次に俺が気づいたときには、携帯の着信音が鳴っていた。
寝起きのぼんやりとした視界の中で、眠たい目をこすりながら携帯画面に表示された文字を読み始める。
そして、ほんのわずかな隙間からその文字を読み取った俺は、ようやく気づく。――それは会社からだった。
「うわぁああああ! やばっ!」
思わず叫びながら、飛び起きる。
携帯が鳴っている中、壁に掛けてある時計を一瞬で確認すると、すでに八時半を回っていた。
確かに、いつもなら九時までに出社すればよかったのだけど、今日は大事な会議があるため、本来なら八時半には会社に着いていなければならなかったのだ。
……完全に、遅刻。
怒られるのは確実。でも、この電話に出なければならないのが今の俺。
もし出なければ、確実にクビになるかもしれない。今の時代、会社をクビになったら再就職先なんてなかなか見つからない。そうなれば、このマンションの家賃も払えなくなって――引っ越しするしかなくなる。
もしそうなったら、せっかく聖修が隣に引っ越してきたのに、もったいないじゃないか。
そんなことを一瞬で頭の中で巡らせながら、俺は慌てて電話に出た。
本当に今まで、無遅刻・無欠席だった俺が……今日の寝坊で、ついに遅刻扱いになるなんて。
「はい……」
気分はどんより。どうせ怒られると分かっているから、声も自然と暗くなる。
『神楽の携帯か?』
「あ、はい……」
『今日はどうした? 大事な会議があるって言っておいたはずだぞ。遅刻厳禁とも伝えたよな……』
やはり、低い声で話すのは俺の上司。
一見、冷静に話しているように聞こえるけど、その声のトーンから怒っているのは明らかだった。
「本当にすみませんでした!」
俺は思わずベッドの上で正座して、頭を下げながら謝っていた。
……でも、なんで人間って電話越しなのに正座して謝っちゃうんだろう?
『……で、どうするつもりだ?』
……どうするつもりって言われても……。一度も遅刻も欠勤もしたことのない俺が、なんて答えればいいのか分からず、黙っていると……
『まあ、今回は初めてだからいいけどな。今度また遅刻したら……覚悟しておけよ』
「あ……はい……」
今日のことは完全に俺が悪いんだから、今の俺には本当にそれしか言えなかった。
『……まあ、会議は確かに大事だったけど……今日は特に営業や大きな案件があるわけじゃないし、たまにはゆっくり休んだらどうだ?』
「……へ?」
もっと叱られるかと思っていたら、「今日は休んでもいい」と言われて、思わず声が裏返ってしまった。
『だって、遅刻のこと以外は、君に文句なんてないよ。仕事は真面目にやってるし、成績も悪くない。むしろ、頑張りすぎてて「大丈夫かな?」って、こっちが心配になるくらいだったしな』
「え? 俺って、そんなに疲れてるように見えてました?」
『んー……そうでもないけど、逆に初めて遅刻したから心配になったんだよ。何か悩みでもあるのかなって思ってさ』
「あー……すみません、それは……」
『あ、やっぱり!? 悩みがあったんだな……。まあ、とにかく今日は大丈夫だから。ゆっくり休んで。……で、今後は遅刻と無断欠勤だけはしないようにな』
「あ、本当にすみませんでした!」
最後にもう一度、目の前には誰もいないのに頭を下げてしまう俺。
『じゃ、明日からは気をつけてな』
「はい! では、失礼いたします……」
そう言って、俺は通話を切った。