僕たちの地道な努力は、少しずつ実を結び始めていた。
あれだけ荒れ果てていた旧校舎裏の温室は、見違えるように……とはまだ言えないけれど、それでも着実に「再生」への道を歩んでいた。
割れたガラスの代わりにアクリル板がはめ込まれ(応急処置だけど)、壊れた棚は補修され、ペンキで綺麗に塗り直された。
そして、温室の片隅では、あの時見つけた
「すごい……! 本当に綺麗になってきてる!」
今日は、僕たちが温室で作業をしていると、噂を聞きつけたのか、親友の
「おー、悠人! お前、いつの間にこんな美少女ハーレム従えて、秘密基地作りなんてしてたんだよ!」
「ひ、秘密基地じゃないって! よろず相談部の活動だよ!」
相変わらずデリカシーのないことを言う健太に、僕は慌てて反論する。
「へぇ、よろず相談部ねぇ……。で、そちらの方々は?」
健太の視線が、一緒に作業していた紬、甘粕さん、小鳥遊さん、そして「見学中」の西園寺さんに注がれる。
「やっほー、健太! また悠人を冷やかしに来たわけ?」
紬が、親しげに手を上げて言う。健太も「よお、紬! まあな!」と軽く返す。
「それにしても、すごいメンバーじゃん。えっと……甘粕さん、だよね? いつも悠人にくっついて……いや、仲良くしてる」
健太が少し遠慮がちに言うと、甘粕さんは満面の笑みで一歩前に出た。
「甘粕陽菜です! 覚えててくれたんだ? 嬉しいな! 悠人くんの、カ・ノ・ジョ……なんちゃって!」
「お、おう……」
健太が若干引き気味になっている。陽菜さんの圧は、彼にも効くらしい。
「わ、わたくしは西園寺麗華ですわ! あなたのような方とは、おそらく初めてお目にかかりますけれど?」
麗華は、健太を一瞥して、尊大に名乗る。健太は「うわ、本物のお嬢様……」と小声で呟いている。
「あ……こ、小鳥遊……和奏……です……。……えっと、クラス、一緒、だよね……?」
か細い声で、和奏が付け加えるように言う。健太は一瞬きょとんとした後、「あ、ああ! ごめん、小鳥遊さん……だっけ? あんまり話したことなかったから……」と少しバツが悪そうに頭を掻いた。無理もない。和奏はクラスでも本当に静かだから。
三者三様(+極度に緊張している一人)の自己紹介に、健太は「へぇー……」と面白そうに目を細めている。
「悠人も隅に置けないねぇ。ま、頑張れよ、部長さん?」
ニヤニヤしながら僕の肩を叩き、健太は嵐のように去っていった。……本当に、冷やかしに来ただけか。
「まったく、失礼な方ですわね、
西園寺さんが、少し不愉快そうに眉をひそめる。
「まあまあ。でも、健太が見に来るってことは、少しは噂になってるのかもね、私たちの活動」
紬が、前向きに捉えるように言う。確かに、この活動が「実績」として認められるには、他の生徒や先生に認知してもらうことも重要だ。
そんなことを話していると、温室の入り口に、新たな人影が現れた。
すらりとした長身。完璧に着こなされた制服。そして、感情を読み取らせない、クールな美貌。
「……氷川さん」
思わず呟くと、その人物――氷川澪さんは、静かに温室の中へと足を踏み入れた。彼女の登場に、さっきまでの和やかな(?)空気が、一瞬で張り詰める。
「……ずいぶんと、熱心なことですわね」
氷川さんは、再生されつつある温室の中をゆっくりと見回し、抑揚のない声で言った。その視線は、どこか値踏みするようで、僕たちの努力を評価しているのか、それとも……。
「これは、部の活動の一環、ということでよろしいのですね?」
「は、はい! その……活動実績になればと……」
僕が答えると、氷川さんはふむ、と顎に手を当てる。
「温室の再生……ですか。確かに、成功すれば、学園への貢献とは言えるかもしれません。ですが」
彼女の鋭い視線が、僕たち一人一人を順番に捉える。
「現状、部員は4名。まだ規定数を満たしていません。それに、この活動が本当に『実績』として認められるかは、最終的な成果を見てからの判断となります」
相変わらず、厳しい。でも、以前のような頭ごなしの否定ではない。僕たちの活動を、一応は認めてくれている……ということだろうか。
「まあ! あなたに言われなくても、わたくしたちは必ずやこの温室を、学園一の美しい場所にしてみせますわ!」
西園寺さんが、対抗心を燃やすように言い返す。
「あらあら、氷川さん。そんな怖い顔してると、悠人くんに嫌われちゃいますよ?」
甘粕さんは、笑顔で毒を吐きながら、僕の腕にぎゅっとしがみつく。……やめてほしい、そういうの。
「…………」
氷川さんは、そんな二人を一瞥しただけで、特に反応は示さない。ただ、その視線が、黙々とルクリアの手入れをしている小鳥遊さんの上に、少しだけ長く留まったような気がした。
「……期待していますわ、よろず相談部の皆さん。特に……部長さん?」
最後に、僕に向かって意味深な言葉を残すと、氷川さんは来た時と同じように、静かに温室を後にした。
彼女の真意は分からない。でも、僕たちの活動が、生徒会(少なくとも氷川さん個人)に注目されていることは確かだ。
プレッシャーは感じるけれど、同時に、絶対に成功させてやる、という気持ちも強くなる。
僕たちは、改めて顔を見合わせ、黙々と作業を再開した。美しい花が咲く、その日を夢見て。