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ソファの距離と髪の温もり

 俺の住んでるアパートは、最寄り駅から徒歩5分くらいの位置にある。ここまですんなり来た悠斗は、玄関で靴を几帳面に揃えた。


「礼儀正しいことで」

「うるさい。お邪魔します」


 居酒屋帰りの「遊びに来いよ」から数日、LINEでSFアクション映画をしつこく提案した。俺のしつこさに根負けしたのか、渋々来たのが悠斗の表情に現れていた。


「まとまりのない部屋だな」


 悠斗は苛立ったようにメガネのフレームを押し上げ、趣味で集めてるスニーカーと音楽CDが散らかる部屋を一瞥する。


「バス停で永久貸与された悠斗の傘のおかげで、営業先で濡れずに済んでる。サンキューな」

「はっ、今頃礼かよ」


 笑ってソファに腰かけたら、悠斗が少し離れて座る。ソファの軋む音が室内に妙に響いた。


 ほどなくして映画が始まる。爆音のSFアクション、ブレードランナーっぽい世界。こういう世界観が好みなのを知っていたゆえに、この作品をチョイスした。


「怖えシーン来るけど大丈夫か?」


 からかいながら肩をぶつけた。ほんのちょっとの接触だったが肩が触れた瞬間、悠斗はビクッと体を震わせる。


「子どもみたいなことをするな」


 怒った口調で言われたものの、頬と耳が赤く染まっていて、照れているのが明らかだった。


 その後、互いに映画に集中。微妙な距離感を保ったまま映画のクライマックス、感動シーンで俺は思わず呟く。


「悠斗、昔もこうやって映画見たよな。部活のない、テスト期間前にこっそりと」


 あの頃はまだ、俺たちは仲良く並んでいた。今のような距離感がなく、素直に笑い合えたんだ。


「覚えてる」


 悠斗の声はとても小さく、画面に見入るメガネの奥の瞳が僅かに揺れた。それだけでソファの距離が、急に近く感じる。


「悠斗、俺さ――」


 告白が喉まで出かかるが、映画の派手なエンディングがかかる中では気まずさが先行して、言葉が宙を舞った。俺に声をかけられた悠斗はこっちを見、訝しげに首を傾げる。


 悠斗が着ている、ストライプ柄の入ったお洒落なシャツは、きちんとアイロンがかけられているのがわかるくらいにピシッとしているし、パンツだってシワがひとつもない。目につくのは――。


「髪、なんか乱れてんな」


 言いかけた告白をごまかそうと、腕を伸ばして悠斗の襟足の髪を撫でたら、目の前の顔全部がぶわっと赤くなった。


「バカ、やめろ!」


 俺の手首を慌てて掴んで、力まかせに放り投げる。悠斗に強く掴まれた手首を確かめるように、俺はそこを握りしめた。


「悠斗、ごめん。嫌いな俺に触れられたくなかったよな」


 静まり返る室内。映画はとうに終わってしまい、時計の秒針が時を刻む音だけが聞こえる。悠斗は思いっきり顔を逸らしながら「クソっ、なにが正解なんだ」と呟いた。


「どうした?」


 距離を詰めたらもっと嫌われると考え、悠斗の心を慮る感じで訊ねると、横目で俺の顔を見たまま口を開く。


「次は俺の家な」

「は?」

「映画を見せてくれたお礼。次は俺の家に来い」


 そのセリフで、俺の胸がドクンと跳ねた。


「悠斗の家、行ってもいいのか?」


 ソファから腰を上げて、慌ただしく帰り支度を始めた悠斗の背中に問いかけた。もう少しだけ一緒にいたいのに、言い訳みたいなムダな言葉ばかり頭に浮かんで、引き止められない自分がすごく情けない。


「ああ。映画おもしろかった」


 本当は具体的に、どこがおもしろかったのかを聞きたかった。それなのに逃げるように玄関に向かう背中に追いすがる勇気が出ない。さて、どうするかな。


「悠斗この後、どっかに行くのか?」


 揃えた靴をスムーズに履いた悠斗が振り返る。


「駅前の本屋に寄って帰る」

「奇遇だな。俺も本屋に用事があるんだ。一緒に行くか!」


 とってつけた感じが満載だったが、悠斗は突っ込むことなく、そのまま一緒に本屋に行くことになった。

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