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第15話 泥まみれの天使と飄々たる顧問

 忘れられた温室の再生作業は、僕たちの予想以上に大変だった。


 数日かけて、ようやく温室内の瓦礫やゴミの撤去、床の掃除が終わったけれど、問題は山積みだ。割れたガラスの交換、壊れた棚の修理、そして何より、植物を育てるための土壌の整備……。


「うーん……。この割れたガラス、どうしようか。危ないし、早く交換したいけど……」


 大きくひび割れた窓ガラスを見上げながら呟くと、つむぎも困った顔で頷く。


「学校の用務員さんに頼めば交換してくれるかな……? でも、こんな古い温室のガラス、予備があるかどうか……」

「費用だって、かかるかもしれませんわ。まあ、わたくしが立て替え……いえ、寄付して差し上げてもよろしくてよ?」


 西園寺さいおんじさんが、当然のように言う。彼女にとっては、はした金なのかもしれないけれど……。


「いや、それはさすがに……。部の活動だし、自分たちでなんとかしないと」


 僕が遠慮すると、彼女は少し不満そうに唇を尖らせた。


「土も……このままじゃ、ダメみたいです……。栄養が、全然ない……。肥料とか、新しい土とか、必要……です」


 小鳥遊たかなしさんが、温室の土を手に取りながら、申し訳なさそうに言う。彼女は、この数日で土や植物に関する知識を存分に発揮してくれていて、今やこの再生計画の司令塔のような存在だ。


「肥料かぁ……。学校の予算で買えるかな……」

「悠人くん、大変そうだね……。はい、これ飲んで元気出して!」


 甘粕あまかすさんが、水筒に入れた冷たい麦茶(もちろん手作り)を差し出してくれる。こういう気遣いは、本当にありがたい。

 ……ただ、僕にだけじゃなくて、他のメンバーにも配ってくれると、もっと嬉しいんだけど……。


 必要なものリストを洗い出していくと、思った以上に費用と手間がかかることが分かってきた。部の予算なんて、あってないようなものだし、どうしたものか……。僕たちが頭を悩ませていると。


「あらあら、皆さん、ずいぶんと熱心ですねぇ」


 不意に、背後から聞き慣れた、どこか飄々とした声が聞こえた。

 振り返ると、そこには、マグカップ片手に、面白そうな表情でこちらを見ている担任の桐島きりしま先生が立っていた。


「桐島先生! どうしてここに……?」

「んー? ちょっと散歩してたら、何やら楽しそうな声が聞こえたものですから。よろず相談部の皆さん、こんなところで油を売っていたんですか?」


 先生は、荒れ果てた(それでも少しはマシになった)温室を見回して、にこりと笑う。


「油じゃなくて、温室の再生作業です! 活動実績作りのために!」


 紬が、少しむきになって説明する。


「へぇ、温室再生ですか。それはまた、大きく出ましたねぇ」


 先生は、感心したような、からかうような、どちらとも取れない口調で言う。


「それで? 何かお困りのようですが」

「それが……必要なものが色々あって……。ガラスとか、土とか、肥料とか……」


 正直に話すと、先生は「ふむふむ」と頷きながら、マグカップのコーヒーを一口飲んだ。


「なるほど。つまり、資金と資材が足りない、と。よくある話ですね」

「そ、それを何とかしたくて……」

「でしたら、まずは『あるもの』を最大限に活用することを考えてみては?」


 先生は、人差し指を立てて、にっこりと笑う。


「あるもの……ですか?」

「ええ。例えば……そうですねぇ、学校には使われなくなった古い道具や、他の部活が余らせている資材、なんてものが眠っているかもしれませんよ? それに、知識や技術だって立派な『あるもの』です。小鳥遊さんの植物の知識、西園寺さんのお家の力(?)、甘粕さんのお料理の腕前、桜井さんのその……えーっと、元気?」


 最後、ちょっと適当じゃなかったですか、先生……。紬がジト目で先生を見ている。


「まあ、要するに、無いものを嘆く前に、自分たちの持っているもの、周りにあるものをよく見渡してみなさい、ということです。意外なところに、解決の糸口が転がっているかもしれませんよ?」


 先生はそれだけ言うと、「では、私はこれで」と、またひらひらと手を振って去っていこうとする。


「あ、先生! その……ありがとうございます!」


 慌てて礼を言うと、先生は肩越しに振り返り、悪戯っぽく笑った。


「どういたしまして。まあ、せいぜい頑張ってくださいな、部長さん? この活動が、本当に『実績』になるかどうかは……あなたたち次第、ですからね」


 意味深な言葉を残して、先生は今度こそ去っていった。嵐のような人だ……。


「……『あるもの』を、活用、か……」


 紬が、先生の言葉を反芻するように呟く。


「学校に眠ってる道具……。用務員さんに聞いてみようか?」

「古い土も……工夫すれば、再生できるかも……しれません」


 小鳥遊さんも、何か思いついたようだ。


「わたくしのおうちに、使っていない園芸用具くらいなら、あるかもしれませんわね……。じいや・・に確認してみますわ」


 西園寺さんまで、協力的になってくれている。


「私は、みんなのために、美味しいおやつ、いっぱい作ってくるね!」


 甘粕さんは……まあ、いつも通りだけど、それも大事なサポートだ。

 桐島先生の言葉は、僕たちに新しい視点をくれた。お金や物に頼るだけでなく、自分たちの知恵と工夫、そして周りにあるものを活かす。それこそが、よろず相談部らしいやり方なのかもしれない。


 課題は多いけれど、やるべきことが見えてきた。僕たちは、改めて顔を見合わせ、温室再生への決意を新たにするのだった。



【ヒロイン好感度(第15話終了時点 推定)】

氷川 澪: 30 / 100 

(変化なし)

甘粕 陽菜: 93 / 100

(悠人へのアピールは継続するが、他のヒロインとの共同作業に内心ストレスを感じている可能性。僅かに下降)

西園寺 麗華: 73 / 100

(部の活動への関与が深まり、具体的な協力姿勢も見せる。悠人や他のメンバーへの理解が進み、上昇)

桜井 紬: 84 / 100

(困難な状況でもリーダーシップを発揮し、皆をまとめる。悠人との協力関係も深まり、上昇)

小鳥遊 和奏: 78 / 100

(計画の中心として知識を発揮し、貢献実感を得る。悠人からの信頼も感じ、好意がさらに上昇)

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