ある日の夜。
同僚とお酒を飲み、少し酔った状態で、俺はいつものように夜の十時頃に帰宅した。こうして仕事帰りに同僚と飲みに行くことは、月に五回くらいはある。
とはいえ、同僚はあくまでも同僚だ。恋人として意識したことはない。興味がない、というのは少し違う。男性に興味があるといっても、誰でもいいわけじゃないのだ。たとえば、普通の人だって異性に好き嫌いがあるだろ? それと同じで、俺にとっても「友達は友達」「恋人候補は恋人候補」ってわけだ。
俺が住んでいるのは、都心から少し離れた高層マンション。十階に部屋を借りている。
男性にしか興味がない俺は、当然女性と付き合うこともなければ、結婚する気もない。趣味といえば男性アイドルを追うことくらいで、他には特にこれといってなかった。だからなのか、自然とお金はそこそこ貯まっていった。
どうせなら、せめて住む場所くらいは良いところを選ぼう――そんな思いでこのマンションを選んだのだ。
このマンションは、一般的にはファミリー向けかもしれないが、俺が住んでいる部屋は単身者向けの1Kタイプ。とはいえ、リビングは広くて、そこだけで十分に快適に過ごせるほどの広さがある。
マンションのエントランスはオートロック式で、自動ドアが開くと小さなロビーがあり、その奥にエレベーターが三基設置されている。
高層マンションだけあって、住人の数も多い。正確な人数は知らないが、朝などはエレベーターを使う人がたくさんいるくらいだ。小学生に混じってエレベーターに乗ることもある。
けれど、今は夜の十時過ぎ。
この時間になると、子どもたちはすでに寝ている時間帯だし、主婦たちも家で旦那の帰宅を待っている頃合いだろう。今エレベーターを使うのは、仕事帰りの社会人くらいのはず。
けれど今日は、俺一人でエレベーターを独占していた。まあ、そのほうが気楽でいいんだけど。
静まり返ったマンションの中、俺はエレベーターの十階ボタンを押す。
機械は忠実にその命令に従い、十階へと向かった。
そして十階に到着すれば、もう俺の部屋はすぐそこだ。
だが、その廊下を歩いていると、今日はなんだか騒がしい。……気のせいか?
俺は軽くネクタイを緩めながら、音のする方に目を向けた。
すると、なんと夜中なのに引っ越し作業をしている人物がいたのだ。
――こんな時間に引っ越し!? しかも、俺の部屋の隣でかよ!
これからのんびりくつろごうとしていた矢先に、隣でこんな騒ぎをされてはたまらない。そう思った俺は、文句のひとつでも言ってやろうと、騒がしい方へ向かった。
俺はやや不機嫌な表情のまま、自分の部屋の前を通り過ぎ、その隣で作業している人物に声をかけた。
そいつは、ちょうどダンボールを部屋の中に運び込もうとしているところだった。
「ちょっと! こんな時間に何してるんですか!」
少し語気を強めて言った俺の声に、その人物は気づいたのか、しゃがんでいた体勢から顔を上げた――。