目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第17話 再生のきざしとクールな来訪者

 僕たちの地道な努力は、少しずつ実を結び始めていた。


 あれだけ荒れ果てていた旧校舎裏の温室は、見違えるように……とはまだ言えないけれど、それでも着実に「再生」への道を歩んでいた。


 割れたガラスの代わりにアクリル板がはめ込まれ(応急処置だけど)、壊れた棚は補修され、ペンキで綺麗に塗り直された。小鳥遊たかなしさんの指導で作った堆肥のおかげで、カチカチだった土もふかふかと柔らかさを取り戻しつつある。

 そして、温室の片隅では、あの時見つけたルクリア・・・・が、以前よりも生き生きとした緑色の葉を茂らせていた。


「すごい……! 本当に綺麗になってきてる!」


 今日は、僕たちが温室で作業をしていると、噂を聞きつけたのか、親友の健太けんたが冷やかし……いや、様子を見に来てくれた。


「おー、悠人! お前、いつの間にこんな美少女ハーレム従えて、秘密基地作りなんてしてたんだよ!」

「ひ、秘密基地じゃないって! よろず相談部の活動だよ!」


 相変わらずデリカシーのないことを言う健太に、僕は慌てて反論する。


「へぇ、よろず相談部ねぇ……。で、そちらの方々は?」


 健太の視線が、一緒に作業していた紬、甘粕さん、小鳥遊さん、そして「見学中」の西園寺さんに注がれる。


「やっほー、健太! また悠人を冷やかしに来たわけ?」


 紬が、親しげに手を上げて言う。健太も「よお、紬! まあな!」と軽く返す。


「それにしても、すごいメンバーじゃん。えっと……甘粕さん、だよね? いつも悠人にくっついて……いや、仲良くしてる」


 健太が少し遠慮がちに言うと、甘粕さんは満面の笑みで一歩前に出た。


「甘粕陽菜です! 覚えててくれたんだ? 嬉しいな! 悠人くんの、カ・ノ・ジョ……なんちゃって!」

「お、おう……」


 健太が若干引き気味になっている。陽菜さんの圧は、彼にも効くらしい。


「わ、わたくしは西園寺麗華ですわ! あなたのような方とは、おそらく初めてお目にかかりますけれど?」


 麗華は、健太を一瞥して、尊大に名乗る。健太は「うわ、本物のお嬢様……」と小声で呟いている。


「あ……こ、小鳥遊……和奏……です……。……えっと、クラス、一緒、だよね……?」


 か細い声で、和奏が付け加えるように言う。健太は一瞬きょとんとした後、「あ、ああ! ごめん、小鳥遊さん……だっけ? あんまり話したことなかったから……」と少しバツが悪そうに頭を掻いた。無理もない。和奏はクラスでも本当に静かだから。


 三者三様(+極度に緊張している一人)の自己紹介に、健太は「へぇー……」と面白そうに目を細めている。


「悠人も隅に置けないねぇ。ま、頑張れよ、部長さん?」


 ニヤニヤしながら僕の肩を叩き、健太は嵐のように去っていった。……本当に、冷やかしに来ただけか。


「まったく、失礼な方ですわね、お兄様にいさまのご友人は」


 西園寺さんが、少し不愉快そうに眉をひそめる。


「まあまあ。でも、健太が見に来るってことは、少しは噂になってるのかもね、私たちの活動」


 紬が、前向きに捉えるように言う。確かに、この活動が「実績」として認められるには、他の生徒や先生に認知してもらうことも重要だ。


 そんなことを話していると、温室の入り口に、新たな人影が現れた。

 すらりとした長身。完璧に着こなされた制服。そして、感情を読み取らせない、クールな美貌。


「……氷川さん」


 思わず呟くと、その人物――氷川澪さんは、静かに温室の中へと足を踏み入れた。彼女の登場に、さっきまでの和やかな(?)空気が、一瞬で張り詰める。


「……ずいぶんと、熱心なことですわね」


 氷川さんは、再生されつつある温室の中をゆっくりと見回し、抑揚のない声で言った。その視線は、どこか値踏みするようで、僕たちの努力を評価しているのか、それとも……。


「これは、部の活動の一環、ということでよろしいのですね?」

「は、はい! その……活動実績になればと……」


 僕が答えると、氷川さんはふむ、と顎に手を当てる。


「温室の再生……ですか。確かに、成功すれば、学園への貢献とは言えるかもしれません。ですが」


 彼女の鋭い視線が、僕たち一人一人を順番に捉える。


「現状、部員は4名。まだ規定数を満たしていません。それに、この活動が本当に『実績』として認められるかは、最終的な成果を見てからの判断となります」


 相変わらず、厳しい。でも、以前のような頭ごなしの否定ではない。僕たちの活動を、一応は認めてくれている……ということだろうか。


「まあ! あなたに言われなくても、わたくしたちは必ずやこの温室を、学園一の美しい場所にしてみせますわ!」


 西園寺さんが、対抗心を燃やすように言い返す。


「あらあら、氷川さん。そんな怖い顔してると、悠人くんに嫌われちゃいますよ?」


 甘粕さんは、笑顔で毒を吐きながら、僕の腕にぎゅっとしがみつく。……やめてほしい、そういうの。


「…………」


 氷川さんは、そんな二人を一瞥しただけで、特に反応は示さない。ただ、その視線が、黙々とルクリアの手入れをしている小鳥遊さんの上に、少しだけ長く留まったような気がした。


「……期待していますわ、よろず相談部の皆さん。特に……部長さん?」


 最後に、僕に向かって意味深な言葉を残すと、氷川さんは来た時と同じように、静かに温室を後にした。

 彼女の真意は分からない。でも、僕たちの活動が、生徒会(少なくとも氷川さん個人)に注目されていることは確かだ。

 プレッシャーは感じるけれど、同時に、絶対に成功させてやる、という気持ちも強くなる。

 僕たちは、改めて顔を見合わせ、黙々と作業を再開した。美しい花が咲く、その日を夢見て。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?