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エピローグ 晴れた日の約束

 晴れて悠斗と恋人になってからの日々は、まるで夢の続きみたいに甘くて、とても優しい。5年前、卒業式の日に沈んでいた俺に「安心していいんだよ」と教えてやりたくなるくらい、今の俺は幸せだった。けれど――。


「ねぇ陽翔」


 ベッドに仰向けで寝ている俺の足に自分の足を絡ませ、ピッタリと体をくっつける悠斗が耳元で囁いた。その声は少しくぐもっていて、甘えるようなトーンが混ざっている。


(冬ならいい。でも夏場の今は体温がやたら高い悠斗に抱きつかれたままだと、さすがに暑いな)


 エアコンの温度を下げようか考えていると。


「陽翔ってば!」


 いきなり耳たぶを抓られて、思わず顔をしかめた。


「なんだよ、うるさいな」

「今日泊まってく」

「わかった。おやすみ」


 そう言って目を閉じた。悠斗の勤務先が少し遠いせいで、ウチから通うといつもより早起きになるのが少しだけキツい。だから今日も早く寝たい……のに。


(今日で連続3日目のお泊まりになるが、疲れてないのかなコイツ)


 付き合ってからというもの、互いの自宅を行き来するようになった。特に、俺のアパートに泊まることが多いのだが。


「陽翔、聞いてる?」

「んー、ちゃんと聞いてる」


 まぶたの奥で、悠斗の声だけが心地よく響いている。


「実はさ、有給取っちゃった」

「マジか。俺だけ仕事なの、なんか損した気分……」


 文句を言った俺の首に、悠斗は両腕を巻きつける。皮膚に感じる滑らかな布地――色違いのお揃いのパジャマは悠斗が選んだもので、とても着心地が良かった。


「俺、してみたかったことがあるんだ」


 気だるさに身をまかせて眠りたいが、悠斗の弾んだ口調で渋々目を開ける。


「してみたいこと?」

「仕事に行く陽翔に玄関で『行ってらっしゃい』って言って、キスすること」

「お、おう……」


 どこで覚えたのか、そんなかわいいことを言い出すなんて信じられない。以前よりもずっと、悠斗はストレートな甘さを見せてくるようになった。ツンとした態度は影を潜め、こんなふうに爆弾みたいな愛情を惜しげもなくぶつけてくる。


(口下手なコイツが豪速球で直球を投げつけると、どう対処していいかわかんねぇな)


「陽翔、イヤなのか?」

「イヤじゃない、全然」


 むしろ、嬉しすぎて困ってる。


「ホント? なんかここのところ、俺ばっかり陽翔にしたいことをやって、無理させてない?」


 首に絡まる悠斗の腕に力が込められ、俺に縋りつく抱きつき方になった。こんなふうに悠斗から羽交い締めにされるなんて、幸せすぎて怖いくらいだ。


「無理してないって」

「陽翔が好きすぎて無限に求めちゃう俺に、無理に応えなくてもいいから」


 そう言ったクセに、俺の頬に手を添えて深いキスをする。


「んうっ……」


 カタチを変えて大きくなった悠斗自身が俺の腰に当たり、グイグイ押しつけられても、俺自身は残念なくらいに変化がなかった。相当、疲れが溜まっているらしい。


「悠斗、絶倫すぎ……」

「うるさい。陽翔とシたいだけで、こんなになってるんじゃない」

「わかってる。見える形で愛を示してくれてありがとう」


 俺は抱きつく悠斗を反転させながらシーツの上に移動させ、顔中にキスの雨を降らせた。唇に感じるしっとりとした悠斗の皮膚の感触で、一番傍にいられる喜びに胸が疼いてしまう。


「ちょっ、くすぐったい」

「ホントはこのまま全身にも、たくさんのキスをしてやりたいんだが、それは次回に持ち越してもいいか?」


 メガネのレンズ越しじゃない瞳が、嬉しそうに細められる。


「ふふっ、楽しみが増えるね」

「飽きない?」


 とどめと言わんばかりに、額にキスを落とした。


「飽きるどころか、もっと陽翔が好きになる。あの日からずっと止まってた時間が、やっと動き出した気がするんだ」

「付き合ってからの悠斗は、駄菓子屋の飴玉みたいに甘いな。毎日しゃぶっていたいかも」

「好きなだけ舐めまわしてるクセに」


 クスクス笑った悠斗の上に乗っかり、体重をかけてやった。


「雨の日も晴れの日も、俺がずっとお前を困らせてやる。約束な」

「重たい! いじわるするなよ」


 5年前もこれからも、俺たちはずっと愛し合っていく。悠斗が変化したように、俺も変わったほうが飽きがこないだろうか。


「陽翔のバカ! 俺の大好きが減っても知らないからな!」


 俺たちの恋は、ようやく本当のスタートを切ったばかり。あの夕焼けの日に願った未来は、今、確かにここにある。


 窓の外では昇ったばかりの朝陽が差し込み、優しく照らされたパジャマの袖が揺れ、そっと桜の記憶を呼び覚ます。


 今日もきっといい天気になる。


 そして玄関では、悠斗の「行ってらっしゃい」が待っている。そのことを考えるだけで、今から楽しみでならない。


 END


♡このあと悠斗目線の番外編を連載してます。

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