腕の中のタマは、まだ少し緊張しているようだったけれど、ゴロゴロと喉を鳴らし始めていた。僕の手の温もりに、少し安心感を覚えてくれたのかもしれない。
「よし、じゃあ、急いで佐々木さんのところに届けに行こう」
「そうだね! きっと心配してるよ!」
僕たちは、タマを驚かせないように気をつけながら、来た道を戻り、一年生の教室へと向かった。幸い、佐々木さんはまだ教室に残ってくれていた。
「佐々木さん! タマ、見つかったよ!」
紬が声をかけると、佐々木さんは顔を上げ、僕が抱いているタマの姿を認めると、わっと声を上げて駆け寄ってきた。
「タマ! よかった……本当によかった……!」
タマを受け取ると、彼女は愛おしそうにその体をぎゅっと抱きしめる。
タマも、飼い主の腕の中が一番落ち着くのか、安心しきった様子で目を細め、涙ぐみながらタマに頬ずりする佐々木さんの姿に、僕たちの間にも温かい空気が流れた。
「あの……本当に、ありがとうございました! よろず相談部の皆さんのおかげです!」
佐々木さんは、僕たち一人一人に深々とお辞儀をして、何度も感謝の言葉を繰り返してくれた。
「いえ、僕たちもタマが無事で見つかって嬉しいです」
「そうだね! これも、小鳥遊さんのおかげだよ!」
紬が、隣に立っていた
「えっ……あ、いえ……わ、私は、なにも……」
小鳥遊さんは、顔を真っ赤にして俯いてしまう。でも、その表情は、満更でもないように見えた。
自分の力が誰かの役に立った、その事実が、彼女にとって大きな喜びになっているのが伝わってくる。
「まあ、当然の結果ですわ。わたくしが『見学』していたのですから、失敗などありえませんことよ」
「とにかく、一件落着だね! やったー!」
佐々木さんに改めてお礼を言われ、僕たちは少しだけ誇らしい気持ちで、一年生の教室を後にした。日が落ちて、廊下には夕焼けの赤い光が差し込んでいる。
「はー、疲れたけど、よかったね、一件落着で」
部室に戻る道すがら、紬が大きく伸びをする。
「うん。佐々木さん、本当に嬉しそうだった」
「あんな風に感謝されると、なんだかこっちまで嬉しくなっちゃうね」
紬が話していると、後ろから西園寺さんが声をかけてきた。
「
「は、はい?」
「今日のところは、これで失礼いたしますわ。まあ……予想していたよりは、退屈しない時間でしたことよ」
彼女は、少しだけ口元を緩めて、そう言った。
「あの、西園寺さんは……その、これからも……?」
おそるおそる尋ねると、彼女は少し考えてから答える。
「気が向けば、また『見学』に来て差し上げてもよろしくてよ。ただし! 次はもっと、わたくしに相応しい依頼を用意しておきなさいまし!」
そう言い残し、彼女は優雅な足取りで去っていった。……相変わらずだけど、少しだけ距離が縮まったような気がする。
「それじゃあ、私もそろそろ帰るね。悠人、また明日!」
「うん、また明日。紬も、今日はありがとう」
「どーいたしまして!」
紬も手を振って帰っていく。
「悠人くん、私、もう少し一緒にいたいな……ダメ?」
甘粕さんが、僕の服の袖をきゅっと掴んで離さない。
「えっと……もう暗くなってきたし、送っていくよ」
「わーい! ありがとう、悠人くん!」
嬉しそうな甘粕さん。……まあ、断れないよな。
「あの……」
不意に、隣から小さな声が聞こえた。小鳥遊さんだ。彼女も、まだ帰らずに残っていたらしい。
「どうしたの、小鳥遊さん?」
「あ、の……わ、私も……その……」
彼女は、俯いたまま、何かを言い淀んでいる。もしかして……。
「私も……この部、に……はい、入りたい、です……」
消え入りそうな、だけど、確かな決意のこもった声だった。
今日の経験が、彼女の背中を押してくれたのかもしれない。
「本当かい!? ありがとう、小鳥遊さん! 大歓迎だよ!」
満面の笑みで言うと、彼女は顔を上げて、今まで見た中で一番嬉しそうな、はにかんだ笑顔を見せてくれた。その笑顔は、夕日に照らされて、キラキラと輝いて見えた。
これで、正式な部員は四人。僕、紬、陽菜ちゃん、そして小鳥遊さん。あと一人……。西園寺さんが入ってくれれば、目標達成だ。
よろず相談部の未来は、まだ不確かだけど、それでも、確かな手応えを感じた一日だった。