「あら……あなたは、たしか……
西園寺さんの、扇子でも仰ぎそうな(もちろん持ってないけど)尊大な口調。でも、その紫色の瞳の奥には、たしかに好奇心の色が浮かんでいるように見えた。僕の気のせい……じゃないはずだ。
「あ、あの、西園寺さん。突然すみません」
僕は、ごくりと唾を飲み込み、意を決して口を開いた。後ろでは、紬が固唾を飲んで見守り、甘粕さんが僕の腕にさらに強く絡みついてきているのを感じる。
「僕、よろず相談部っていう部活の部長をしているんですけど……」
「よろず相談部……? まあ、存じませんわ。そのような、名前からして胡散臭い部活のことなど」
バッサリだ。まあ、予想通りの反応ではあるけれど……。
「えっと、活動内容は、その……生徒の皆さんからの、あらゆる相談や依頼を受ける、というか……。探し物とか、掃除の手伝いとか、まあ、色々です」
「はぁ……? 要するに、雑用係ということですの? あなたのような庶民がお似合いの」
西園寺さんは、心底くだらない、とでも言いたげに、ふんと鼻を鳴らす。周りにいた彼女の友人たちも、くすくすと笑いを漏らしている。……心が折れそうだ。
「ち、違います!」
思わず、大きな声が出た。西園寺さんたちが、少し驚いたように僕を見る。
「雑用なんかじゃありません! 困っている人を助ける、大切な活動です! 僕たちだけじゃ力が足りないことも多いけど、それでも、誰かの役に立ちたいって……!」
しどろもどろになりながらも、必死に言葉を紡ぐ。僕自身の本心でもある。偽善だと言われても、自己満足だと言われても、これが僕がこの部を続けている理由なんだ。
「…………」
西園寺さんは、何も言わず、じっと僕の顔を見つめていた。その紫色の瞳は、さっきまでの嘲るような色とは少し違う、何かを探るような、あるいは……見定めるような光を宿しているように見えた。
「ふ、ふん……。まあ、お聞きになりましたこと? この方、雑用を『大切な活動』だなんて、殊勝なことをおっしゃってよ」
彼女は、隣にいる友人たちにわざとらしく話しかける。でも、その声には、さっきまでの棘がない。
「それで? わたくしに、その雑用……いえ、『大切な活動』とやらを手伝えと、そう仰りたいのかしら?」
「は、はい! もし、迷惑でなければ、西園寺さんも、この部に入ってくれませんか……な?」
最後の方が、疑問形になってしまった。我ながら情けない……。
西園寺さんは、やれやれ、とでも言いたげに、わざとらしく溜息をついてみせる。
「わたくしが? この西園寺麗華が? あなたたち庶民に交じって、そのような……」
そこまで言って、彼女はふと何かを思いついたように、言葉を切った。そして、僕の顔をじっと見つめ、ゆっくりと口を開く。
「……まあ、よろしいでしょう」
「えっ!?」
予想外の言葉に、僕だけでなく、後ろにいた紬や甘粕さんも、そして西園寺さんの友人たちも驚きの声を上げる。
「ただし、勘違いなさらないでくださいまし。わたくしは、あなたがたの部活に興味を持ったわけではありませんわ」
「え、じゃあ……」
「この前、あなたに助けていただいた『借り』を返す、良い機会かと思っただけのこと。それに……」
彼女は、少しだけ視線を彷徨わせ、小さな声で付け加えた。
「……兄がおりませんので、年上の方を『お兄様』とお呼びすることにも、少しだけ、興味がなくもなくてよ……?」
お兄様!?
僕が驚きで固まっていると、彼女はこほん、と咳払いをして、再び尊大な態度に戻る。
「というわけで、来栖悠人……いえ、
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。ただし、入部するかどうかは、わたくしが見て、判断させていただきます。まずは、見学から、ですわね」
そう言って、彼女はくい、と顎を上げる。その仕草は相変わらずお嬢様然としているけれど、その表情には、新しい世界への好奇心と、ほんの少しの期待が滲んでいるように見えた。
「やったね、悠人!」
紬が、僕の背中をバンと叩く。
「ふーん……お兄様、ねぇ……?」
甘粕さんが、僕の腕を掴む力を強めながら、意味深な視線を西園寺さんに向けている。……なんだか、また面倒なことになりそうな予感が……。
ともかく、これで五人目の候補(仮)が現れた。それも、とんでもないお嬢様だ。
よろず相談部の未来は、ますます予測不能な方向へと進み始めている。それでも、今は素直に、この一歩を喜ぼう。僕たちの活動は、まだ始まったばかりなのだから。