翌日の放課後。旧校舎に響く、軽やかだがどこか場違いな靴音に、僕たちは顔を見合わせた。約束通り、彼女が来たのだ。
「ごきげんよう、お兄様。約束通り、見学に来て差し上げましたわ」
勢いよく開かれたドアの前に立っていたのは、昨日と同じく完璧な身だしなみの
「い、いらっしゃい、西園寺さん」
緊張しながら出迎えると、彼女は部室の中をぐるりと見回し、その形の良い眉を
「……まあ。噂には聞いておりましたが、想像以上に……その、質素、ですわね。埃っぽいですし、調度品も年代物……いえ、安物ばかり」
いきなりの辛辣な評価。まあ、否定はできないけど……。
「こ、こら、麗華ちゃん! 人の部室をジロジロ見て、失礼でしょ!」
すかさず、
「あら、
「むっ……」
紬が言葉に詰まる。確かに、掃除はしているつもりだけど、快適な空間とは言い難い。
「ふふ、西園寺さんって、正直な方なんですね! でも大丈夫ですよ、この部室も、悠人くんがいればキラキラ輝いて見えるから!」
「……あなた、昨日の方ですわね。少々、
西園寺さんも、甘粕さんの挑戦的な視線を受けて、ぴくりと眉を動かす。
「えー? 悠人くんとは、こーんなに仲良しなんですよ?」
甘粕さんは、さらに僕に体を寄せる。……あの、苦しいんですけど。
「まあまあ、二人とも落ち着いて……。あ、そうだ、小鳥遊さんも来てたんだよ」
慌てて話題を変えようと、部屋の隅で固まっているもう一人の人物を指差した。そこには、昨日と同じように、何かにおびえる小動物のように縮こまっている
「……!」
小鳥遊さんは、突然話を振られて、びくりと肩を揺らす。麗華さんの華やかなオーラと、甘粕さんとの間に漂う不穏な空気に、完全に気圧されてしまっているようだ。
「あら……? こちらの方は?」
西園寺さんが、小鳥遊さんを一瞥する。
「こ、
か細い声で、彼女が自己紹介をする。
「ふぅん……」
西園寺さんは、特に興味もなさそうに視線を逸らすと、改めて僕に向き直った。
「それで、
「え、ええと、それは……」
答えに
部室のドアに設置された目安箱が、ことり、と小さな音を立てた。誰かが、何かを入れたようだ。
「ん? 今の……」
「依頼、かな?」
紬が素早く目安箱に駆け寄り、中を確認する。
「あ、入ってる! 手紙だ!」
紬が取り出したのは、一枚の封筒だった。差出人の名前はない。
僕たちは、自然と顔を見合わせる。廃部を回避するためには、活動実績が必要だ。これが、その第一歩になるかもしれない。
「開けてみて、悠人!」
「う、うん」
紬から封筒を受け取り、慎重に封を切る。中には、一枚の便箋が入っていた。丁寧な、だけど少しだけ焦っているような文字で、こう書かれている。
『よろず相談部の皆様へ
突然のお願いで申し訳ありません。
私の大切な家族である、猫の「タマ」がいなくなってしまいました。
昨日から姿が見えず、家中を探しましたが見つかりません。
臆病な子なので、どこかで怖がって隠れているのかもしれません。
どうか、タマを探すのを手伝っていただけないでしょうか。
一年C組
「猫探し……」
依頼内容を読み上げると、部室に集まったメンバー(仮含む)の間に、なんとも言えない空気が流れた。
「まあ……。猫を探す、ですって? 人手が足りないなら、使用人にでも頼めばよろしいものを」
西園寺さんが、やれやれと肩を竦める。
「でも、困ってるみたいだし……。私たちでできることなら、協力してあげたい、かな」
紬が、真面目な顔で言う。
「猫ちゃん、可愛いよね! 見つけたら、もふもふしたいな!」
甘粕さんは、少しずれた感想を述べている。
「…………」
そして、小鳥遊さんは……何も言わないけれど、その大きな瞳が、心配そうに揺れているのが分かった。動物が好きな彼女にとって、他人事とは思えないのかもしれない。
「……ふん。まあ、よろしいでしょう」
不意に、西園寺さんが口を開いた。
「え?」
「わたくしの『見学』の、ちょうど良い題材になりそうですわね。あなたたちが、その『タマ』とやらを、どのように探し出すのか……この西園寺麗華が、とくと拝見して差し上げますわ」
彼女は、挑戦的な笑みを浮かべて、僕たちを見据えた。
こうして、僕たちの、よろず相談部としての最初の「まともな」依頼が、始まることになった。
メンバーは、僕と、世話焼きな幼馴染と、重すぎる愛情のクラスメイトと、引っ込み思案な才能(?)と、そして……超がつくほどのお嬢様。
果たして、無事に猫を見つけ出すことができるんだろうか……?