行きつけの居酒屋のカウンターに、焼き鳥の煙と提灯の光が揺れていた。俺はビールの泡が弾けるグラスを手に、隣にいる悠斗をチラ見する。
1週間前のカフェでのLINE交換以来、軽いやりとりを続けた。そこから約束をうまいこと取りつけ、落ち着いて対面するのは5年ぶり。学生時代の親友感を思い出す。
「悠斗、期末テストで徹夜した夜、覚えてる?」
互いの仕事が終わって、ここに集合。乾杯を終えた最初の話題に、悠斗は得意げな笑みを唇に浮かべた。あの頃、テストの成績の出来で駄菓子屋のスナックを賭けたり、どっちが長男かケンカしたっけ。
「覚えてるさ。先に寝落ちしたのは君だろ」
悠斗はツンと返すが、グラスを持つ手が微かに震える。メガネのレンズが提灯の光に反射するせいで瞳が見えず、なにを考えているのかわからない。
「えーっ、そーだっけ?」
俺はわざと笑い、悠斗の頬が赤く染まったことに目を留める。
「悠斗、酒弱いだろ? もう顔赤いぞ」
「うるさい」
わざと顔を寄せて指摘したら、悠斗は眉間にシワを寄せて口角を引きつらせた。そんなちょっとした挙動がいちいちかわいくて、ニヤつきそうになるのをごまかすべくビールを煽る。
「なぁ覚えてる? 駄菓子屋で『兄弟ケンカ』して、店のおばちゃんに笑われたの」
俺の言葉に、悠斗の瞳が一瞬柔らかくなった。きっと、当時のことを思い出したに違いない。
「懐かしいな、そんなこともあったっけ」
悠斗がポツリと呟き、メガネの奥の瞳を細めて、嬉しげにほほ笑む。その笑顔に反応するようにビールの泡がグラスに弾け、俺の胸がドキッと跳ねた。
「あの頃、毎日楽しかったよな」
軽く言ってみたものの、拒絶と捉えることもできる悠斗の冷たい態度を思い出してしまい、言葉が続かなくなってしまった。彼も同じこと考えたのか、グラスを握る手が膝に置かれた。
「陽翔、5年前……急に冷たくして悪かった」
悠斗の声はとても小さく、メガネの奥の瞳がゆらゆら揺れる。このまま泣くんじゃないかと焦って、営業で使ってるサービススマイルを滲ませて、大げさに目を丸くしてみせた。
「確かにさ、あのときはマジでビックリした」
俺はグラスを置いてさらに笑い、なんでもないのを示すように肩を竦める。
「俺、いろいろあって」
「大変だったんだな。俺は大丈夫だ!」
本当は聞きたかった。高校時代のあのとき、なにがあったのか。でも悠斗の眉間に寄ったシワがつらそうで、俺はまたふざけた顔で笑うことしかできなかった。
「大丈夫じゃなかったクセに……」
悠斗は俺から顔を背け、メガネを持ち上げて涙を拭う。カウンターの向こう側から、店員の明るい笑い声が響いた。
「ほら、もっと飲めよ」
俺は悠斗のグラスにビールをなみなみ注ぎ、肩を軽く叩く。悠斗が「勝手に注ぐな」と声を尖らせたが、肩の力が抜けてるのが手のひらに伝わった。
一緒にビールに口をつけると、屋根に当たる雨音が耳に聞こえてきた。どうやら外は、また雨が降り始めたらしい。俺は隣でほほ笑む悠斗の笑顔を焼きつけながら、キズついた彼の心を癒す存在になろうと決意したのだった。