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晴れ渡る心の裏側3

「陽翔、ランチタイムの時間だぞ。なに食べるんだ?」


 話題を変えたかった俺はメニュー表を目の前に突きつけ、早く選ぶように急かした。陽翔はそれを見ながら、気だるげに口を開く。


「悠斗はここの常連なんだろ? オススメはなんだ?」

「ランチタイム限定のセットメニュー」


 しかも日替わりランチメニューなので、毎回なにが出てくるのか楽しみだったりする。


「お待たせいたしました。コーヒーです」


 タイミングよくマスターがコーヒーを持ってきてくれたので、ランチメニューを注文しようと顔を上げたら、マスターの視線は陽翔に釘付けだった。見つめられる陽翔は、怪訝な顔で視線を受け続ける。


「あの……ふたりは知り合いなのか?」


 俺の問いかけに陽翔は無言で首を横に振り、マスターはハッとしていつもの笑みを浮かべた。


「お客様は石上様と、前回もお見えになってましたよね?」

「クライアントの石上さんがここの常連で、話をするなら美味いコーヒーを飲みながらしたいってお願いされたんです」


 いつもなら誰にでも愛想よく振る舞う陽翔が、終始真顔で対応することに違和感を覚えた。


「そうだったんですね」


 マスターは視線を俺に移した。たぶん、俺たちの関係を気にしていると咄嗟に思い、口を開きかけた刹那、陽翔がつっけんどんな物言いをする。


「俺の悠斗が足繫くここに通ってるみたいで、お世話になってます」

「ぶっ!」


 俺の悠斗発言にぎょっとし、目を白黒させて吹き出してしまった。


「ばっ、なにを言ってるんだ陽翔!」


 そんな問題発言をされると、ここに通いにくくなるじゃないか。


「コイツとは、ずっこんばっこんヤってる深い仲なので、覚えておいてくださいね」

「ちょ、おまっ……なんてことを言って。マスターすみません。このバカの言ったことは忘れてください」


 顔が熱い上に、冷や汗が流れているのがわかる。


 恥ずかしくて慌てふためく俺と、偉そうにソファにふんぞり返ってる陽翔を見つめるマスターの表情は、ずっと穏やかにほほ笑むだけで、逆にそれが怖かった。


「おふたりが大変、仲がよろしいことがわかりました」

「わかっていただけたところで、ランチタイム限定のセットメニューをふたつお願いします」


 冷淡に喋る陽翔と営業スマイルを崩さないマスターの間に入る、俺の気持ちを悟ってほしい。


「あのですね、AセットとBセットをひとつずつお願いします!」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 いつものように深く頭を下げてから身を翻したマスターの横顔は、どこか寂しそうに見えてしまった。


「あぶねぇな、おい……」


 わけのわからないセリフに突っ込むことなく、俺はメガネのフレームを上げながら眉間にシワを寄せた。


「陽翔、公衆の面前でああいうのはよくない」

「お前は他人に興味を示さないヤツだから、相手の気持ちを知ろうともしない。そこが悪いところだ」

「陽翔の全部は知りたいって、いつも思ってるよ」


 ここは否定しなきゃと、思ったことを口にした。すると陽翔の目の下が赤く染まる。


「いつもの悠斗なら、ここは『悪かったな』か『うるさい』の二択だろ。マジで最近のお前は、俺の心臓を鷲掴みする発言ばかりしやがって」

「イヤなのか?」

「嫌じゃない。すげぇ嬉しい」


 陽翔のデレた顔を見ることができたところで、さっきの疑問を聞いてみることにした。


「陽翔、なにが危なかったんだ?」

「あのマスター、お前とほかの客との接客が違うんだ」

「そうなのか? 3年も通っているのに、気づかなかった」


 湯気の立つコーヒーを飲むべく、カップに口をつけた。いつもの美味さを舌の上で堪能しつつ、陽翔の顔を見つめる。


「お前は他人の顔色をいちいち窺ったりしないから、絶対に気づかない」

「悪かったな。それで違いってなんだよ?」


 もう一口だけ飲んで、ソーサーの上にカップを置くと、陽翔がそれを手にし、コーヒーをぐびぐび飲んでしまった。


(結構熱いのに、よく一気飲みしたな……)


「アイツ、ほかの客には一切笑わないのに、悠斗の前だけヘラヘラ笑ってるんだぜ。気がありますっていうのがバレバレだって」

「そんなの……偶然じゃないのか?」

「石上さんと2度もここに来て、俺らは真顔で接客されたし、ほかの客も同様。なのにお前のときだけ、イヤらしい笑みを浮かべちゃってさぁ」


 どんどん不機嫌になっていく陽翔に、俺は困惑するしかない。この状況を良くするには、どうしたらいいのだろうか。


「悠斗は黙ってりゃインテリメガネで、清楚な雰囲気が漂っているクセに、笑うとかわいくてさ。美味しいものを食べるときの笑みなんて、滅多に見られないものだからレアすぎて、ずっと見ていても飽きがこない。そんなお前の姿に、アイツは惚れたんだろうさ」

「陽翔、俺が好きなのはお前だけなんだ。いい加減に機嫌直してくれ」


 俺のお願いを素直に耳を貸す陽翔はいなくて、食事中もずっと文句たらたら状態で過ごす羽目になったのだった。

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