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第18話 色づき始めた僕たちの場所

 旧校舎裏の忘れられた温室は、僕たちの手によって、少しずつ、しかし確実に息を吹き返していた。

 あれからさらに数週間。小鳥遊たかなしさんの計画に基づいて土壌改良を進め、倉庫で見つけた木材で棚を直し、西園寺さいおんじさんが持ってきてくれた(実用的な方の)道具を使って、みんなで協力して作業を続けた結果、温室の中は驚くほど綺麗になっていた。


「よし、これで最後かな!」


 新しく買ってきた色とりどりの花の苗を植え終えると、隣で手伝ってくれていたつむぎが満足そうに額の汗を拭う。パンジー、ビオラ、マリーゴールド……まだ小さな苗だけど、これからここで根を張り、綺麗な花を咲かせてくれるはずだ。


「まあ、ずいぶんと見違えましたわね。わたくしが手を貸して差し上げた甲斐があったというものですわ」


 近くの(綺麗に掃除した)ベンチに腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいた西園寺さんが、どこか得意げに言う。……まあ、彼女が細かい部分のレイアウトや色の配置に的確な指示(上から目線だけど)をくれたおかげで、見栄えが格段に良くなったのは事実だ。


「ふふん、悠人くんのために、私が一番頑張ったんだからね!」


 すかさず甘粕あまかすさんが、僕の腕に抱きついてアピールしてくる。彼女が毎回持ってきてくれる美味しい差し入れと、意外なほどの力仕事への貢献(悠人に良いところを見せたい一心?)がなかったら、作業はもっと大変だっただろう。


「……みんな、すごい、です……」


 少し離れた場所で、温室の主とも言えるルクリア・・・・の鉢に、優しく水をやっていた小鳥遊さんが、ぽつりと呟いた。

 彼女の表情は、以前のような不安げなものではなく、確かな自信と喜びに満ちているように見えた。この温室再生計画は、彼女にとっても大きな一歩になったはずだ。


 僕たちは、作業の手を止め、改めて生まれ変わった温室を見回した。

 綺麗に整えられた土の上には、これから育っていくたくさんの苗。壁際には、補修され、ペンキで明るく塗り直された棚が並び、そこには使い古しながらも手入れされた園芸用具が整然と置かれている。窓から差し込む西日が、キラキラと床に反射している。まだ完成ではないけれど、そこはもう、ただの廃墟ではなかった。僕たち自身の「場所」として、温かい命が宿り始めている。


「すごい……。本当に、綺麗になった……」


 思わず、感嘆の声が漏れる。


「でしょ? みんなで頑張ったんだもん!」


 紬が、僕の隣に来て、誇らしげに胸を張る。


「あとは、この子たちが元気に育って、花を咲かせてくれれば……活動実績としても、十分アピールできるんじゃないかな」

「そうですわね。これならば、生徒会の方々も、認めざるを得ないでしょう」


 西園寺さんも、満足そうに頷いている。


「やったね、悠人くん! これで廃部回避だね!」


 甘粕さんが、満面の笑みで僕の手を握る。

 そうだ……。この温室再生が認められれば、活動実績の条件はクリアできるかもしれない。あとは、部員数……。


「あの……西園寺さんは……」


 意を決して彼女の方を見ると、西園寺さんはふい、と顔を背けた。


「……べ、別に、わたくしはまだ『見学』の身ですわ。あなたたちの活動が、わたくしの眼鏡に適うかどうか、もう少し見極めさせていただきませんと」


 相変わらず素直じゃない。でも、その横顔は、まんざらでもなさそうに見えた。彼女が正式に入部してくれる日も、そう遠くないのかもしれない。


 それにしても……。最初は僕一人だった、このよろず相談部。それが今では、世話焼きな幼馴染、重すぎる愛情のクラスメイト、引っ込み思案だけど芯の強い才能、そして超がつくほどのお嬢様(見学中)……こんなにも個性的で、賑やかな仲間が集まってくれた。

 みんなで力を合わせれば、どんな困難だって乗り越えられる。そんな、少しだけ青臭いかもしれないけれど、確かな実感が、僕の胸を満たしていた。


 夕日に美しく照らし出された温室を眺めながら、僕たちは、言葉もなく、ただ静かな達成感を分かち合っていた。部の存続、麗華さんの正式入部、そして間近に迫った定期考査……課題はまだ山積みだ。それでも、僕たちの「場所」は、確かに色づき始めていた。


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