そして翌日の放課後。僕たちは、小鳥遊さんの案内で、旧校舎の裏手へと向かっていた。普段はほとんど人が足を踏み入れない、少し薄暗い場所だ。
「本当に、こんなところに温室なんてあるのかな……?」
「地図……だと、この辺り……のはず、ですけど……」
小鳥遊さんは、自分で描いたらしい旧校舎周辺の地図を頼りに、先導してくれている。その手つきは、少し頼りなげだけど、目は真剣だ。
「あらあら、迷子のようですわね。わたくしの
「悠人くん、こっちじゃない? なんか建物っぽいのが見えるよ!」
彼女の言う通り、鬱蒼と茂った木々の向こうに、古びたガラス張りの建物らしきものが見える。あれが、例の温室だろうか。
僕たちは、草をかき分けながら、その建物へと近づいていった。そして、目の前に現れた光景に、思わず息を呑む。
それは、確かに温室だったのだろう。しかし、その姿は見るも無残なものだった。壁面のガラスは所々割れていたり、ひびが入っていたり。骨組みには蔦がびっしりと絡みつき、屋根の一部は崩れかけている。入り口のドアも歪んでいて、簡単には開きそうにない。
「うわぁ……。これは……想像以上かも……」
紬が、呆然と呟く。
「まあ……。廃墟、と呼ぶのが相応しいかもしれませんわね」
西園寺さんも、さすがに言葉を失っているようだ。
「…………」
発案者である小鳥遊さんも、予想以上の荒廃ぶりにショックを受けているのか、俯いてしまっている。
「で、でも、骨組みはしっかりしてるみたいだし! ガラスも全部割れてるわけじゃないし! きっと、綺麗にすれば……!」
落ち込みかけた空気を変えようと、努めて明るい声を出した。
「そうだよ! やってみないと分からないって!」
紬も、すぐにいつもの調子を取り戻して、僕に続く。
「とりあえず、中に入ってみようよ。ドア、開くかな?」
僕と紬で、歪んだドアに力を込める。ギギギ……と嫌な音を立てながら、ドアはなんとか開いた。
途端に、むわりとした埃っぽい空気と、枯れた植物の匂いが鼻をつく。中は、外から見た以上に荒れていた。床には土や枯葉が積もり、棚は倒れ、割れた植木鉢が散乱している。
「……ひどい、です……。こんなになるまで……」
小鳥遊さんが、悲しそうな声で呟いた。彼女の瞳には、涙が浮かんでいるように見えた。
「でも……見てください……!」
彼女が、温室の隅にある、かろうじて形を保っている棚を指差す。そこには、いくつかの小さな鉢植えが置かれていた。ほとんどは枯れてしまっているけれど、その中に一つだけ、青々とした葉を茂らせている植物があった。
「この子……生きてる……!」
小鳥遊さんが、その鉢植えに駆け寄り、愛おしそうに葉に触れる。
「これは……? 見たことない植物だね」
「
彼女の説明に、僕たちは顔を見合わせる。こんな状況でも、健気に生きている命がある。それだけで、なんだか勇気が湧いてくる気がした。
「よし! やろう!」
僕は、改めてメンバーを見回して宣言した。
「この温室を、もう一度、花が咲く場所にしよう!」
「賛成!」
「悠人くんがやるなら、私もやる!」
「まあ、仕方ありませんわね。お兄様がそこまで言うなら、少しだけ、手を貸して差し上げますわ」
「……は、はい……!」
意見は一致した。僕たちは、まず、温室の中の掃除と片付けから始めることにした。箒で床を掃き、散乱したゴミを集め、倒れた棚を起こす。単純な作業だけど、人数がいると捗る。
「きゃあっ! む、虫っ!」
西園寺さんが、小さなクモを見つけて悲鳴を上げる。
「もう、麗華ちゃん、大げさだなぁ」
紬が苦笑しながら、箒でクモを外に追い払う。
「悠人くん、見て見て! こんなところに、綺麗なガラスの破片があったよ!」
甘粕さんが、キラキラしたものを拾い上げて僕に見せてくる。……危ないから、あんまり触らない方がいいんだけど……。
「あの……こ、この棚……こっちに、運びますか……?」
小鳥遊さんが、僕と紬に手伝いを求めてくる。一人では動かせない重さだ。
埃と汗にまみれながら、僕たちは夢中で作業を進めた。
文句を言いながらも、西園寺さんは意外と整理整頓の指示が的確だったり、甘粕さんが力仕事(悠人に良いところを見せたい一心で?)を率先してやったり、小鳥遊さんが植物に関するアドバイスをくれたり……。
みんな、それぞれのやり方で、この「再生」という目標に向き合っている。
日が傾き、今日の作業を終える頃には、温室の中は、見違えるほどではないけれど、人が活動できるくらいのスペースは確保できていた。
「ふぅ……。今日は、ここまでかな」
額の汗を拭いながら、僕は達成感と心地よい疲労感を感じていた。
「大変だったけど……なんだか、ちょっと楽しかったかも」
紬が、笑顔で言う。他のメンバーも、疲れた顔の中にも、どこか満足そうな表情を浮かべていた。
よろず相談部の、新たな挑戦。それは、大変だけど、きっと僕たちにとって、かけがえのない経験になる。そんな確信が、僕の中に芽生え始めていた。