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第20話 試験の終わりと審判の足音

 長かったような、短かったような……第一回定期考査の全日程が、ついに終了した。

 最後の試験が終わった瞬間、教室のあちこちから解放感に満ちた歓声や、疲労困憊のため息が漏れる。僕も、大きく息を吐き出した。正直、手応えがあったかと言われると微妙な科目もあるけれど……とにかく、終わった。


「お疲れー、悠人!」

「お疲れ様、紬。どうだった?」

「んー、まあまあかな! 赤点はないと思うけど!」


 教室で合流したつむぎは、いつもの快活な笑顔だ。


「悠人くん、お疲れ様! 試験中も、悠人くんのことばっかり考えちゃった!」


 隣に来た甘粕あまかすさんが、甘えた声で僕の腕に絡みついてくる。……それで試験は大丈夫だったんだろうか。


 僕たちは、自然といつもの部室へと足を向けた。途中、一年生の教室の前を通ると、ちょうど西園寺さいおんじさんが出てくるところだった。彼女も、試験が終わったところらしい。


お兄様にいさま。お疲れ様ですわ」

「西園寺さんも、お疲れ様。試験、どうだった?」

「ふん。わたくしにかかれば、造作もないことですわ。……まあ、現代社会の『若者のSNS利用に関する意識調査』の結果を考察する問題は、少々、時間を要しましたけれど」


 やっぱり、苦手な分野はあったらしい。それでも、自信ありげな表情は崩さない。


 部室には、先に着いていたらしい小鳥遊たかなしさんが、窓の外をぼんやりと眺めていた。


「小鳥遊さん、お疲れ様」

「あ……来栖、くん……。お疲れ様、です……」


 彼女も、試験が終わってほっとしているようだ。少しだけ、表情が柔らかい。


 こうして、久しぶりに(と言っても数日ぶりだけど)よろず相談部のメンバー(+見学者一名)が、試験という一つのハードルを乗り越えて部室に集結した。


「はー、やっと終わったねー!」


 紬が、ソファにどさっと座り込んで大きく伸びをする。


「これで、心置きなく温室の手入れができるね!」

「そうですわね。わたくしが目を光らせていないと、すぐに手抜きをするでしょうから」

「私は、悠人くんのためのお菓子作りに集中できるかな!」

「…………(こくり)」


 小鳥遊さんも、静かに頷いている。

 温室再生という共通の目標が、僕たちの間には確かにあった。でも……。


「……部の存続、どうなるかな」


 ぽつりと呟く。


 それまで漂っていた解放感に一気に緊張の色が混じる。

 そうだ。試験が終わったということは、氷川ひかわさんが提示した期限が来た、ということでもある。僕たちの活動実績(温室再生)と、部員数……。


「大丈夫だよ、悠人! あれだけ頑張ったんだもん! きっと認めてもらえるって!」


 紬が、励ますように僕の肩を叩く。


「そうですよ、お兄様。わたくしたちの再生した温室の美しさを見れば、いかなる者でも文句はつけられませんわ」

「それに……もし、部員数が足りないというのなら……」


 西園寺さんが、少しだけ言い淀んだ後、意を決したように、僕をまっすぐに見つめて言った。


「わたくしが……正式に、入部して差し上げても……よろしくてよ?」


 その言葉に、僕たちは息を呑んだ。ついに……!


「ほ、本当かい、西園寺さん!?」

「ええ。お兄様が部長を務める部ですもの。わたくしが支えて差し上げませんと」


 ふふん、と彼女は少しだけ頬を染めながら、誇らしげに胸を張る。素直じゃないけど、彼女なりの最大限の意思表示だ。これで、部員は5人。条件の一つはクリアした!


「やったー! これで大丈夫だね、悠人くん!」


 甘粕さんが、僕の手を握って喜ぶ。小鳥遊さんも、隣で嬉しそうに微笑んでいる。

 あとは、活動実績が認められるかどうか……。生徒会、特に氷川さんの判断次第だ。

 僕たちが、期待と不安の入り混じった表情で顔を見合わせていると。


コンコン。


 静かな、しかし有無を言わせぬようなノックの音が、部室のドアから響いた。

 僕たちの心臓が、どくりと大きく跳ねる。まさか……。


「……失礼します」


 ゆっくりとドアが開かれ、そこに立っていたのは、やはり、氷川澪さんだった。

 彼女は、いつものように無表情で、しかしその瞳には、どこか最終宣告を下すかのような、冷徹な光が宿っているように見えた。


「第一回定期考査、お疲れ様でした。……さて、よろず相談部の皆さん。約束の期限が来ましたので……」


 氷川さんは、僕たち一人一人を順番に見据え、そして……静かに口を開こうとした。『運命を決める』、その言葉が紡がれるのを、僕たちは息を詰めて待っていた。





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