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赤い耳とコーヒーの香り

 カフェの窓に、雨の名残が細く筋を引いていた。3日前、悠斗と再会したバス停の雨音が、頭の中でまだ響いてる気がする。悠斗とのやり取りを思い起こさせる雨の名残りに、胸がチクリと痛んだ。


(こんなことを考えてる場合じゃない。目の前の仕事に集中しなければ!)


 クライアントの石上さんと水族館の広告企画を話している最中に、窓際の席にスーツ姿の悠斗を見つけた。気難しそうな面持ちでノートPCを叩く姿に、胸がドキッとする。『これって運命だろ!』と内心叫び、打ち合わせを早々に切り上げた。


 石上さんを見送ったあとに、悠斗が座る窓際の席に足を運ぶ。アイツに近づく度に胸がドキドキして、痛いくらいに張り詰めていった。


「悠斗、ここでなにしてんだ?」


 声が震えないようにぶっきらぼうに切り出すと、メガネのフレームをあげた悠斗の眉間に深いシワが刻まれた。


「見ればわかるだろ、仕事」


 悠斗はいつものように端的に返すが、コーヒーカップに伸ばした手が微かに震える。メガネの奥の瞳が俺を一瞬捉えたのに、あからさまに逸らされた。


「運命じゃね? また逢えるなんてさ」


 俺はニヤニヤしながら悠斗の目の前のソファに座り、赤く染まった耳をガン見した。マジでかわいいなとしみじみ思う。


「バカか。偶然だろ」


 悠斗は素っ気ないが、カップの縁に触れる指が落ち着きなく動くと、コーヒーの香りが湯気と一緒に辺りに漂った。


「じゃあさ、連絡先教えろよ。次は偶然じゃなく逢いたい」


 テーブルの隅を掴んで頼んだ俺の押しに、悠斗が俯いたまま「勝手にしろ」と呟く。嬉々としてLINEのQRコードを表示させたスマホを差し出す手が、ほんの一瞬戸惑う。冷たい態度を貫く悠斗の気持ちが、以前と同様に俺を嫌いかもしれないと思ったら、スマホが出しにくかった。


 すると悠斗がチラッと俺を見て、すぐ目を逸らす。まるで昔の親友を気遣うように。


「陽翔、ほら」


 俺の前に差し出されたのは、悠斗のスマホ。最新機種の画面に、LINEのQRコードが表示されている。「勝手にしろ」なんて言ったクセに、俺よりも先にスマホを差し出しだすとか、そういうところがズルいんだよ。


「ホントにいいのか?」

「教えろって言ったのは君だろう? 必要ないなら」

「いる! 絶対に必要だから、ちょっと待ってくれ」


 手の中に握りしめたスマホで、悠斗の情報を慌てて入手した。嬉しくてニヤけそうになりながら、早速悠斗にLINEを送る。『よろしく』の4文字が彼のスマホに表示されたのを見、悠斗の前にスマホを返した。


「ウザかったらブロックするから、そのつもりで」


 返却されたスマホをスーツのポケットに戻し、パソコンの画面を見始めた悠斗の態度で長居は無用と察して、ソファから腰をあげる。


「またな、悠斗」


 声をかけるが返事はなく、赤い耳が嫌がってないと教えてくれる。そのことに頬を緩ませながら足取り軽くカフェを出て、スマホのLINE画面を握りしめた。


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