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夕暮れとあたたかい手

 店内に流れる、穏やかな曲調のクラシックは大変居心地が良く、棚の間から本屋独特の匂いが辺りに漂っていた。俺は適当に抜き出した文庫本をパラパラ捲りながら、傍にいる親友をチラ見する。


「悠斗、まだラノベにハマってんの?」


 どんな本を読んでいるのか気になり、悠斗が手に持つ本の背表紙を覗く。狭い通路で肩が触れ、悠斗がビクッと体を震わせて横移動した。


「ふん、悪くないだろ」


 悠斗はいつも通りツンと返すが、メガネの奥の瞳が動揺した感じで揺れる。指先で本の角を撫でる仕草が、妙に心をくすぐった。


「5年経っても変わらないんだな」


 ニヤニヤしながらわざと近づき、悠斗の耳が赤くなるのを見つめた。


「今読んでる本、俺が買ってやろうか? 傘をくれたお礼に」

「自分で買うからいい」


 不機嫌そうにそっぽを向くが、目の下と耳を赤く染めたまま、脇に挟んでいた本を棚に戻し、俺の横をすり抜ける瞬間、悠斗の袖が軽く擦れた。まるで、かまってくれと言わんばかりに。


 それに気を良くした俺は、悠斗を駅前の公園に誘った。ベンチに並んで座ると、夕暮れの光が木々の間を柔らかく染める。悠斗が本の袋を意味なく握り、ポツリと呟く。


「あの頃、急に冷たくして、陽翔に悪いことした」

「居酒屋で謝ったのに、もういいって」


 蒸し返された暗い話題を無にしようと、俺は屈託なく笑ったのに、悠斗のかけたメガネの奥が曇る。


「親の離婚で余裕がなかった。どうすればいいか、わからなくて」

「そうか。大変だったんだな」


 悠斗の声は小さく、ベンチの冷たい感触が背中に刺さる。5年前の冷たい態度が、急に重みを帯びた気がした。


「悠斗」


 俺は語気を強めて、袋を握る華奢な手に自分の手を重ねた。悠斗が驚いて目を見開き、体を強ばらせるが逃げない。


「俺、傷ついたお前を支えたい。ダメか?」

「ほっとけ、バカ」


 悠斗は視線を逸らし、赤い耳を隠すように髪をかき上げる。でも重なった悠斗の手から緊張感が抜け、くるりと向きを変えて、やんわりと俺の手を握り返してくれた。


「……陽翔と見る夕焼け、嫌いじゃない」

「俺も同じ気持ちだ」


 夕暮れの光が、5年間の空白を優しく包む。握った手のぬくもりが、沈む夕日よりも確かにあたたかくて、次はもう離さないと心に決めた。遠くの雲が雨の気配をそっと囁き、悠斗を待ち続けたあの日を思い起こさせる。

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