美味しいランチを食べているハズなのに、まったく味がしなかったと思ってる俺の目の前で、食後のコーヒーをカッコイイ顔で嗜む陽翔が憎たらしい。
「確かにコーヒーは美味いかもだけど、通うほどのものか?」
「陽翔のクライアントだって、ここに通っているじゃないか」
「接客費はコッチ持ちだからな。タダでコーヒーが飲めて、ラッキーって思ってるだけだって」
ああ言えばこう言う。しかもしつこい!
その後一緒に問題のカフェを出て、店先で陽翔に向き合った。
「陽翔は会社に戻るんだろ?」
「まぁな」
「ちょっとだけ、俺に時間をくれないか?」
スーツの袖を掴み、ゆらゆら揺らした。本当は手を掴みたかったけど、それはさすがに恥ずかしかったのでガマン。
「なんだよ、そんな顔して。いいコトでもしてくれるのか? デザート的な」
「は?」
「冗談だって。怒るなよ」
慌てて言った陽翔は、袖を掴んでる俺の手を外して、ぎゅっと握りしめた。
「悠斗……」
顔を寄せて甘い声で俺の名前を呼ぶとか、反則にもほどがある。
「怒ってない。すぐそこにある店に、一緒に行きたいだけだから」
顔を見ただけで俺のしてほしいことを察し、すぐにしてくれる。昔からそう。何度それに助けられたことか。
握りしめられた手をそのままに、カフェから数件先にある昔ながらの商店に向かった。中に入ると懐かしい駄菓子がたくさん陳列されていて、自然と口角が上がってしまう。
「いらっしゃいませ~」
バイトらしい若い女性店員がレジでダルそうに挨拶すると、陽翔はすかさず歯を見せてニッコリほほ笑む。俺からしたらそれすらも彼女をナンパしているふうに見えてしまい、内心イラッとする。
「おっ、これ懐かしいな」
俺から手を離し、端っこに置いてある飴玉を手にした。それは俺たちが出逢うキッカケになったものだった。
ニヤニヤしながら飴玉を見せつける陽翔に、大きなため息をついて口を開く。
「俺が先にゲットしたのに、陽翔が『俺が先に見つけたのに取りやがった』なんて言って、横取りしようとしたよな」
「だって、あのときはラスイチだったし。それに悠斗の態度が最悪すぎて、なんだコイツはってなったんだ」
「うるさい」
ビシッと陽翔の文句を制し、小さなかごを手にして、飴玉を手のひらに持てるだけ掴み、雑にかごの中に投入した。
「悠斗、そんなに食うのか?」
「食う。仕事してたら甘いものが食べたくなるし」
ほかにも懐かしい駄菓子をぽいぽいかごに放り込み、さっさと会計を済ませる。会社に戻る陽翔の足手まといにならないようにしなければ。
会計を終えて振り返ると、陽翔も同じようにかごいっぱいに駄菓子を詰め込んでいた。ラインナップは俺とは違うものの、横からチラ見えする飴玉の多さに、内心マネするなと毒づいた。
「ありがとうございますぅ。お客さんお菓子が好きなんですね」
俺には話しかけなかった、バイトの若い女性店員。愛想が良さそうな陽翔相手なら、気軽に話しかけられると思ったのだろう。真昼間からスーツ姿で駄菓子を大量購入する男なんて、おかしく見えて当然なのに、よく声をかけるな。
「自宅で映画を見ながら、つい摘まんじゃうんです」
「いいですね、映画」
軽快な会話がかわされていく様子を、背後でイライラしながら眺める。すると陽翔が振り返り、いじわるそうな笑みを浮かべて俺を見つめた。
それで、すべてを悟ってしまった。今見せられているコレは、カフェでのヤキモチをやり返されているということに!
(この男はもう! マジでムカつくったらありゃしない!)
会計を終えて商店を出るなり、俺は陽翔が手にしたビニール袋を奪った。
「一緒に持って帰ってやるよ」
「サンキュー。助かる」
奪った傍から陽翔のビニール袋から飴玉を取り出し、袋を開けて口に放りこんだ。
「あ、それ俺の!」
「初恋の味を邪魔する男は、嫌われるんだからな!」
「初恋?」
キョトンとしてその場に立ち尽くす陽翔に、「陰キャの俺に噛みつく、変な男を好きになっただけだ」と冷たく言い放ち、さっさと向きを変えて陽翔のアパートに向かったのだが、肩を掴まれて動きを止められてしまった。
「悠斗はこの後、どうするんだよ?」
「俺がなにをしたっていいだろ」
「帰ったら誰もいないアパートにひとりとか、結構寂しいんだけどさ」
俺の気持ちがわかっているせいで、こうして揺さぶりをかけてくる陽翔が大好きで堪らない。
「買い物して帰る。今夜は陽翔が好きなビーフシチューだ」
「マジで作ってくれるのか?」
そう言って横から抱きつくとか、いい加減にしてくれって感じ。顔が近すぎてドキドキが止まらないだろ。
「あ~今から楽しみすぎる。がんばって仕事を早く終えて帰ってくるな!」
ひとしきり俺を抱きしめてから、颯爽と目の前を去って行く後ろ姿に、無言でエールを送る。そして俺はこの後はじめて作るビーフシチューに、悪戦苦闘することになった。