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第13話 四人と一人と、まだ見ぬ依頼

 小鳥遊たかなしさんが正式に部員になってくれてから数日。よろず相談部の部室は、少しだけ雰囲気が変わった。


 といっても、劇的に何かが変わったわけじゃない。相変わらず部室は古くて雑然としているし、僕が一人でいる時間に、つむぎ甘粕あまかすさんがやってくるのも日常通りだ。


 変化といえば、部屋の隅にある机で、小鳥遊さんが静かにスケッチブックを広げている姿が日常風景に加わったことくらいだろうか。


「…………」


 彼女は、まだ他のメンバー(特に甘粕さん)がいると緊張してしまうのか、あまり喋りはしない。でも、以前のように怯えきっている様子はなく、時折、窓の外の景色や、僕たちの会話に耳を傾けながら、鉛筆を走らせていた。その横顔は、自分の居場所を見つけたかのように、どこか穏やかに見えた。


「はい、悠人くん、あーん!」

「わ、わっ……! ありがとう、甘粕さん」


 今日も今日とて、甘粕さんは手作りのお菓子(今日はマドレーヌらしい)を持ってきて、僕の口元に運んでくる。その度に、少し離れた席で僕たちの様子を窺っている(ように見える)紬から、呆れたような視線を感じるけれど、甘粕さん本人はまったく気にしていない。


「悠人くんのために、昨日頑張って焼いたんだから、いっぱい食べてね?」

「う、うん……美味しいよ」


 甘粕さんの作るお菓子は、本当にプロ級に美味しい。でも、この過剰なまでの好意には、いつまで経っても慣れそうにない。


「それで、悠人。今後のことだけど……」


 紬が、本題を切り出すように言った。


「小鳥遊さんが入ってくれて、部員は四人になったけど、あと一人足りないよね。それに、活動実績も、猫探し一件だけじゃ、生徒会が認めてくれるかどうか……」

「そうだね……。やっぱり、西園寺さんに入ってもらうのが一番だけど……」


 僕が言いかけると、タイミング良く(?)部室のドアが勢いよく開いた。


「ごきげんよう、お兄様にいさま。今日も『見学』に来て差し上げましたわ」


 現れたのは、もちろん西園寺さいおんじさんだ。

 彼女はここ数日、律儀に放課後になると部室に顔を出している。もっとも、「見学」と称して、ソファ(とは名ばかりの古びた長椅子)に座って紅茶を飲んでいる(自分で用意した高級そうなティーセットで)だけなのだが。


「あら、西園寺さん。毎日ご苦労様なこと」


 甘粕さんが、笑顔でチクリと刺す。


「ふん。あなたこそ、毎日毎日飽きもせずにお兄様に付きまとって……。見ているこちらが恥ずかしいですわ」

「あらあら、やきもちですか? 可愛いですね」

「なっ……! やきもちなど……!」


 火花が散る音が聞こえそうだ。僕と紬は顔を見合わせ、やれやれと肩を竦める。小鳥遊さんは、びくりと肩を震わせて、さらに小さくなってしまった。


「まあまあ、二人とも……。それより、実績のことだよ。何か、もっと学校のためになるような、分かりやすい活動が必要だと思うんだ」


 紬が、場を収めるように言う。


「学校のため……ですか?」


 西園寺さんが、珍しく会話に興味を示したようだ。


「例えば、学校行事の手伝いとか、美化活動とか……」

「まあ、ボランティアということですのね。西園寺家の人間が、そのような無償の奉仕をするなど……」


 彼女は、少し考える素振りを見せた後、ふと何かを思いついたように言った。


「ですが、もしそれが、この学園の名誉を高めるような活動であれば、一考の価値はなくもありませんわ」

「学園の名誉……?」

「ええ。例えば、他の学校との交流行事の成功に貢献するとか、地域社会に貢献して学園の評判を上げるとか……。そういったことであれば、わたくしがお力になって差し上げてもよろしくてよ?」


 なんだか話が大きくなってきたけど、彼女らしい発想かもしれない。


「なるほどね……。でも、そんな大きな依頼、どこから来るかな……」


 紬が腕を組んで唸る。

 僕も、何か手掛かりはないかと、改めて目安箱を確認してみる。……空っぽだ。次に、学校の掲示板に何か依頼が出ていないか、後で見に行ってみようか。


「あの……」


 その時、今まで黙っていた小鳥遊さんが、おずおずと手を上げた。


「どうしたの、小鳥遊さん?」

「え、えっと……その……依頼、じゃ、ないかも、しれないんですけど……」


 彼女は、スケッチブックをこちらに向けた。そこには、美しい風景画……ではなく、何かの図面のようなものが、緻密な線で描かれていた。


「これって……?」

「きゅ、旧校舎の……裏にある……温室……なんですけど……」

「温室? そんなのあったっけ?」


 紬が首を傾げる。僕も聞いたことがない。


「ずっと……使われてなくて……荒れ放題、みたいで……。でも、珍しい植物とか……昔はあった、らしくて……。もし、綺麗に、できたら……みんな、喜ぶかなって……」


 途切れ途切れの説明だったけれど彼女が言いたいことは分かった。

 忘れられた温室を再生させ、みんなの憩いの場にする。それは、確かに学校への貢献になるかもしれない。そして何より、植物が好きな彼女らしい発想だ。


「温室の再生……! それ、いいかもしれない!」


 僕が言うと、小鳥遊さんの顔がぱっと明るくなる。


「まあ、面白そうですわね。わたくし、植物にも多少の心得はありますことよ」


 西園寺さんも、珍しく乗り気な様子だ。


「えー? 温室って、虫とかいっぱいいそう……」


 甘粕さんは少し不満そうだけど、「悠人くんが行くなら、私も行く!」と結局はついてくるだろう。

 よし、決まりだ。僕たち、よろず相談部の次の活動目標は、「忘れられた温室の再生」!


 これが、部の存続に必要な「活動実績」になるかは分からない。でも、みんなで協力して何かを成し遂げる、その経験が、きっと僕たちを成長させてくれるはずだ。


 僕たちの新たな挑戦が、静かに始まろうとしていた。

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