、ダメ元でも話してみないと」

「悠人くん、あんなお嬢様のこと、どうやって助けたの?」


 甘粕さんが、興味津々といった様子で僕の顔を覗き込む。


「どうやってって……大したことじゃないよ」


 少しだけ照れくさいような気持ちで、あの日のことを思い返していた。


 あれは、確か新学期が始まってまだ間もない、四月のある日の放課後だった。

 よろず相談部の活動(といっても、ただ部室の掃除をするだけ)のために、旧校舎へと向かっていた。その途中、普段あまり人が通らない、旧校舎裏手の小さな茂みの前で、見慣れない制服の女子生徒が立ち往生しているのを見つけたんだ。


 。。。○。○(回想)。○。○


『あの……どうかしましたか?』


 声をかけると、その子はびくりと肩を震わせて振り返った。

 輝くような金髪の、見事な縦ロール。気の強そうな紫色の瞳。そして、見るからに上質そうな、一年生の制服。それが、彼女――西園寺麗華さんとの初めての出会いだった。


『な、なによ、あなた! わたくしに何か用ですの!?』


 彼女は、まるで威嚇する子猫みたいに睨みつけてきた。その尊大な口調と裏腹に、声が少し震えていることに、僕はすぐに気がついた。


『いや、困っているように見えたから……』

『こ、困ってなどいませんわ! わたくしがこのような庶民的な場所で道に迷うなど、ありえませんことよ!』


 強がりを言っているのは明らかだった。彼女の足元には、脱げたローファーが片方だけ落ちていて、白いソックスが少し汚れてしまっている。おまけに、茂みの中を覗き込んでは、溜息をついているようだった。


『もしかして、何か落としましたか?』

『だ、だから! 何もないと言っているでしょう! しつこいですわね、庶民は!』


 ぷい、と顔を背ける彼女。でも、その視線は明らかに茂みの中を探している。どう見ても、何かを失くして困っている状況だ。放っておけない、と思ってしまうのが、僕の悪い癖だった。


『ちょっと失礼しますね』


 断りを入れて、茂みの中に足を踏み入れた。蜘蛛の巣を払い、足元の悪い中を少し進むと、すぐに彼女が探していたであろうものが見つかった。それは、彼女のローファーの片方と……キラキラと輝く、小さな宝石のようなものが付いた、高級そうな髪飾りだった。


『これ、ですか?』


 茂みから出て、それらを彼女に差し出す。彼女は、一瞬、驚いたように目を見開いた後、すぐにいつもの尊大な表情に戻った。


『……ふん。まあ、当然ですわ。わたくしの物が、そのような場所にあること自体、間違っているのですから』


 素直じゃないな、と思いながらも少しだけ可笑しくなってしまう。


『でも、見つかってよかったですね』

『……別に。あなたが見つけなくても、いずれじいや・・が探し出しましたわ』


 そう言いながらも、彼女は僕の手からローファーと髪飾りを受け取ると、少しだけほっとしたような表情を見せた。そして、汚れたソックスを気にするように、小さな声で付け加えた。


『……その、お名前は?』

『え? ああ、僕は二年の来栖悠人です』

『来栖……悠人……。覚えておきますわ。この西園寺麗華、借りを作ったままでは、気が済みませんことよ!』


 彼女はそう言い放つと、少しぎこちない足取りで、しかし背筋はピンと伸ばしたまま、旧校舎とは反対の方向へと去っていった。最後まで、「ありがとう」の一言はなかったけれど、去り際の彼女の横顔が、ほんの少しだけ赤らんでいたような気がした。


 ○。○。(回想終わり)○。○。。。


「……っていうことがあってね。まあ、本当に大したことじゃないんだ」

「へぇー! 悠人くん、やっぱり優しいんだね!」


 甘粕さんが、感心したように僕の腕にぎゅっと抱きついてくる。


「優しいっていうか……お人好しなだけでしょ」


 紬が、呆れたように、でもどこか誇らしげに笑う。


 そんな話をしながら一年生のフロアを歩いていると、前方に見覚えのある金色の縦ロールが見えた。


「あ、いた!」


 紬が声を上げる。

 西園寺さんは、数人の女子生徒に囲まれるようにして、廊下の窓際に立っていた。取り巻き、というほどではないかもしれないけれど、明らかに彼女が中心になっているグループだ。楽しそうに談笑しているように見える。


 ……やっぱり、声をかけるのは気が引けるな。場違いな気がする。


「ほら、悠人! 行くよ!」

「え、ちょ、ちょっと待って、紬!」


 躊躇していると、紬にぐいぐいと背中を押される。隣では、甘粕さんが「ふーん……」と西園寺さんを値踏みするような視線で見ている。……怖いって。


 とうとう、西園寺さんのすぐ近くまで来てしまった。彼女も、こちらに気づいたようだ。

 ぱちり、と紫色の瞳と目が合う。彼女は一瞬、驚いたように目を見開いた後、すぐに扇子でも持っていそうな(実際には持っていないけど)仕草で、ふんと鼻を鳴らした。


「あら……あなたは、たしか……来栖くるす、とかいう庶民の方でしたわね? わたくしに何か、ご用ですの?」


 相変わらずの尊大な口調。でも、その声には、あの時のような拒絶の色は感じられない。むしろ、どこか……再会を期待していたような響きさえ、あるような気がしたのは、僕の思い過ごしだろうか。

 さて、どう切り出したものか……。よろず相談部への勧誘。このお嬢様に、どう伝えればいいんだろう。


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