目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第9話 お嬢様の見学と最初の依頼

 翌日の放課後。旧校舎に響く、軽やかだがどこか場違いな靴音に、僕たちは顔を見合わせた。約束通り、彼女が来たのだ。


「ごきげんよう、お兄様。約束通り、見学に来て差し上げましたわ」


 勢いよく開かれたドアの前に立っていたのは、昨日と同じく完璧な身だしなみの西園寺さいおんじ 麗華れいかさんだった。背筋をピンと伸ばし、まるで宮殿にでも入るかのような態度で、古びた部室に足を踏み入れる。


「い、いらっしゃい、西園寺さん」


 緊張しながら出迎えると、彼女は部室の中をぐるりと見回し、その形の良い眉をひそめた。


「……まあ。噂には聞いておりましたが、想像以上に……その、質素、ですわね。埃っぽいですし、調度品も年代物……いえ、安物ばかり」


 いきなりの辛辣な評価。まあ、否定はできないけど……。


「こ、こら、麗華ちゃん! 人の部室をジロジロ見て、失礼でしょ!」


 すかさず、つむぎが窘めるように言う。いつの間にか「ちゃん」付けになっているあたり、さすが紬だ。


「あら、桜井さくらいさんでしたかしら? 事実を申し上げたまでですわ。それとも何か? このような状態を良しとしている、と?」

「むっ……」


 紬が言葉に詰まる。確かに、掃除はしているつもりだけど、快適な空間とは言い難い。


「ふふ、西園寺さんって、正直な方なんですね! でも大丈夫ですよ、この部室も、悠人くんがいればキラキラ輝いて見えるから!」


 甘粕あまかすさんが、僕の腕にぎゅーっと抱きつきながら、西園寺さんに対して(僕にはそう見えた)宣戦布告とも取れるような笑顔を向ける。火花が散っているような気がするのは、気のせいだろうか……。


「……あなた、昨日の方ですわね。少々、お兄様にいさまとの距離が近すぎますのではなくて?」


 西園寺さんも、甘粕さんの挑戦的な視線を受けて、ぴくりと眉を動かす。


「えー? 悠人くんとは、こーんなに仲良しなんですよ?」


 甘粕さんは、さらに僕に体を寄せる。……あの、苦しいんですけど。


「まあまあ、二人とも落ち着いて……。あ、そうだ、小鳥遊さんも来てたんだよ」


 慌てて話題を変えようと、部屋の隅で固まっているもう一人の人物を指差した。そこには、昨日と同じように、何かにおびえる小動物のように縮こまっている小鳥遊たかなし 和奏わかなさんの姿があった。彼女も、部の様子が気になって、また来てくれたらしい。


「……!」


 小鳥遊さんは、突然話を振られて、びくりと肩を揺らす。麗華さんの華やかなオーラと、甘粕さんとの間に漂う不穏な空気に、完全に気圧されてしまっているようだ。


「あら……? こちらの方は?」


 西園寺さんが、小鳥遊さんを一瞥する。


「こ、小鳥遊たかなし 和奏わかな……です……。二年の……」


 か細い声で、彼女が自己紹介をする。


「ふぅん……」


 西園寺さんは、特に興味もなさそうに視線を逸らすと、改めて僕に向き直った。


「それで、お兄様にいさま。この部は、具体的にどのような『お困りごと』を解決しているのですの? まさか、本当に校内の掃除ばかりではありませんでしょうね?」

「え、ええと、それは……」


 答えにきゅうしていると、まさにその時だった。

 部室のドアに設置された目安箱が、ことり、と小さな音を立てた。誰かが、何かを入れたようだ。


「ん? 今の……」

「依頼、かな?」


 紬が素早く目安箱に駆け寄り、中を確認する。


「あ、入ってる! 手紙だ!」


 紬が取り出したのは、一枚の封筒だった。差出人の名前はない。

 僕たちは、自然と顔を見合わせる。廃部を回避するためには、活動実績が必要だ。これが、その第一歩になるかもしれない。


「開けてみて、悠人!」

「う、うん」


 紬から封筒を受け取り、慎重に封を切る。中には、一枚の便箋が入っていた。丁寧な、だけど少しだけ焦っているような文字で、こう書かれている。


『よろず相談部の皆様へ

 突然のお願いで申し訳ありません。

 私の大切な家族である、猫の「タマ」がいなくなってしまいました。

 昨日から姿が見えず、家中を探しましたが見つかりません。

 臆病な子なので、どこかで怖がって隠れているのかもしれません。

 どうか、タマを探すのを手伝っていただけないでしょうか。


          一年C組 佐々木ささき 結衣ゆい


「猫探し……」


 依頼内容を読み上げると、部室に集まったメンバー(仮含む)の間に、なんとも言えない空気が流れた。


「まあ……。猫を探す、ですって? 人手が足りないなら、使用人にでも頼めばよろしいものを」


 西園寺さんが、やれやれと肩を竦める。


「でも、困ってるみたいだし……。私たちでできることなら、協力してあげたい、かな」


 紬が、真面目な顔で言う。


「猫ちゃん、可愛いよね! 見つけたら、もふもふしたいな!」


 甘粕さんは、少しずれた感想を述べている。


「…………」


 そして、小鳥遊さんは……何も言わないけれど、その大きな瞳が、心配そうに揺れているのが分かった。動物が好きな彼女にとって、他人事とは思えないのかもしれない。


「……ふん。まあ、よろしいでしょう」


 不意に、西園寺さんが口を開いた。


「え?」

「わたくしの『見学』の、ちょうど良い題材になりそうですわね。あなたたちが、その『タマ』とやらを、どのように探し出すのか……この西園寺麗華が、とくと拝見して差し上げますわ」


 彼女は、挑戦的な笑みを浮かべて、僕たちを見据えた。


 こうして、僕たちの、よろず相談部としての最初の「まともな」依頼が、始まることになった。

 メンバーは、僕と、世話焼きな幼馴染と、重すぎる愛情のクラスメイトと、引っ込み思案な才能(?)と、そして……超がつくほどのお嬢様。


 果たして、無事に猫を見つけ出すことができるんだろうか……?

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?