目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第19話 試験前夜とそれぞれの課題

 僕たちの手で再生された温室は、日に日に彩りを増していった。

 植えたばかりの花の苗はしっかりと根付き、小鳥遊たかなしさんが丹精込めて世話をしているルクリア・・・・も、新しいつぼみをつけ始めている。その美しい光景は、僕たちの努力が報われた証であり、ささやかな誇りだった。


 しかし、そんな達成感に浸っていられる時間は、あまり長くはなかった。


 気がつけば、氷川ひかわさんが提示した期限――第一回定期考査が、もう目前に迫っていたのだ。

 部の存続条件は、「部員5名」と「活動実績」。温室再生という大きな実績はできた(と、僕たちは信じている)。残るは、部員数。現在、正式な部員は、僕、つむぎ甘粕あまかすさん、そして小鳥遊さんの四人。あと一人……。


「はぁ……。やっぱり、勉強しないと……」


 放課後の部室。珍しく、みんな机に向かって教科書やノートを広げている。考査前ということで、さすがに部活動(温室の手入れは交代で続けているけれど)は少し控えめにして、今日は自主的な勉強会が開かれていた。まあ、言い出しっぺは、僕と紬なんだけど。


「悠人、ここの数Ⅱ、全然わかんない……教えて?」


 隣の席の紬が、困った顔でノートを突きつけてくる。僕も数学は得意じゃないんだけど……。


「えっと……これは、まずこの公式を使って……」

「ふーん……なるほどね!」


 拙い説明でも、紬はすぐに理解してくれる。さすがだ。


「悠人くん、こっちも教えてほしいなー! ね?」


 反対隣では、甘粕さんが頬杖をついて、ノートではなく僕の顔をじっと見つめている。……勉強する気、あるんだろうか。


「え、えっと、どこが分からないんだい?」

「んー? 全部?」

「ぜ、全部って……」


 苦笑いしながらも、基本的なところから説明を始める。甘粕さんは、「悠人くんの声、落ち着くなぁ」なんて言いながら聞いているけれど、内容は頭に入っているのかどうか……。


 少し離れた席では、小鳥遊さんが、小さな声で「うーん……」と唸りながら、英語の教科書と格闘していた。彼女は、好きなことへの集中力はすごいけれど、苦手な科目はかなり苦労しているようだ。


「あの……西園寺さいおんじさんは……勉強、大丈夫?」


 そして、ソファで優雅に参考書(分厚くて難しそうなやつ)を読んでいた西園寺さんに、僕は恐る恐る声をかけてみた。彼女は一年生だけど、進学校であるこの学園の考査は、それなりに難しいはずだ。


「ふん。お兄様、わたくしを誰だとお思いですの? この程度の試験、赤子の手をひねるようなものですわ」


 彼女は、ぱたんと参考書を閉じて、自信満々に言い放つ。……本当だろうか。でも、彼女のことだから、基礎学力は相当高いのかもしれない。


「……ただ」と、彼女は少しだけ声を潜めて付け加えた。

「その……現代社会、とかいう科目の……『庶民の一般的感覚』を問うような設問は、少々、解釈に苦慮いたしますけれど……」


 やっぱり、苦手な分野もあるらしい。そのギャップが、なんだか少しだけ可愛く思えてしまう。


 そんな風に、それぞれのペースで勉強を進めていると、紬がふと思い出したように言った。


「そういえばさ、麗華ちゃん」

「なんですの、桜井さん」

「試験が終わったら……その、よろず相談部、正式に入ってくれる……んだよね?」


 核心を突く質問に、部室の空気が一瞬だけ、ぴんと張り詰める。僕も、甘粕さんも、小鳥遊さんも、固唾を飲んで西園寺さんの返事を待つ。


「…………」


 西園寺さんは、しばらく黙って紅茶を飲んでいたが、やがて、ふいと顔を背けて言った。


「……わたくしは、まだ『見学』の身だと言っているでしょう。部の存続が決まり、かつ、お兄様が……その、わたくしに相応しい活動を用意できるというのなら……考えて差し上げなくも、ありませんけれど」


 素直じゃない返事。でも、その言葉の裏には、前向きな気持ちが隠れているような気がした。試験の結果と、生徒会の最終判断次第、ということだろうか。


 僕たちの未来は、この考査と、その後の生徒会の判断にかかっている。温室を再生させたという実績が、どう評価されるのか。そして、西園寺さんは、最終的にどうするのか……。

 不安と期待が入り混じる。でも、今はただ、目の前の試験に集中するしかない。

 僕たちは、それぞれの課題と向き合いながら、静かに、だけど確かな決意を胸に、ペンを走らせるのだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?