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第12話 最初の達成とそれぞれの距離

 腕の中のタマは、まだ少し緊張しているようだったけれど、ゴロゴロと喉を鳴らし始めていた。僕の手の温もりに、少し安心感を覚えてくれたのかもしれない。


「よし、じゃあ、急いで佐々木さんのところに届けに行こう」

「そうだね! きっと心配してるよ!」


 僕たちは、タマを驚かせないように気をつけながら、来た道を戻り、一年生の教室へと向かった。幸い、佐々木さんはまだ教室に残ってくれていた。


「佐々木さん! タマ、見つかったよ!」


 紬が声をかけると、佐々木さんは顔を上げ、僕が抱いているタマの姿を認めると、わっと声を上げて駆け寄ってきた。


「タマ! よかった……本当によかった……!」


 タマを受け取ると、彼女は愛おしそうにその体をぎゅっと抱きしめる。

 タマも、飼い主の腕の中が一番落ち着くのか、安心しきった様子で目を細め、涙ぐみながらタマに頬ずりする佐々木さんの姿に、僕たちの間にも温かい空気が流れた。


「あの……本当に、ありがとうございました! よろず相談部の皆さんのおかげです!」


 佐々木さんは、僕たち一人一人に深々とお辞儀をして、何度も感謝の言葉を繰り返してくれた。


「いえ、僕たちもタマが無事で見つかって嬉しいです」

「そうだね! これも、小鳥遊さんのおかげだよ!」


 紬が、隣に立っていた小鳥遊たかなしさんの背中をポンと叩く。


「えっ……あ、いえ……わ、私は、なにも……」


 小鳥遊さんは、顔を真っ赤にして俯いてしまう。でも、その表情は、満更でもないように見えた。

 自分の力が誰かの役に立った、その事実が、彼女にとって大きな喜びになっているのが伝わってくる。


「まあ、当然の結果ですわ。わたくしが『見学』していたのですから、失敗などありえませんことよ」


 西園寺さいおんじさんは、ふふん、と得意げに胸を張る。……いや、西園寺さんは、ほとんど何もしてない気がするんだけど……。まあ、口には出さないでおこう。


「とにかく、一件落着だね! やったー!」


 甘粕あまかすさんが、パッと手を叩いて喜ぶ。そして、すぐに僕に視線を向けて、「ね、悠人くん! 頑張ったご褒美、ちょうだい?」と上目遣いでねだってくる。……ご褒美って、何をすればいいんだろうか。


 佐々木さんに改めてお礼を言われ、僕たちは少しだけ誇らしい気持ちで、一年生の教室を後にした。日が落ちて、廊下には夕焼けの赤い光が差し込んでいる。


「はー、疲れたけど、よかったね、一件落着で」


 部室に戻る道すがら、紬が大きく伸びをする。


「うん。佐々木さん、本当に嬉しそうだった」

「あんな風に感謝されると、なんだかこっちまで嬉しくなっちゃうね」


 紬が話していると、後ろから西園寺さんが声をかけてきた。


お兄様にいさま

「は、はい?」

「今日のところは、これで失礼いたしますわ。まあ……予想していたよりは、退屈しない時間でしたことよ」


 彼女は、少しだけ口元を緩めて、そう言った。


「あの、西園寺さんは……その、これからも……?」


 おそるおそる尋ねると、彼女は少し考えてから答える。


「気が向けば、また『見学』に来て差し上げてもよろしくてよ。ただし! 次はもっと、わたくしに相応しい依頼を用意しておきなさいまし!」


 そう言い残し、彼女は優雅な足取りで去っていった。……相変わらずだけど、少しだけ距離が縮まったような気がする。


「それじゃあ、私もそろそろ帰るね。悠人、また明日!」

「うん、また明日。紬も、今日はありがとう」

「どーいたしまして!」


 紬も手を振って帰っていく。


「悠人くん、私、もう少し一緒にいたいな……ダメ?」


 甘粕さんが、僕の服の袖をきゅっと掴んで離さない。


「えっと……もう暗くなってきたし、送っていくよ」

「わーい! ありがとう、悠人くん!」


 嬉しそうな甘粕さん。……まあ、断れないよな。


「あの……」


 不意に、隣から小さな声が聞こえた。小鳥遊さんだ。彼女も、まだ帰らずに残っていたらしい。


「どうしたの、小鳥遊さん?」

「あ、の……わ、私も……その……」


 彼女は、俯いたまま、何かを言い淀んでいる。もしかして……。


「私も……この部、に……はい、入りたい、です……」


 消え入りそうな、だけど、確かな決意のこもった声だった。

 今日の経験が、彼女の背中を押してくれたのかもしれない。


「本当かい!? ありがとう、小鳥遊さん! 大歓迎だよ!」


 満面の笑みで言うと、彼女は顔を上げて、今まで見た中で一番嬉しそうな、はにかんだ笑顔を見せてくれた。その笑顔は、夕日に照らされて、キラキラと輝いて見えた。


 これで、正式な部員は四人。僕、紬、陽菜ちゃん、そして小鳥遊さん。あと一人……。西園寺さんが入ってくれれば、目標達成だ。

 よろず相談部の未来は、まだ不確かだけど、それでも、確かな手応えを感じた一日だった。



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