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第10話 猫探しは波乱の幕開け

「猫探し、ですか……。まあ、退屈しのぎには、なるかもしれませんわね」


 西園寺さいおんじさんは、腕を組んで尊大に頷く。見学と言いつつ、なんだかんだでやる気……というか、好奇心は刺激されているようだ。


「よし、じゃあ早速始めよう! まずは依頼主の佐々木さんに詳しい話を聞きに行かないとね」


 つむぎが、テキパキと仕切り始める。こういう時の彼女は本当に頼りになる。


「佐々木結衣さん、一年C組か……。僕と紬で行ってくるよ」

「えーっ! 悠人くん、私も行く!」


 すかさず甘粕あまかすさんが僕の腕に絡みついてくる。


「陽菜ちゃんは、小鳥遊さんと一緒に、タマちゃんが好きそうな場所、校内で探してみてくれる? 校舎裏とか、中庭とか」

「えー……悠人くんと一緒がいいのに……」


 甘粕さんは不満そうに唇を尖らせたが、紬にやんわりと諭され(あとで悠人くんにお礼してもらおうね、的なことを耳打ちされ?)、しぶしぶ頷いた。


「わ、私……ですか……?」


 隣で、小鳥遊たかなしさんがおどおどと声を上げる。


「うん、お願いできるかな? 小鳥遊さん、動物詳しそうだし」


 そう言うと、彼女は少しだけ驚いた顔をして、それから……こくり、と小さく頷いた。少しでも役に立てることが嬉しいのかもしれない。


「では、わたくしはどうすればよろしいのかしら、お兄様にいさま?」


 西園寺さんが、僕に向かって問いかける。その「お兄様」呼びには、まだ慣れない……。


「えっと……西園寺さんは、僕たちと一緒に来てくれますか? 依頼主の方に会うのは、人数が少ない方がいいかもしれないけど……」

「まあ、仕方ありませんわね。お兄様の傍で、あなたたちの『お手並み拝見』とまいりましょう」


 なんだか偉そうな言い方だけど、まあ、来てくれるなら助かる。

 こうして、僕と紬、そして見学(?)の西園寺さんの三人で、依頼主の佐々木さんの教室へ向かうことになった。


「失礼します。佐々木結衣さん、いますか?」


 一年C組の教室のドアを開け、紬が声をかける。教室の中は、まだ放課後のざわめきが残っていた。

 すぐに、小柄でおとなしそうな雰囲気の女子生徒が、不安そうな顔でこちらにやってきた。彼女が佐々木さんのようだ。


「あ、あの……よろず相談部の……?」

「はい、依頼の手紙、読ませてもらいました。部長の来栖です。こっちは……」

「桜井紬です! よろしくね!」

「……西園寺麗華ですわ。まあ、ただの見学ですので、お気になさらず」


 僕と紬が挨拶するのに続き、西園寺さんも一応(尊大な態度ながら)名乗る。佐々木さんは、西園寺さんの登場に目を丸くしていた。まあ、無理もないか。


 教室前の廊下で、佐々木さんから詳しい話を聞く。

 いなくなった猫のタマは、白地に茶色のぶち模様がある、少しぽっちゃりした雄猫らしい。首輪はしていない。性格は非常に臆病で、知らない人や大きな音を怖がるそうだ。昨日、佐々木さんが学校から帰宅した時にはもう姿がなく、夜通し探したけれど見つからなかったという。


「タマ……私の不注意で……うぅ……」


 話しているうちに、佐々木さんは目に涙を溜め始めた。その姿に、僕の胸もきゅっと締め付けられる。なんとかして、見つけてあげたい。


「大丈夫だよ、佐々木さん。私たちも全力で探すから!」


 紬が、優しく彼女の肩を叩く。


「それで、タマちゃんがよく行く場所とか、隠れそうな場所って、心当たりはある?」

「えっと……家の周りだと、裏の公園の茂みとか、隣の家の縁の下とか……。でも、学校の近くでいなくなったとしたら……」


 佐々木さんは、不安そうに首を振る。学校周辺の地理には詳しくないようだ。


「分かりました。ありがとうございます。とにかく、学校の中と周りを重点的に探してみますね」


 僕たちは佐々木さんに礼を言い、捜索に戻ることにした。

 まずは、陽菜ちゃんと小鳥遊さんが担当している校内からだ。旧校舎の部室に戻ると、二人はすでに戻っていた。


「おかえりー、悠人くん!」

「どうだった?」

「タマちゃんの特徴とか、聞いてきたよ。こっちは、まだ手がかりなし……」


 陽菜さんは、少しむくれた様子で報告する。隣で、小鳥遊さんも力なく首を振った。


「そっか……。じゃあ、今度はみんなで学校の周りを探してみよう。特に、茂みとか、猫が隠れそうな場所」


 僕の提案に、みんなが頷く。……西園寺さんを除いて。


「学校の周り、ですって? まさか、わたくしまでそのような場所を歩けと?」


 彼女は、心底嫌そうな顔で自分の靴を見下ろす。


「まあ、強制はしませんけど……。タマ、見つかるといいですね」


 僕が少し残念そうに言うと、彼女は「うっ……」と言葉に詰まり、やがて大きな溜息をついた。


「……し、仕方ありませんわね! お兄様がそこまで仰るなら、特別に、付き合って差し上げますわ! ただし、汚れたり、虫が出たりしたら、わたくし、すぐに帰りますからね!」


 なんだかんだ言いながらも、結局ついてきてくれるあたり、彼女も根は悪い人じゃないんだろうな、と思う。


 僕たちは、学校の敷地を出て、周辺の捜索を開始した。

 公園の茂み、駐車場の車の影、住宅街の路地裏……。


 「タマー!」「タマちゃーん!」と声をかけながら、あるいは、猫が好きそうな場所を重点的に探しながら、歩き回る。


「こういう時、もっと情報があればねぇ……」


 紬がぼやく。


「そうだね……。目撃情報とか……」


 僕がそう呟いた時。


「あの……猫、なら……さっき、あっちの……細い道の奥に……」


 隣を歩いていた小鳥遊さんが、小さな声で言った。彼女が指差すのは、民家の間の、人が一人やっと通れるくらいの細い隙間のような道だ。


「え、本当!? 小鳥遊さん!」

「た、たぶん……白い、猫……」


 もしかしたら、タマかもしれない!


 僕たちは、僅かな希望を胸に、その細い道へと足を踏み入れた。日は傾き始め、辺りは少しずつ薄暗くなってきている。


 果たして、そこにタマはいるのだろうか……?

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