僕たちの手で再生された温室は、日に日に彩りを増していった。
植えたばかりの花の苗はしっかりと根付き、
しかし、そんな達成感に浸っていられる時間は、あまり長くはなかった。
気がつけば、
部の存続条件は、「部員5名」と「活動実績」。温室再生という大きな実績はできた(と、僕たちは信じている)。残るは、部員数。現在、正式な部員は、僕、
「はぁ……。やっぱり、勉強しないと……」
放課後の部室。珍しく、みんな机に向かって教科書やノートを広げている。考査前ということで、さすがに部活動(温室の手入れは交代で続けているけれど)は少し控えめにして、今日は自主的な勉強会が開かれていた。まあ、言い出しっぺは、僕と紬なんだけど。
「悠人、ここの数Ⅱ、全然わかんない……教えて?」
隣の席の紬が、困った顔でノートを突きつけてくる。僕も数学は得意じゃないんだけど……。
「えっと……これは、まずこの公式を使って……」
「ふーん……なるほどね!」
拙い説明でも、紬はすぐに理解してくれる。さすがだ。
「悠人くん、こっちも教えてほしいなー! ね?」
反対隣では、甘粕さんが頬杖をついて、ノートではなく僕の顔をじっと見つめている。……勉強する気、あるんだろうか。
「え、えっと、どこが分からないんだい?」
「んー? 全部?」
「ぜ、全部って……」
苦笑いしながらも、基本的なところから説明を始める。甘粕さんは、「悠人くんの声、落ち着くなぁ」なんて言いながら聞いているけれど、内容は頭に入っているのかどうか……。
少し離れた席では、小鳥遊さんが、小さな声で「うーん……」と唸りながら、英語の教科書と格闘していた。彼女は、好きなことへの集中力はすごいけれど、苦手な科目はかなり苦労しているようだ。
「あの……
そして、ソファで優雅に参考書(分厚くて難しそうなやつ)を読んでいた西園寺さんに、僕は恐る恐る声をかけてみた。彼女は一年生だけど、進学校であるこの学園の考査は、それなりに難しいはずだ。
「ふん。お兄様、わたくしを誰だとお思いですの? この程度の試験、赤子の手をひねるようなものですわ」
彼女は、ぱたんと参考書を閉じて、自信満々に言い放つ。……本当だろうか。でも、彼女のことだから、基礎学力は相当高いのかもしれない。
「……ただ」と、彼女は少しだけ声を潜めて付け加えた。
「その……現代社会、とかいう科目の……『庶民の一般的感覚』を問うような設問は、少々、解釈に苦慮いたしますけれど……」
やっぱり、苦手な分野もあるらしい。そのギャップが、なんだか少しだけ可愛く思えてしまう。
そんな風に、それぞれのペースで勉強を進めていると、紬がふと思い出したように言った。
「そういえばさ、麗華ちゃん」
「なんですの、桜井さん」
「試験が終わったら……その、よろず相談部、正式に入ってくれる……んだよね?」
核心を突く質問に、部室の空気が一瞬だけ、ぴんと張り詰める。僕も、甘粕さんも、小鳥遊さんも、固唾を飲んで西園寺さんの返事を待つ。
「…………」
西園寺さんは、しばらく黙って紅茶を飲んでいたが、やがて、ふいと顔を背けて言った。
「……わたくしは、まだ『見学』の身だと言っているでしょう。部の存続が決まり、かつ、お兄様が……その、わたくしに相応しい活動を用意できるというのなら……考えて差し上げなくも、ありませんけれど」
素直じゃない返事。でも、その言葉の裏には、前向きな気持ちが隠れているような気がした。試験の結果と、生徒会の最終判断次第、ということだろうか。
僕たちの未来は、この考査と、その後の生徒会の判断にかかっている。温室を再生させたという実績が、どう評価されるのか。そして、西園寺さんは、最終的にどうするのか……。
不安と期待が入り混じる。でも、今はただ、目の前の試験に集中するしかない。
僕たちは、それぞれの課題と向き合いながら、静かに、だけど確かな決意を胸に、ペンを走らせるのだった。