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雨音と傘の気遣い

 あれから悠斗は途中でソフトドリンクを飲み、俺は瓶ビールを3本飲み干した。


「誰かさんのご指導で、毎日天気予報を見るようになったからな。傘だって持ってきてる!」


 自慢げに言い放つと、悠斗から借りた折りたたみ傘を鞄から取り出し、先に居酒屋を出る。悠斗も手早く傘を差して外に出た。


 パラパラ振る小雨は俺たちの傘に当たり、無言でいる間のBGMになる。


「悠斗はこのまま帰るのか?」

「そのつもりだ」

「実は俺んチ、この近くなんだ」


 LINEのやり取りから一歩進みたい――そう考えた俺は、自宅近くの馴染みの居酒屋を集合場所にした。


「陽翔の家……」


 いつもより低い声で呟き、俺の顔を見る悠斗の表情が真顔だったので、考えが見透かされたと咄嗟に思った。メガネの奥から鋭い視線が刺さった気がして、冷や汗をかく。


「のっ飲んだ勢いで、変なこと思ってねぇよ!」


(雨が降ってるのに、傘と一緒に両腕を振って弁解じみたことをする俺、すごくカッコ悪い!)


「バカか……」

「あっ、はい。バカみたいだな」


 5年振りに大好きだった悠斗と再会して、偶然仕事中にも逢えただけじゃなく、連絡先も交換できた。そこからこうして酒を飲むことが叶い、浮かれないヤツがいるだろうか。


「陽翔の家、どこなんだ?」

「へっ?」


 自宅を訊ねられるとは思いもよらず、傘を下ろしたまま呆けてしまった。そんな俺に悠斗は自分の傘を差し出し、俺が濡れないように施す。近寄ったことを意識したら、悠斗は息を飲んですぐに目を逸らした。


「なにやってるんだ。酒を飲んで体を冷やしてるのに、雨に当たったら風邪を引く」

「悪い、悠斗に家を聞かれるとは思わなくて」


 震える手で傘を持ち上げたら、悠斗は大きく一歩引き下がって俺と距離をとる。


「外観を見たら帰る。それだけ」


 俯いて返事をした悠斗の表情はわからない。だけどいつもより早口な返事は、なにかに動揺している証拠なワケで。


「わかった。ここの路地を真っ直ぐ歩いてだな」


 学生時代のやり取りを思い起こさせるそれがすごく楽しくて、ムダにはしゃいでしまう。


「陽翔、傘をくるくる振り回すな。しずくが飛んでくる。冷たい!」


 隣じゃなく、ほんの少しだけ後ろを歩く悠斗は、ギャンギャン喚き散らすが、今の俺にはそれすら嬉しいことだった。


「突き当たりを右に曲がって、二本目を左に曲がると俺の住むアパートに到着だ」


 悠斗の苦情をスルーして歩き続けると、あっという間にアパートに着いてしまった。


「最寄りの駅に近くて、いい場所だな」


 ムダを嫌う悠斗らしい感想。物珍しそうにアパートを見上げる横顔に、思いきって告げる。


「今度、ウチに遊びに来いよ」

「ああ。今日はここまで。それじゃ」

「悠斗……」


 伸ばした俺の腕に、悠斗の傘がスッと入り込む。悠斗を掴みかけた俺の行動に、無言で「これ以上は来るな」と告げられた気がして、空を掴んだ手のひらは雨粒を拾うしかなかった。


 どんどん小さくなる後ろ姿を、いつまでも見送る。手のひらの雨が蒸発するように、悠斗を待ち続けた俺の心は、さらに熱をはらんだのだった。

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