「陽翔、ランチタイムの時間だぞ。なに食べるんだ?」
話題を変えたかった俺はメニュー表を目の前に突きつけ、早く選ぶように急かした。陽翔はそれを見ながら、気だるげに口を開く。
「悠斗はここの常連なんだろ? オススメはなんだ?」
「ランチタイム限定のセットメニュー」
しかも日替わりランチメニューなので、毎回なにが出てくるのか楽しみだったりする。
「お待たせいたしました。コーヒーです」
タイミングよくマスターがコーヒーを持ってきてくれたので、ランチメニューを注文しようと顔を上げたら、マスターの視線は陽翔に釘付けだった。見つめられる陽翔は、怪訝な顔で視線を受け続ける。
「あの……ふたりは知り合いなのか?」
俺の問いかけに陽翔は無言で首を横に振り、マスターはハッとしていつもの笑みを浮かべた。
「お客様は石上様と、前回もお見えになってましたよね?」
「クライアントの石上さんがここの常連で、話をするなら美味いコーヒーを飲みながらしたいってお願いされたんです」
いつもなら誰にでも愛想よく振る舞う陽翔が、終始真顔で対応することに違和感を覚えた。
「そうだったんですね」
マスターは視線を俺に移した。たぶん、俺たちの関係を気にしていると咄嗟に思い、口を開きかけた刹那、陽翔がつっけんどんな物言いをする。
「俺の悠斗が足繫くここに通ってるみたいで、お世話になってます」
「ぶっ!」
俺の悠斗発言にぎょっとし、目を白黒させて吹き出してしまった。
「ばっ、なにを言ってるんだ陽翔!」
そんな問題発言をされると、ここに通いにくくなるじゃないか。
「コイツとは、ずっこんばっこんヤってる深い仲なので、覚えておいてくださいね」
「ちょ、おまっ……なんてことを言って。マスターすみません。このバカの言ったことは忘れてください」
顔が熱い上に、冷や汗が流れているのがわかる。
恥ずかしくて慌てふためく俺と、偉そうにソファにふんぞり返ってる陽翔を見つめるマスターの表情は、ずっと穏やかにほほ笑むだけで、逆にそれが怖かった。
「おふたりが大変、仲がよろしいことがわかりました」
「わかっていただけたところで、ランチタイム限定のセットメニューをふたつお願いします」
冷淡に喋る陽翔と営業スマイルを崩さないマスターの間に入る、俺の気持ちを悟ってほしい。
「あのですね、AセットとBセットをひとつずつお願いします!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
いつものように深く頭を下げてから身を翻したマスターの横顔は、どこか寂しそうに見えてしまった。
「あぶねぇな、おい……」
わけのわからないセリフに突っ込むことなく、俺はメガネのフレームを上げながら眉間にシワを寄せた。
「陽翔、公衆の面前でああいうのはよくない」
「お前は他人に興味を示さないヤツだから、相手の気持ちを知ろうともしない。そこが悪いところだ」
「陽翔の全部は知りたいって、いつも思ってるよ」
ここは否定しなきゃと、思ったことを口にした。すると陽翔の目の下が赤く染まる。
「いつもの悠斗なら、ここは『悪かったな』か『うるさい』の二択だろ。マジで最近のお前は、俺の心臓を鷲掴みする発言ばかりしやがって」
「イヤなのか?」
「嫌じゃない。すげぇ嬉しい」
陽翔のデレた顔を見ることができたところで、さっきの疑問を聞いてみることにした。
「陽翔、なにが危なかったんだ?」
「あのマスター、お前とほかの客との接客が違うんだ」
「そうなのか? 3年も通っているのに、気づかなかった」
湯気の立つコーヒーを飲むべく、カップに口をつけた。いつもの美味さを舌の上で堪能しつつ、陽翔の顔を見つめる。
「お前は他人の顔色をいちいち窺ったりしないから、絶対に気づかない」
「悪かったな。それで違いってなんだよ?」
もう一口だけ飲んで、ソーサーの上にカップを置くと、陽翔がそれを手にし、コーヒーをぐびぐび飲んでしまった。
(結構熱いのに、よく一気飲みしたな……)
「アイツ、ほかの客には一切笑わないのに、悠斗の前だけヘラヘラ笑ってるんだぜ。気がありますっていうのがバレバレだって」
「そんなの……偶然じゃないのか?」
「石上さんと2度もここに来て、俺らは真顔で接客されたし、ほかの客も同様。なのにお前のときだけ、イヤらしい笑みを浮かべちゃってさぁ」
どんどん不機嫌になっていく陽翔に、俺は困惑するしかない。この状況を良くするには、どうしたらいいのだろうか。
「悠斗は黙ってりゃインテリメガネで、清楚な雰囲気が漂っているクセに、笑うとかわいくてさ。美味しいものを食べるときの笑みなんて、滅多に見られないものだからレアすぎて、ずっと見ていても飽きがこない。そんなお前の姿に、アイツは惚れたんだろうさ」
「陽翔、俺が好きなのはお前だけなんだ。いい加減に機嫌直してくれ」
俺のお願いを素直に耳を貸す陽翔はいなくて、食事中もずっと文句たらたら状態で過ごす羽目になったのだった。